第3話 蝮

蝮-まむし、とは彼の渾名であった

其れは対象に噛み付くかの様に、毒の様に報道された人物を苦しめる記事を得意とする処から、その名で密やかに呼ばれる様になったというが、真実の処は定かではない


彼もまた、文壇に上りたくその筆を走らせていた一人である


故に、かの青年に対しての嫉妬も一入であった


嫉妬。

其れが蝮が青年に執着を始めた第一歩であった


咲き誇る彼、自身が成せなかったその美文に、賞賛される彼に只、妬みを向けたのだ

文士として-


文壇から、引き摺り下ろしてくれる、と

蝮は彼の軌跡を追い始める


文學結社として始まり、そうして独り其処から離れ行き

誇り咲いたその足取りを


彼の昨今の動きをも、追い


-そして、昨夜顔を合わせた


白い手の温もりも、手指の心地好い感触も全て、官能へと焼き着いている

初めて近く目の当たりとした、あの白い顔も


ぼんやりと、ほんの朧と

その體もきっと白く滑らかなのではなかろうか、などという事を想う


蝮の指がひく、と動き

その喉に渇きを覚えた


-これは、何か


まるで、飢餓にも似通うた物欲しさ


何が欲しい、自分は

青年と並ぶ程の。其れを遥か上回る程の名声であろうか


嗚呼、無論それであるのだ

けれど-


欲。


其れと同じく、苦渋を舐める青年を見たいと思った


あの、端正な顔が悲痛に歪むのを、身悶えるのを



その欲望は、野に生きる獣達は此の様な飢えと渇きにも、近しく-



腹と、喉を充たさねばならないのだ。

生きる為に



蝮は机に散らされた書類を手にすると、再び注意深く目を通し

そして自身の手帳にメモを、綴って行った

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