第2話 対面

「彼奴が居ないから言うけれども」

そう言い、文士の一人が作品に関しての批評を述べ始めた


その著者である、青年のすぐ傍で


青年はただ物静かに座り、其れを聴いていた


批評が終わるや、今度は別な文士が其れに対する反論を述べる

青年を庇う様に


文学の為の会合に於いては、往々にして此の様な事がある

其れは互いが文士として切磋琢磨する為の活力剤ともなり、またしおしおと、しょぼしょぼと自身の勢いを失くしてしまうきっかけともなり得る交流である


物静かな青年の、此の時の心情は、誰にも分からなかった




会を終え、解散し

青年は他の文士と並び歩く事無く、只一人帰路へと着いた


「すみません、少し宜しいですか」

そんな青年に、男が声を掛けて来た


不思議そうにする青年に、男は名刺を渡し、自らを名乗る


「……『ジャーナリスト』ですか」

「ええ、欧化主義の絶頂に乗った此の時代に、いち早く新たなる言文を綴り有名となった貴方に是非とも知り置いて頂きたくて」

「僕の文章は『極端に西洋臭い』とも言われていますよ」

誉めが過ぎるとも思える男の言葉に青年は困った様な笑みを返した

「いいえ、見事な美文ですとも」

男は人好きのする笑顔を湛えて言った

「妙なる、美です」


青年は其れ以上何も言葉を返さなかった

ただ静かに、涼しい面持ちで男を見つめた

先の会合の様に


男はそんな青年の反応を気にする様子も無く、快活な笑みを湛えたまま

すっと青年に向かい手を差し伸べる

「どうか今後宜しくお願い致します」

「はい」

報道屋-新聞社に関わる人間に知り置いて貰えるという事は、文士にとっては悪い事ではないだろう

青年はそう思い、差し出されたその手と握手をした


己の手を軽く握る青年の白い手を、男はするりと指先でその手を撫ぜる

「……何でしょうか」

「いえ、美しい手だと思ったのです」

「……」

「まるで、貴方の文章の様で」


困惑に眉を寄せ、青年が手を解こうとするが

男は固く青年の手を握り、指を絡めさえする


「御放し下さい」

「いけませんか」

「何を御考えですか」

「私はただ、貴方という美文家を知りたかったのです」

「作品を御覧になれば」

「ああ、そうですね。違いない」


ふ、と目を細めて男が絡めた指を解くや

青年は力強く手を振り解いた


「失礼致します」

冷たく言葉を放ち、青年は靴音を立て逃げる様にして去って行った


男は其の場に佇み、青年の背をじっと見ていた

無機の瞳の中に、僅か情念の火を燻らせ




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