番外編『鍵穴のエルフ キャスカ・ロングウェイ』#8
稜線を越えてだいぶ進んだところに、一軒の家が見えた。看板を出しているところをみると、店か何かだろう。共用語で書いてあるので、私にも読めた。「水と酒の牧草屋」という名前らしい。木造の平屋。つまり私の故郷から切り出された木で作られているようで、なんだか親近感が湧いた。
「牧草屋……」
「シュマインランドでは、休憩に使えるお店に牧草とつけるところが多いんですの」
それがミノタウロス向けの店だと、私はすぐに理解した。周囲を慌てて見渡すけれど、幸運なことに私達以外には誰もいないようだった。
「心配無用です、ターニャ。私が一緒ですもの」
「で、でも……」
口をぱくぱくと動かす私に、彼女はウィンクしてみせる。私を降ろして慣れた手付きで馬をつなぐ。それから私と手を繋ぐと、鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌に店の中に入ってしまった。
店の中は、左の隅っこにかまどがあって、右には机と椅子が並んだスペースがある。その奥に壁一面を使ったバーカウンターがあって、私には縁遠いきらびやかなお酒がたくさん並んでいた。
中にいたのは三人のミノタウロスだった。スーツを着込んだ上品な老いたミノタウロスが二人と、上半身を剥き出しにして整った毛並みを晒す牛ヅラが一人。前者は客で、きっと旅行者だろう。後者は、バーカウンターの中にいるし、間違いなく店主だろう。
私達が入ってくると、彼らはぎょっとしたようだった。スーツの二人は、煤だらけの私をみると、哀れみの目を向けた。でもそれだけで、木を削りだしたコップから酒を飲んでいた。
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