第23話 取引
報道屋の男が病院を後にして、少しばかり歩いた頃合い
「あの」
よくよく聞き覚えのある声が背に掛かった
振り向けば、其れは青年で
困惑気味の様相で男をじっと見ている
男は目を細め、青年に声を返した
「如何致しましたか、先生」
青年は一礼すると、重い足取りで男に近付いた
「彼に……会えたのですか」
「エエ、至って普通に面会致しましたとも」
少し、青年に顔を近付けて男は笑顔で付け足した
「先生も、私よりも先に彼に御会いに行かれたのでしょうに」
「……」
青年の視線が男から地面へと落ちる
「其れで、私を呼び止めなさった御用件は」
「……」
「何も御座いませんのでしたら、是にて」
「いえ」
去り行こうとする男を、青年は再び呼び止めた
「何ですか」
「彼は、如何でしたか。具合は、塩梅は……彼は、貴方と何を御話したのですか」
「オヤ、先生。病室には行かれなかったのですか」
青年は小さく首を横に振る
「私は入れて頂けませんでした」
「其うでしたか、其れは御気の毒に」
男はさも気の毒そうに青年を見て言うと
一言付け足した
「嗚呼-御可哀相に。未だ文學結社を裏切ったと思われておいでなのですねえ」
「……」
「悪人、と-罪人と」
男の言葉に、青年は少し下向き、唇を噛む
併し直ぐに顔を上げ、男に言った
「教えて頂けませんか、彼の容態を」
「さて……如何致しましょうかね」
「如何か、御願い致します」
遠慮有る青年の懇願に、男はふ、と笑うと
自身の顎を擦り考える様な所作を見せた
「無償、と云う訳には参りませんねえ」
「此の様な事で……何某かを御支払いせねばならぬのですか」
「此の様な事、と仰いますか。では、聞かずとも宜しいでしょうに。貴方にとって下らぬ御様子」
ぐ、と青年が息を呑む
「……では、如何程貴方に御支払いをすれば、御教え頂けるのですか」
男が笑みを深めて、青年に一歩近づいた
「御分りでしょうに」
其うして手を伸ばし、青年の唇に指先を触れさせる
「皆迄云わねば分かりませぬか」
「-」
口唇をなぞる男の指
明白な其の誘いの言葉に青年の視線は再び地に彷徨う
「先生?」
男が囁き言う
「私も鬼では御座いません。ほんの少し-私めに御付き合い頂けましたら、其れで」
「……」
青年は、俯き、其して
小さく頷いた
「分かりました」
答を聞くや男は深く、喜悦篭る笑みを浮かべて
青年の肩を抱いた
男に連れられる儘、路地の裏へ
奥へ奥へと進み
深い、突き当りに着くや
青年は塀を背に押し付けられる様に立たされた
「-此れで、友人の容態を教えて下さるのですね」
「エエ、貴方が御静かにして下さるのでしたら」
再度、青年は頷くとじっと其の場に佇む
男は青年の頬を一撫でするとくい、と顎を持ち上げて
互いの唇を重ねた
男の舌が青年の薄付く唇を味わう様に這い
固く閉ざされた其の合間を抉る様に舌の先を動かす
男がそっと瞳を開くと
青年は固く目を瞑り、苦悶にも似た面持ちを浮かべて居た
「先生……ほら、口を御開けなさい」
云われるが儘に青年がそろ、と唇を開くや
男の舌がぬるりと彼の中へと滑り込んだ
青年の身体が小さく跳ねる
男の舌は青年を求める様に暖かな口の中を蠢き
彼の舌に絡まり、卑猥な音を漏らし其れを吸った
青年の形の良い眉が寄るのを薄目に捉えると男は悦に眼尻を下げ
尚、彼の唇を蹂躙し、静かに身を固める其の胸元に触れた
「……っ」
唇を離した合間、青年が小さな声を漏らして震える
伝う銀糸に似た其れを丁寧に自らの舌で拭うと
男は青年の顔をじっと見つめた
絡む様な視線を感じ取ると薄らと、青年が瞼を開き、男を見る
其の瞳は僅かばかりの潤みを帯びている
「……教えて、下さい」
「-まだですよ、先生」
男が其う囁くと、青年は小さく頷いて亦瞳を閉ざす
精巧な人形の如き其の顔に魅入る様、男は再び濡れた唇を重ね合わせ
衣服を越して青年の體の感触を確かめるかの様に、掌でそろりと青年の身体を撫ぜる
絡まり、何方の其れであるのかも分からぬ滴りを吸い
彼の胸元の繊細な個所を執拗な程に擦り
其うして體の線を撫ぜ下ろし、男は青年の下肢に触れた
ひく、と陸に上がった魚が如く青年の身体が揺れ
青年の瞼は再び、そっと開かれた
男の唇が青年の唇から離れ
滑らかな頬を滑り、耳元に触れる
熱い吐息が青年の耳を支配し、下肢の劣情覚える其れは男の掌に包み込まれて揉みしだかれ
其れ等の感覚を受け青年の身体は只、かくかくと震える
「……彼は、如何な容態だったのですか……」
震える声で青年が言うも男は未だ何も答えず
其の手指は青年の下肢を撫で擦り、卑猥な欲を煽ろうとするばかりで
青年はぐ、と唇を噛み
男を切な瞳で見遣り、尚言葉を向ける
「……彼は、辛そうではありませんでしたか……彼、は……貴方と何を話していましたか……」
其の声を殺すかの様に、男が荒く青年の唇に亦、自らの其れを重ねる
「んっ-」
封殺される声、體をまさぐる手
為すが儘となりながら、青年はひくひくと身を揺らした
次に唇が離れた時は、呼気も苦し気に
青年は息をつき、濡れた眼で男を見上げた
「……彼、は……」
男の眉がぐ、とさも不快気に寄せられる
「呆れた物ですね、先生」
男は吐き捨てる様に言った
「まるで今の貴方は金欲しさに身体を売る女の様ですね」
紡がれた言葉に、刹那と青年の面が痛み帯びる物となる
男は更に言葉を続けた
「彼の話を聞く為に此の様な目に遭わされても大人しくなさって-貴方の御嫌いな相手に触れられていると云いますのに」
「……」
「其んなに、彼の事を御知りになりたいのですか」
「ええ、知りたいのです」
真直ぐに返される言葉に、男の面は尚不愉快な色を見せる
「先生」
青年の細い身体を塀へと押し付け、自身の身体を合せる様に寄せ
白い頬に唇を滑らせて、男は囁いた
「彼はもう、文士として此の先筆を振るう事は無理です」
青年は言葉を返す
「……彼の容態を、御教え下さい」
「貴方、彼に縋りたいのでしょうが-彼の庇護が欲しいのでしょうが……御生憎、其れは叶いませんでしょう」
「彼と面会をした時の事を御話頂きたく」
幾度も、同じ一つの願いを
青年は口にし続けた
「悪い事は申しませぬ。私の物におなりなさい-私が、貴方を御護り致します。彼に望みを掛けませぬ様」
「御聞かせ下さい……彼の事を」
蓄音器の音楽が如く繰り返される青年の望みの言葉に男の顔は歪み
其の手が青年の衣服を、破かぬばかりの勢いで引き
前の合わせを開いた
肌を晒され、無遠慮に手指が触れるも
青年は只震え、怯えた様な呼気をつき乍も抗う事一つせず
じっと、男の其れを受け入れ、呟く様に言った
「……教えて、下さい……如何か」
「-愚かなものだ」
男は不快に-怒りの様相さえ見せて青年に言葉を向ける
「其うも彼の事を御知りになりたいのですか。其うも彼が御好きですか」
青年は頷く
頷いた拍子に濡れた瞳から雫が静かに滴り落ちた
「-嗚呼、忌々しい」
男の手が、身体が青年から離れる
青年の身体はずる、と地に落ち其の儘座り込む形となり
男は其れを冷たく見下ろした
「……御願い、です。教えて下さい……彼の事を」
無体な姿と成りながらも青年はふら、と男に縋り言う
男は深く、蔑む様な呆れた様な溜息をついた
「愚かな」
「教えて頂けぬのですか」
「此処までされても、其れしか云えぬのですか、云わぬのですか」
「僕は只-今の彼の事を知りたいだけなのです」
「まるで阿房の様に同じ事を繰り返されて」
「……如何か、御願い致します。御聞かせ下さい、彼の事を」
「嗚呼、彼でしたらば、そこそこに御元気な御様子ですよ。尤も、御身体はあまり自由に出来ぬ様でしたがね」
吐き捨てる様に男が言う
「其う、ですか……」
青年は男の言葉に少し、ほんの少しばかりの安堵の吐息をつき
乱された衣服をそっと直した
「先生」
地に坐る青年を睨む様に見据えて男が問う
「貴方にとっての彼は、一体何だと云うのですか」
青年は真っ直ぐに答えた
「友人です-掛替えの無い、とても、大切な」
「……」
男は冷ややかな一瞥を青年に送ると、背を向けて歩き出した
「-彼は、彼は貴方と何を御話したのですか」
其の背に、青年の問いが向けられる
「……只の、見舞いの雑談ですよ-仕事でも、何でも御座いません」
男は歩き乍に答え、其の儘去って行った
青年は暫し男の背を見送ると
自身の目元を拭い、ゆっくりと立ち上がり
少し震える膝を堪えて、帰路へと着いた
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