第22話 見舞い
(彼が、入院をしたなんて)
報せを知り得たのは、友人が入院を致して少し後の頃で
青年は急ぎ、見舞いの品を-友人が好む菓子の、其れも上等な物を購入して
彼が入院しているという病院へと向かった
「何しに来た」
病院の受付にて、友人の部屋を聞き駆け付けるや
扉の近場にはだかる若者に入室を阻まれた
-其れはかつて、青年と肩を並べ、共に文學同人を出した仲間の一人で
「彼の見舞いに来たんだ」
青年が言うと、彼は首を横に振った
「帰れ」
「一目で良いから、彼に会わせて欲しいんだ」
「何を今更、俺達を裏切った癖に」
「……其れは、悪かったと思っている。だからこそ、彼を見舞わせて欲しい」
「お前が今地面で足掻いてるから、媚を売って如何にかして貰いたく縋るつもりかい」
青年は切なく眉を顰めて首を横に振る
「違う。僕は只、彼が心配で」
「何だお前」
今度は背後から声が掛かる
青年が振り向くともう一人、かつて共に誌を出した仲間が居た
「今更何しに来た、帰れ」
彼も亦、不快露に青年を見て、青年の身体をぐいと押した
病室から離れろと言わんばかりに
よた、と後ろへよろけ乍らも青年は彼等に懇願する
「御願いだよ、一目で良い、彼を見舞わせて貰いたいんだ」
「駄目だ」
「帰れ」
鮸膠も無い仲間達の言葉
青年は表情を曇らせ
其うしながら、そっと彼等に向かい菓子の箱を差し出した
「何だ其れは」
「彼に、見舞いの品を持って来たんだ。せめて、是だけでも」
「お前が持って来た物など渡せるか、持って帰れ」
「如何か、せめて是だけは」
深々と頭を下げ、青年は尚も箱を彼等へと託そうとする
彼等は顔を見合わせると深く溜息をつき、引っ手繰る様に青年の手から箱を取り上げた
「分かった、渡しておいてやる。お前はもう帰れ」
「……うん、如何か、御願いするよ」
青年は今一度深く彼等へ頭を下げると、病室を離れた
「オヤ、先生」
病院を出るや声を掛けて来たのは、何時もの報道屋の男であった
自然に、ごく自然に青年の眉が寄る
男は笑い乍青年に歩み寄った
「如何なさいましたか。先生も、彼の人の御見舞いですかな」
「……貴方も、見舞いに」
「エエ、御可哀相に。筆も執れぬ程に御辛い状態だと伺ったものでね」
「何故、貴方が彼を見舞うのですか」
「いけませんか、彼とはもう懇意に有りますのでね」
「……其う、ですか」
刹那、青年の表情に狼狽の色が浮かぶ
男は目敏く其れを見留めると笑みを深め、其の儘さっさと病院の中へと入って行った
「先生」
何事も無く病室へと通された男は、姿勢を正し青年の友人へと頭を下げた
「-アンタかい」
寝台の上、患者衣を身に着けた友人が、男をちらと見て鼻息を漏らす
「御加減は如何ですかね」
男は友人の反応を露程気にする事も無く、手近な椅子へと腰を下ろして寝台の彼を見遣った
「サテ、見たら分かるだろうに」
「嗚呼、まあ其うですね。胃を悪くなさったとか」
「そうそう。酒の呑み過ぎでネェ-誰かさんの尻尾を掴むまでに、どれ程の酒を呑んだ事ヤラ」
其う言い友人が自身の胃の腑辺りをポンと叩いて見せると
男はクックッと笑った
「オヤマア、まるで私に責が有るかの様な御言葉で」
「俺はアンタが悪いなんて一言も言っちゃぁいねえが?」
「其れは、確かに違い御座いませんな」
再び男が笑う
「やれ、私が手を下す必要等御座いませんでしたな」
「ああ、そうだな。正直ほっとしてるよ、アンタに何やら致されて寝込むより余程ましってモンだ」
友人もまた、声を立て身を揺らし笑った
「オヤ、本気だと御思いでしたか。私にも選ぶ権利が御座いますがねえ」
「ハ、違いねえ。同等、俺にも選ぶ権利ってモンがあるからな」
二人はさも愉快気に笑い合う
「-ああ、そうそう。先生」
「何ですかね」
「先程、病院の前で彼に-先生が御懇意になさっている彼の姿を御見かけしましたが」
「何だって」
「面妖な、御存知御座いませんでしたか。先生の御見舞いに来られたと仰っておりましたが……病室へは御立寄りにならなかったのですかねえ」
「-」
友人は渋い面持ちを浮かべ、寝台の白い敷布を見遣る
男は訳知りに笑んだ
「其う云えば、彼は貴方がたが御創りになられた文學結社から相談も無しに離れ、一人文壇へ上ったのでしたな」
「だから、何だい」
「其れは、皆様の御怒り等を買いましたでしょうに」
「-俺は、其うではないが」
「しかし、皆様は未だ御怒りの御様子ですな」
「回りくどいネェ、アンタ、人を苛立たせる才に実に長けて居る」
「御褒めに預かり光栄ですよ」
「アア、もう黙んな。要するにあいつを誰ぞが追い返したって言いてえんだろうに」
「御名答です」
「だから、何だい」
「だから、とは」
「其れがアンタに何の関係があるって云うんだ」
「エエ、確かに関係など御座いませんな。-此の様な状況。例えば貴方という文士を失えば、彼は完全に孤立致すと思いましてね」
語る男を友人は睨み付ける
「俺が死ぬかの様な言い草だな」
「死んだも同然でしょうに」
飄々と、男が述べる
「文字を綴れぬ文士に何の価値が御座いましょうか」
「アア、確かにそうだ。其れに相違はねえ。今の俺は此の手では何も綴れぬさ」
友人は頷く、二度三度
其うして、白い歯を見せて笑った
「だが、彼奴はどうだかな。あの美文がまた一世を風靡する日が来るやもしれねえぞ」
男も深い笑みを浮かべた
「其の様な日など、訪れませぬよ-」
「アンタが亦、何やら致すのだろう」
「サテ、其れは如何でしょう」
「まあ、何ぞ起こってもあいつを護るだけだ」
「貴方に出来ますかな-文士としての活動を止められた、貴方に」
男の言葉に、友人は嘲る様な笑みを湛えて彼を見遣った
「-莫迦め」
「何ですか」
「文章綴れぬとて、何もかもが無くなった訳じゃあねえ」
友人は座る男にぐ、と顔を近付けて言った
「縁も有る、絆もある。其してまだ俺には口も有る、声も-其の気になりゃあ代筆を頼んで作品でも、論でも公に出す事が出来るんだ……アンタに関する事もな」
「……そう、そうですね」
男の顔が面の様に固まる
「先生、何故に彼を其の様に庇いなさるのか」
「いけないかね」
「貴方がたを裏切った人物であると云うのに」
「アンタには其う見えてるのかい」
「先生には一体どの様に」
「只、大事な奴にしか見えていねえよ」
「……大事、ですか」
「俺はあいつを護る-あいつの凡てを、俺は知っているからな」
「何ですか、其れは……まるで恋慕の御言葉の様で」
「どうかね、只、大事という想い-アンタには分かるまい」
「……」
男は静かに、椅子から立ち上がった
「そろそろ、失礼させて頂きましょうかね」
「そうかい-其れが良いだろうな」
「ああ、そうだ。先生、御見舞いの品を」
其う言うと男は酒の小瓶を取り出し、友人に持たせた
「酒が御好きでしょうに」
酒瓶を両の手で包み持ち、友人は肩を揺らして笑う
「此いつは何とも、素晴らしい皮肉だな。有難く頂いておくよ」
男もふっふっと肩を揺らす
「では」
「ああ、それじゃあな-二度と来るんじゃねえぞ。俺がもうちょいと元気なら、跳ね起きてブン殴ってる処だ」
別れの挨拶を交わし、二人は亦、愉快に笑い合った。
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