第24話 約束

青年が友人の見舞いに行くも面通り叶わず

報道屋の男に友人の容態を懸命に問うた其の日の夜半


コツ、コツと窓を叩く音を聞き

青年は驚き、急ぎ窓を開けた


其処には矢張り、何時も通り

友人が立っていた


唯、身に纏うのはトンビではなく患者衣で


「-どうして。入院しているんじゃあ」

「来ては駄目だったかい」

「ううん……来てくれて、嬉しいよ」

「はは、其うかい。そりゃあ良かった」

友人は愉し気に笑うと開いた窓に手を掛けて

ちらと青年を見た

「悪いが、ちょいと手を貸してくれるかい」

「え」

「一人で部屋に飛び込むには、チト辛くてな」

慌て、青年が手を貸し

ヨッコイショとばかり友人は桟を越えて部屋へと入って来る


「ふう、助かった」

何時もと変わらず明るい様子を見せる友人

だが其の顔は青く、以前よりも随分とやつれていた


青年は複雑な面持ちを浮かべる

「何だい、どうした」

「御免よ。気を遣わせて……無理をさせてしまって……」

「気にすんな」

「でも」

「折角見舞いに来てくれたってえのに門前払いされたって聞きゃア、そりゃあ駆け付けたくもなるだろうよ」

「身体に障るよ」

「だからんな事気にすんじゃねえ」

「気にもするよ。君はあまり身体を自由に出来ないって聞いたから」

「ん?奴等、お前に其んな話をしたのかい」

「……うん……まあ。兎に角、立った儘じゃあ疲れるよ、座って」


友人を座らせ、青年は急ぎ湯を沸かして茶を淹れる


「今日はお酒は駄目だからね」

「分かってるさ……ん、こいつは随分良い茶だな」

「うん、御祖母様が大事に飲んでいる茶葉を少し貰ったよ」

「-お前、明日怒られるんじゃねえのか」

「良いよ、別に」

「そうかね」


二人、酒では無く温かな茶を傾けつつ、ぽつぽつと語り合う


其れは是までと全く変わらず

友人が久方振りに青年を訪れたあの日と同じ空気であり


「此の前は、御免」

ぽつり、と青年が切り出した

「何を亦、謝ってるんだい」

友人は小首を傾げる

其の様な反応にさえ、友人は気不味そうに申し訳なさそうに頭を下げた

「前に、君が来てくれた時に、僕は君に酷い事を言ってしまった」

「-ああ」

其んな事もあったか。と友人が頷くと

青年は友人に向かい深く、頭を下げた

「あれからずっと、君に謝りたいと思ってた。本当に……御免」

「気にすんな、お前も辛かったんだろうに」

「僕は」

「ホレ」

友人がちょいちょいと青年に手招きをする

青年が不思議そうに瞬き友人へ身を寄せると、友人は笑ってポンポンと青年の頭を叩いた

「何だい」

青年が少しばかり驚き言うと

友人は尚手付き優しく、青年の肩を叩いた

「此れ迄一人で、よく頑張って来たな?」

「え」

友人は拍を置き、ふっと面を真摯に変えて言った

「お前、彼奴に-あの情報屋に、さんざに苦しめられてたんだろ」

「……」

青年は息を呑み表情を曇らせる

「……彼から、何か……聞いたのかい」

「否、何もだ。ただ、臭え野郎だと思って酒を呑んで色々と雑談して-其れで、漸く気付いたんだよ。彼奴がお前を此んな目に遭わせた奴だったんだってナァ」

「……じゃあ……彼と、よく呑んでたって云うのは」

「ああ、ハナから何もかも信用しちゃあ居なかったさ。けど、お前に関しての良ろしくネエ記事を出した新聞社の奴だ。此れは何か分かるだろうか-お前を苦しめてるモンの正体が分かるか、ってな」

「……そう」

青年の面は益々曇り、其して青年は深く頭を垂れ-

自身の肩に触れる其の手を柔らかく握り、其うして友人に身を寄せた

「ハハ、ガキみてえだ。お前、甘えたがりだったかねえ」

友人が笑って言うと、青年は小さく首を振る

「御免よ」

「何だ、謝ってばっかりだ」

「だって、僕は君を疑っていた-彼の人と、繋がり僕を貶めようとしているんだと」

「でも、今は疑っちゃいねえんだろ」

「うん」

「其れで充分だ。もう俺に謝るんじゃねえぞ」

「-うん」

青年が頷く

友人は其の様子を確かめ柔らかく笑うが

ふっと面持ちを真摯に変えると青年の肩を抱いて、再度叩いた

「-辛かったな」

「大丈夫だよ-もう、大丈夫」

青年は其う言うと微笑んだ

「君が、傍に居てくれたから」


青年の応えに友人は目を丸くし

其して歯を見せて笑った

「其れなら、此の先もずっと大丈夫だな」

青年も一瞬ばかり目を丸くすると笑って-

先よりも尚良い笑顔で頷いた

「うん」


「-サテ、そろそろ病院に戻るとするか」

其う云い、友人が立ち上がると

急ぎ青年も立ち上がり、友人の腕に触れた

「どうしたよ」

「泊まって行きなよ。其んな身体で夜道を帰るのは辛いよ」

「いや、今夜じゅうに病院に戻らねえとマズイだろう」

「明日の朝、僕が送って行くから」

「大丈夫かい」

「平気だよ。-皆に嫌われ、怒られても、僕は平気だ」

「ヤレ、其の言葉だけで十二分に心配なんだがね」

「大丈夫。僕は大丈夫だから……もう、座って居てよ」


青年は友人の手を引き再び座る様に促すと

蒲団を出して丁寧に敷いた


「蒲団は一組しかないから、君が眠ると良いよ」

「ん、其れなら一緒に寝りゃあ良いじゃねえか」

「え、でも其れは」

「何言ってんだい、此の前は一緒に蒲団に入ったろうに」

「あれは、酔って居たから」

「マアマア、良いだろうよ、素面でも構やしねえだろう。ホレ、片方が蒲団無しで寝るなんて、風邪ひいちまうぞ」

「うん……」


二人は一人用の蒲団へと入り

微か身を触れ合わせ、横並びになった


「-ああ、其うだ」

暫くして、友人がぽつりと声を漏らす

「どうしたの」

「桜」

青年が身を返し不思議そうに友人を見ると

友人もまた少し身を返し-青年と向き合い、薄く笑んだ

「桜、見に行こうぜ」

「え?」

「きっと、来年には-桜の季節には全部片付いて。俺もお前も亦、文士として並んでいる筈さ」

「其れは……」

「きっと、全部落ち着いてるさ。だから」


-だから、桜を一緒に見に行こう


青年は泣き出しそうな-感涙を零しそうな面持ちを浮かべ

幾度も、幾度も頷いた


「うん。見に行こう」

「ああ、約束だ」


泣きそうな青年の顔を見て、友人が笑って彼の額に自分の額を軽く押し当てる

青年も、自ら触れる額をぐ、と押し付ける様にして


眼端に光を宿らせ、笑った

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