第10話 友人

「それ見たことか」

「生意気をするからだ」

「莫迦め」

件の新聞を覗き込み、若者達が喜々と騒ぐ


其れは、青年の仲間-文學結社の仲間であり、青年と肩を並べ思い思いの作を綴った面々である


『共に文學の道を歩んでいた筈であるのに、出し抜かれた』と

彼等は皆、自分達よりも一足先に文壇へと昇り、そして文學結社から離れた青年の事を快く思ってはいなかった


「是で彼奴も勢いを失くすだろう」

「ああ、小説も売れなくなるだろうよ」

「良い気味だ」

若者達は悪辣とした言葉を口々に言う


一人を、除いて。




新聞記事が世間に流れてから数日

不祥事というのは千里を駆ける物で、

青年の評判は瞬く間に落ちた


新聞記事への反論文を綴り、他の新聞社にでも掲載依頼をすれば良かったのかもしれないが、青年には其れを致す気力が無かった

最後には、芸姑を囲っていた頃には彼女が心の拠り所の様な存在となっていた訳ではあるが

元は作品執筆の為に芸姑の世界についての情報を知るべく、置屋通いをする事にした訳である

そうして芸姑に絆され、彼女の為すがままとなったのが事の発端であるのだ

此れ等の事を反論として綴るには相当な慎重さが必要である

下手をすれば尚、槍玉として上げられる事となる


新聞の記事を読む限り、此れを書いた記者は相当に頭が切れる人物であり

また、悪辣とした人物なのではないかと思われる

反論をも悪しとして取り上げられてしまう可能性は至極高い


既に、仕事は随分無くなった


掲載が決まっていた作品の、掲載中止の報せが何通か届き

幾つかの出版社へと原稿を持ち込んでみるも、断られ


青年は、途方に暮れていた


自室で、机上の原稿用紙に向き合うも

筆はすっかりと止まり

只、ぼんやりと座り込み時を過ごすばかりである


コツ、と窓が鳴る

気に留めずに居ると暫くするやまたコツ、と

窓を見遣るとまたコツンと

小さな石ころが幾度も窓にぶつけられていたらしい


青年は窓を開けて外を確かめ、目を丸くした

「よう」

青年に向かい、窓の外に立っていた人物が軽く手を上げる


其れは、青年の友人であった

もう随分と長く顔を合わせる事の無かったその来訪者に、青年は只驚く


「久し振りだね」

「ああ、入って良いか」

「勿論だよ、玄関に回って」

「いや、此処から入れてくれ」

友人が頭を掻きつつ気まずそうに笑う

「俺は、お前の祖母さんに嫌われてるからな」


窓の外に下駄を揃え、友人がトンビのマントをひら、とはためかせて部屋の中へと飛び込んで来る

「一体どうしたんだい」

「様子を見に来たのさ」

青年が勧めた座布団に胡坐をかきつつ、友人が答える

「お前、大変な事になっちまったろ」

「ああ、うん。そうだね……」

青年は頷き、俯きがちとなる

「すっかり、仕事が無くなってしまったよ」

「ああ、まあでもその内戻るだろ。芸姑遊びなんざ誰だってやってるし、大家の一人なんて芸姑を娶ったじゃねえか。本当ならああも騒がれる話じゃあないんだ」

友人は明るくヒラリと手を振る

「人の噂も何とヤラ……しかし、お前も芸姑遊びなんて事をするんだなあ」

「遊ぼうと思って、置屋に通い始めたんじゃあないんだ」

「でも、芸姑囲ったじゃねえか」

「其れは、そうだけれど」

「其れで、芸姑とはどうなったんだ」

「もう、別れたよ。囲いは辞めた」

「そいつは拙いナア」

「どうして、此れ以上騒がれたら」

「いいやいいや、何事も流れが大事だろう。騒がれるや即座別れる、なんてやり方はまるで捨てた風にしか見えない」

「……ああ」

「お前は昔から、そういう事が下手糞だな」

「そうだね」

頷き、青年は友人を見て寂しく笑った

「だから、君達とも絶交してしまった」

友人が肩を竦める

「絶交した奴が、見舞いに来ると思うかねえ」

「それは」

「まあ、周りは俺とお前も仲違いして縁を切ってると思っているよ」

「うん」

青年はまた俯く

「僕は自分の不器用さで何時も、何もかも、失くして行くね」

「悲観するな」

「だって、君とも離れ離れになって、友達皆とも絶交して、仕事も」

「俺がお前の祖母さんと揉めなけりゃあ、まだ此処で一緒に暮らしてたさ。仕事だって今だけの事の筈さ、全部自分のせいだと思うんじゃあないぞ」

「……うん」

「ホラ」

友人が、持参した紙の箱を青年の顔の前に差し出す

「食えよ」

青年が箱を開けると、中にはシュークリームが入っていた

「元気出せよ。俺達の文學同人から飛び出してまで手に入れた仕事だろう。負けるな、しがみつけ」

「ああ……うん、ごめん」

「謝るな、有難うでいい、いや、其れが好い」

「有難う」

「よし」

青年の礼の言葉を聞くと、友人は立ち上がり窓際へと向かった

「もう帰るのかい」

「ああ、祖母さんに見付かったら五月蠅そうだ」

「また、逢えるかい」

「ああ、また何時か-そうさな、今度は夜にでも邪魔をしようか」

「分かった、また何時か」


再会の約束、別れの挨拶を交わすと

友人は来た時同様にひらりと身軽に窓枠を越えて外に出て

そうして駆けて行った


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