花の章

第12話 山姫と桜の精 其の一

 「忠太! 何勝手なことしてくれてんの⁉」

 さて三日後の午後一時を過ぎた頃、樹上で過ごす時間が多いと、穏やかでない場面に出くわす機会が増えるものだと思った。


 もともと邸内に建てた社殿を、悪遮羅信仰が村人にも膾炙するにつれて開放したので、九百年の大樹に上れば、大里逗邸と悪遮羅明神社がまとめて俯瞰できる。

 程よい広さの境内では、神木の立派な桜と祇怨閣ぎおんかくと称される三重の塔がとりわけ目を引いた。


 神木は山の大桜の実生木みしょうぼくで、大桜自体を境内に移そうという話もあったらしいが、畏れ多いという理由で取りやめになった。

 鉄筋コンクリート造りの高楼のほうも、また色々といわくつきの建築物なのだが、今富嶽の関心は、雑木の中で揉め事を起こしている四人の人間へ向けられた。


 「立場をわきまえろよ小間者が!」

 三人の女の子がもう一人を責め立てている。女の子たちは射水栄姫と茂みに潜んでいた伏兵だ。カオルとイサヲと呼ばれていたと思う。

 責められているほうは詰襟の学生服を着て皮のリュックを背負った男子。顔は見えないが、後ろ姿だけで大望の碧眼さんであることを富嶽は感じ取った。

 かわいそうに木を背にする形で退路を絶たれ、きつい口調で罵声を浴びせられるままだ。


 (今度は山奥で恐喝だろうか?)

 呑気な感想を抱いていると、バシッと平手打ちが飛んだ。

 「誰がおまえに用意しろって言ったあ!」

 (これはいかん)

 昨日よりも迅速に救いの手を差し伸べることにした。

 富嶽は袖の中にさまざまな道具を忍ばせている。ささっと鉛筆で懐紙に走り書きをし、苦無の柄尻に結びつけて飛ばす。


 風を切る音がして、女は髪の毛を乱暴に引っ掴まれた気がした。

 「あいたっ⁉」

 「ひ、姫! あれ!」

 射水栄姫の長い髪が杉の幹に縫い留められている。

 短剣投げも富嶽の得技で、手首の捻り加減一つでカッターにもスクリューにもなる。回転しながら飛来した苦無は安珠の髪を絡めとって杉に命中したのだ。


 「誰? 誰が投げたのよ!」

 暗器を抜いて三人組は強気に周囲を見回すが、すっかり浮足立っている。

 「何か手紙……?」

 苦無の柄の輪に紙片が結わえられている。広げてみて内容に戦慄した。

 ――今度同じことをやったら当てる。片山富嶽――


 「ヒーッ!」

 大女おとめの脅威も生々しい昨日のことだ。安珠がひきつった悲鳴をあげ逃げ出すと、二人の仲間も転げるように退散した。


 詰襟服の少年は何が起きたかは理解しかねるようだったが、とりあえず危機は去ったので、リュックをしっかり背負い直してから歩き始めた。

 案の定、こっちへ来る。富嶽は舌なめずりをした。

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