ハナ ノ壱
「嗚呼、亦」
青年は其う呟き、肩を落とした
新聞記事には長々と
青年を批難する文章が綴られて居たのだ
青年の過去の所業から作品に至るまで凡てが綴られた其れは
青年の曾ての同志であった-共に文學結社を築いた彼等の物であり
各々の持ち得る文士としての才を活かした其の湾曲的な批難の言葉は
ちくりと青年の胸を刺した
-ああ、でも詮無い事だ
友人を病院へと送り届けた其の日は
其れは其れは、皆に責められたものである
元・仲間達には青年が友人を拐かしたのだと。罪人、悪人と責め立てられ
医師には病人に無理をさせるなとさんざに責められたものである
無論、其の間友人は自分の責であるのだと懸命に主張を致し
青年を庇った訳であるが
恐らくは其れが尚、皆々の青年に対する嫌悪等を煽ったのではあるまいか
(だからこそ、凡てを蒸し返すかの様な)
青年の唇から重く深い溜息が零れる
-此れで、亦
「先生、御加減は如何ですか」
報道屋の男が恭しく青年の友人に頭を下げ、挨拶をする
「何だアンタ。また来たのかね」
友人は寝台の上で半身を起こし、男をさも嫌そうに一瞥する
「二度と来るなって云った筈だがネェ」
「まあまあ、其う仰いますな」
男はクックッと笑って友人の傍らへと椅子を引き寄せて腰を下ろし
友人の顔を覗く様に見遣った
「其れで、御加減は-アア、御可哀相に。一段と御窶れになられた様だ」
「嬉しそうに云ってくれるねえ」
「其りゃあ、マア」
「ふん」
バサ、と
友人が手に持っていた新聞を、自分の足元へと放る
「おや、我が社の新聞ですか。御購読誠に有難く」
「全く、碌でもない、下らねえ記事を載せる新聞だな」
「何を仰いますやら、先生の御友人が-貴方の大切な文士たる御仲間の皆様が御書きになられたのでは御座いませんか」
「はっ、どうせアンタが何ぞ焚き付けたのだろうに」
「まさか。私が其の様な事を致す必要が何処に在りましょうか」
さも驚いたと云う様、男は目を丸くして肩を竦め
其うして、薄らと笑った
「先日、彼が貴方を拐かしたと御聞きしました。其に起因する物なのでは御座いませぬか」
「-誰が、其んな事を言いやがった」
「誰も何も、先生の大切な『御仲間』の皆々様ですよ」
「……矢張、奴等を懐柔しやがったかい」
「人聞きの悪い。私は只、一報道屋として皆様と御話をさせて頂いただけで御座いますよ」
「どうだか」
友人は男から完全に顔を背ける
ふ、と男が小さく息を漏らす音が友人の耳に届いた
「其れにしてもマア、御病気であると云いますのに思い切った事をなさいましたね-先生から、彼に逢いに行かれたのでしょうに」
友人が男に目線を戻し睨む
「分かってたのかよ」
男は嬉し気に頷いて見せた
「エエ、彼の御方が拐かしなどと云う大それた事を致すとは思えませんのでね」
「分かってたんなら、何で奴等に訂正をしなかったんだ」
「出来かねました-貴方が自主的に病を押して御逢いに行かれた、等と。かような事を他者が聴けば、まるで先生が彼の人に焦がれて居るかの様でしょうに。『恋慕』が如く」
「例え其う思われても、あいつが責められるより余程良い」
「-御気を付けなさいな、先生」
男が意味深く目を細める
「報道屋の前でかような発言を致すのが如何な事と御思いですか」
「別に、記事に書き立てたきゃア好きにすりゃ良い」
「貴方の御同僚は何と思いますやら」
「好きに思わせときゃア良いんだ」
「鶏姦は違法でしょうに」
「アンタが其の口で言うかネエ」
「おやおや手厳しい」
仏頂面で腕組みさえ致し、膠無き言葉を返す友人に男は肩を竦める
「其れにしても全く、無駄な事をなさった物です」
「五月蠅えナア、今度は何だ」
「彼が見舞いの面通りを許されなかったからと、わざわざ貴方が逢いに行く必要など御座いませんでしたのに」
「如何云う事だ」
「先日の御見舞いの後、私は彼に会いましてね-彼から『容態はどうだったか』と聞かれましたので、私は在りの儘の先生の姿を御伝えしたのですよ」
「ああ、それで俺の仕出かした事は無駄だって言いたかったのかい」
「ええ、其の通りに御座います」
「御指摘ドウモ……併し、アンタにしては随分親切な事だな。さんざにあいつを追い詰めて居やがった癖に」
「たまにはあの方の御求めに応じる事も致しますとも」
其処で男は一度拍を置き、一言付け足した
「-尤も、相応の代償を頂いて、ですが」
「-何だと」
友人が怪訝に男を見るや、男は薄らと歯を見せて笑む
「あいつに、何か仕出かしやがったのか」
友人が鋭く男を睨み尋ねると、男はヒラと手を振る
「まさか、私からは何も致しておりませぬ。私は只、彼が望む儘に」
「嘘吐くんじゃあねえ」
「嘘偽り無き誠ですとも。無償では御教え出来ぬと申し上げましたらば、彼は其れでも、と代償を御支払い下さったのですよ」
「莫迦野郎め。其れは脅迫じゃあねえか」
「人聞きの悪い-私は情報屋で御座います。情報を無償にて御譲りする訳には参らぬと申しますに」
「其れ、で。あいつは何を支払ったんだ。新聞代かね」
友人の言葉に、男がクックッとさも愉快気に身を揺らして笑う
「分かりませぬか-私が望む物を」
「-まさか」
「アア、その『まさか』ですとも」
「嘘吐きめ」
「嘘では御座いませぬ-」
其う言うと男は自身の唇を撫ぜ、意味深げな所作を見せて悦と息を吐いた
「あの方の此処は、本当に心地好く、また好き味で-」
「……何を、云ってやがる」
「『代償』の感想ですとも-エエ、御身体も白く御美しく」
「巫山戯るんじゃあねえ」
「巫山戯てなどは」
「あいつが、お前に、體を差し出したってえのか」
「ええ、凡ては貴方の事を知りたいが為に」
「嘘だ。見舞い程度の事で」
「嘘では御座いませんとも、嗚呼-余程、貴方の事を知りたかったのですネェ」
男は愉快気に、さも愉快で堪らぬと云う様相で
黒い笑みを湛えて友人の顔を覗いて囁いた
「彼は本当に大人しく-まるで、金を求める売女の様でしたよ」
囁きに、友人の眉間に皺がぐ、と寄った
其の表情を見留め、男は薄く笑う
-だが、何らかを男に返す事は無く、そっと自身の額に手を添えてハ、と息を吐くのみであった
「如何なさいましたか、先生」
男が薄らと笑み声を向けると、友人は指の合間からちらと男を見遣り言葉を返した
「随分具体的に話してくれたモンだなあ」
「先生が御聞きになりたいかと思いまして」
「別に、どうでも良かったさ」
「オヤ、其うですか。彼の人が私に如何な扱いを受けたかを御存知になりたく在ったのかと-」
「嗚呼、其うだナァ。真実を聞きてえって腹は少し位なら有ったさ」
「ですから私は其を御伝え致したのです」
「下らねえ与太話をかい」
フ、と男が笑う
「まあ、与太話と思われるか否かは先生の御自由ですからね、只、真実を御話し致した事だけは確かですとも。先生の御望み通りに」
「そうかね」
友人は短く返事をすると男から顔を背けた
「何とも不愉快な御様子で」
「別に」
「易々體を差し出すふしだらな青年だとは思いませんでしたか。併し、紛れも無く-」
「縦しんば其れが真実だったとしても、あいつは求められ已む無く其うしたのだろうに。不愉快さを覚えて居る様に見えるってえなら、そりゃああいつに対してじゃあねえ。其んな要求を突き付けやがった目の前の誰かさんさ」
男がいよいよ愉快気に肩を揺らした
「それはドウモ-併して、憎まれ様が真実は変わりませぬので」
「違いねえ。サア、帰んな。俺が其処らに在るモンあんたの面に手当たり次第打っ付ける前に」
「此は恐ろしい。では失礼すると致しましょうか、ああ-其の前に御見舞いの品を」
「不愉快の主からの見舞品を受け取ると思うかね」
「まあ其う仰いますな、御好きでしょうに。金鍔」
そう言うと男は紙袋を差し出した
併し、友人は其れを受け取ろうとはしない
「機嫌取りなら随分遅過ぎだナァ」
「いいえ、いいえ。機嫌取りなどと。第一斯様な腹で有りますならば、わざわざと彼の人が御支払下すった代償の御話など致しませぬ」
「嗚呼、其れも其うだな」
「では、御受け取りを」
「嫌だね」
「駄々を捏ねなさるな、子供の様に」
「駄々じゃあねえ、嫌悪だ。アンタから物を貰うのが嫌で堪らねえだけだ」
ふっふっ、と男は笑うと静かに立上がり
紙袋をそっと友人の布団の上へと置いた
先刻、彼が放った新聞に添える様に
「金鍔には罪は御座いませんからね-では、御機嫌よう」
男はひらと手を振り、颯爽と病室を後にした
友人は忌々しげに紙袋を見遣ると其へと手を伸ばして端を掴み引き上げた
程無く掴む手指からするりと其は滑り落ち
掛蒲団越しに友人の腿に重圧を掛ける
「-糞」
友人は一人毒づき、自身の震える身体を引っ掻いた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます