ハナ ノ陸

「君は」

文學の會へと出席して居る文士、其して支援者達

皆、皆の視線が青年の身に突き刺さる


其の視線の主の中にはかの大家の姿も


あの、報道屋の姿も在る


「失礼致します」

青年は一同へ深々と頭を下げ、ゆっくりと室内へと立ち入った


「何だね、君は會に呼ばれていないだろうに」

文士の一人が怪訝に、不快気に青年へと声を向ける

青年は深く頭を下げた

「はい、存じております」

「では、何故」

「不躾とは思いますが、皆様に御願いに参りました」

「御願い?」

「はい-」


青年は再び深々と-

今度は一同へ向かい頭を下げる

「御力添えを頂きたいのです」

「力添え、だと」

今度は数人、怪訝に眉根を寄せるなど致して

青年をじっと見据えた


「どうか、皆様の御力を-援助を、御縁を紹介頂きたく御座います」

青年は真っ直ぐ、己を見る瞳の数々を見詰め返し

言葉を続けた

「寵児と呼ばれた、彼の為に」


青年は友人の名を出し、一同へと彼の現状を切に、訴える


事情は分かった、とばかり

文士一同深く、重く頷く


「併し何故、君が其れを我々に伝えに来たのだね」

文士の一人が口を開いた

「君は彼の文學結社からもいち早く抜け、皆に黙ったまま一人、文士に成ったと云うじゃないか-仁義も何も有った物ではない君が、何を考えて居るのか」

復、一人の文士が声を上げる

「其う云えば、彼は君を擁護する論を出した事があったが-よもや、其れが狙いなのか」

文士の一人の其の言葉に幾人かが騒めき、頷いた


「嗚呼、成程。合点が行った」

「庇護してくれる輩が潰れては困る。と云う事か」

「大方、彼が回復次第。亦、助力を-擁護を求める腹なのだろう」


口々、憎々しげな言葉が青年へ向けられる


「何とマア、腹黒い」

「浅ましい考えだ」

「文學結社を見限った頃より変わって居らぬのだろう」

「見棄てた相手が自身より力を着けたと、自身を庇護してくれると。依り代を失いたく無い故の懇願か」


降り注ぐ批難に、青年は唇を噛み締めた


批難の声は益々高まる


「…………違う」

青年は声を搾った

「違う」

青年は首を強く横に振り

「……違います!其うでは御座いません!!」

其うして、叫んだ


未だ、批難の眼が青年へ向けられる中

未だ、批難の声が青年へ浴びせられる中


青年は音が鳴る勢いで床に膝を着いた


「唯、彼を助けたい!!僕の事など、どうでも良い!!」

青年は、叫んだ

「彼が助かれば!文士で無くなろうと!僕の身など!心など!全て如何なっても……全て潰れて無くなっても構わない!!」


怒号然の青年の大きな声に、文士達の声が静まり返る


青年は腹の底から叫んだ

「彼を救う術を、其の為の御力を貸して下されば……彼が助かるならば、其だけで良いのです!!」

「君は……」

「彼の、友人です!彼と共に文學を愛した!」

「何とも、図々しい言葉だな」

嫌悪露な声が飛ぶ

青年は其の言葉に只、頷く

「確かに僕は彼を、仲間達を裏切る様な所業を致しました。ですが、其れでも、僕はずっと彼を-彼等を、心より大切な仲間だと想っております」

「君」

「如何か、御願い致します。御力添えを」


其う言うと、青年は深々と頭を下げ

額を床へと擦り付けた


広がる響めき

青年は土下座の姿の儘に、引き続き声を上げる

「彼は、僕とは違う-此の儘消えてはならぬ文士です。如何か、如何か彼を救うべく皆様の御力を」


青年の姿に、言葉に

皆々の批難の声は止み、響めきは止む


重い、沈黙が流れた



「先生」

沈黙を破ったのは、男の呼掛けと靴音であった


「如何か、顔を御上げになって下さい」

男-報道屋の男は、青年の前へと跪き

細腕を掴み引き、立ち上がらせた


「先生の訴え、御心、御察し致します」

男が至極穏やかな声色と表情を以て、青年に語り掛ける

「御気持ちは、理解致します-併し此の場は文學會の場。名うての文士皆様が文學について深く語り合う場に御座います」

「……其れは、重々承知して居ります」

「エエ、貴方も元は此の會へ多々参加して居られたのですからね」

青年の言葉に、男は優しく頬笑む


其れは何とも柔らかく、紳士たる人物の『其』であり-


「故に先生、御理解願いたいのです。此の會が如何に大切で在るのかを」

「其れは」

「強き訴え、沁みましたとも。ですが即座、皆様の答えを獲ようとする御姿は、不粋も無粋。此処は一度退室を御願い出来ませんか……御話の続きは會が終わり次第致す、と云う事に」

「……」

男の訴えに、其に同意とばかりの幾人かの視線に青年は物言えず


男は青年の背に優しく腕を回し、其の儘部屋を後にした



「此の儘御帰りなさい、先生」

廊下に出て、部屋の扉からも離れた場所で

男が青年に囁く

「何故です。貴方は先程、話の続きは會が終わり次第と」

青年が表情も険しく言葉を返すと、

男は笑みを湛えて答えた

「諦めなさいな、先生。貴方は彼を救えません、貴方が文壇に還り咲く事も無い」

「申し上げた筈です、僕の身など如何為ろうと構わないと」

「エエ、エエ。貴方は其う仰いました。併し、皆様は如何御思いでしょうね-貴方がしゃしゃり出なさった事で、余計に彼へ差し伸べられる御手は無くなったのではありませぬかね」

「そんな、其の様な事は-!」

「アア、御静かに。此処は洋食屋の廊下ですよ、先生」

声を大きくする青年を、男が嗜める

先生が口を噤むと、男はくつり、と笑った


「先生-貴方が如何に他の文士達に不義を働きなさったか、如何に妬みを買われたか、御解りで無い御様子で」

「僕は、此の場の皆様には何も失礼を致しては-」

「文學結社の皆様への不義。其の上での台頭。此だけで十分、十二分ですとも」

「其れは……ですが、彼には関係の無い事です。僕の望みは唯、彼を救って頂く事です-後程、今一度皆様へ御願いをさせて頂ければ」

「先生」

男の手が、青年の胸にそ、と添えられる


「御止しなさいな、もう終わりです。凡て、終わりです」

「まだ、分かりませんでしょう。御力添え頂ける文士殿が居られるかも」

「如何でしょうネエ。彼は大家に反目した身では御座いませんか-貴方の為に」

「其れは」

「多く世に流れた貴方への批判文全てに対する反対の意を示した彼も亦、忌まれるべく存在と成り得てしまわれたのが現状に御座いましょう」

「……」


青年は返す言葉を失い、口を閉ざす

男は愉悦の笑みを浮かべ、再び青年へ手を-

今度は頬に、触れさせた

「終わりです」

男は口端をぐ、と吊り上げた

「嗚呼、嬉しいですよ、先生。ようやっと貴方を手に入れられます……もう誰も、誰も貴方に、彼に救いの手など伸べませんでしょうに」


男の満面の笑み

其れは、酷く邪で

其の瞳は蛇、蝮然の鋭い光を湛えていた


射貫く様な其の視線に

青年の躯が、凍り付く


ひく、と青年の手が、指が動き

其うして其れは強く握り固められ-

凍った身体は直ぐに溶け

瞳は負けじと鋭く、男を見詰め返した


「諦めません」

「何ですって」

「此の場にて助力得られぬならば、何処を回ってでも-何を致してでも、彼を救うべく協力を仰ぎます」

強い瞳が、今度は男を射抜く

「愚かな事で」

男が肩を竦め、クックッと笑いを漏らす

「其処まで致して彼の人を生かし、其の手が織り成す擁護を求めたく在るのですか」

「違います、僕は擁護が欲しくて彼を救おうとしているのでは御座いません」

「其の様に仰いましても、腹の内は如何な物でしょう」

「貴方には、分かりませんでしょう。僕の心など」

「-嗚呼、何時ぞやにも貴方は仰いましたね。そう、そうですね、如何にも-唯、私に分かるのは貴方の其の振る舞い総てが水泡に帰すという事だけです」


笑い。

男の笑い、其れはもはや嘲笑の其れであり-

宛ら獲物を捕らえた蝮が如く


「-さて、君の論は如何なる物か」

不意に、男の物でも青年でも無い声が聞こえた


男と青年が共に口を閉ざし、声の方を見遣ると

悠々とした所作を以て一人の人物が男と青年の方へ近付いて来た



其れは、彼の文壇の大家であった



「先生」

青年と男、何方ともが声を上げる


大家は重く頷き二人の傍へと歩み寄り

柔らかく声を向けた

「私には、彼を救いたいと云う無垢な気持ちこそ十分に-十二分に伝わったよ」

「先生」

何言かを発しかけた男を、大家は視線を以て制する

其うして大家は、ぽつ、ぽつと言葉を紡いだ

「……私は論評に独断を籠める事を悪し、とした。にも関わらず私は-一時の感情を、怒りを以て君を批評した」

大家は語り、表情を曇らせて青年を見遣る

「論評に流された世に揉まれ、君は長く苦しんだだろうに」

「いえ、先生。僕……私は」

「済まなかった」

大家が深く、青年へ頭を下げる

「先生、何を」


其の姿に青年も、男も只々、驚いた


文壇の大家たる人物が、頭を下げ詫びるなどと

滅多に起こり得る事では無い


「先生、私如きに其の様な事は」

青年は慌て、大家の頭を上げさせようとする


大家はゆっくりと頭を上げると青年に静かに頭を振って見せ、其の肩を叩いた

そして、蝮-男を真っ直ぐに見遣り、言った


「君。……私も君も、皆、皆『独断』を棄てるべき時だ」

「先生」

大家が今度は、男の肩をポンと叩く

優しい、手付きで

「文壇に名を連ねる我々こそ、綴りの真価を、其れを為す者達を支えねばならない」

「-私は」

「我々の中に、文學の徒たる我々の芯に有るのは、何かね」

「……」


大家の言葉に男は完全に口を閉ざし、真摯な面持ちを浮かべ、其うして目を伏せた


大家は頬笑み

再び青年の、男の肩を叩き、背を叩く


二人を抱く様な、所作を以て-




「我々-文士たる者。文學を世に、後世に遺すべく在るべきなのだ」

大家は語る


「寵児たる文士を死なせてはならない。美しく咲き誇る花を摘む事も、また-」

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