番外編『鍵穴のエルフ キャスカ・ロングウェイ』#5

「ひどい目にあいまして?」



 水のことも聞かず、その人は私の手を取って立たせた。その手をみて、私は喉の奥から絞られでてくるこの声が、嗚咽だったのだと知った。



 草原の土のように白い肌には、醜い火傷の跡がある。それはまだら模様に、指から肘まで続いている。ケロイド状のそれはそれはぞっとするようなもので、私はあまりにおぞましいそれに……。心の底から安心した。



「うぐっ、ふっ、ううっ……!」


「あらあら。大丈夫よ。大丈夫……」



 泣きだしはじめた私に、その人はコートのベルトを外し、影を作ってくれた。そこには汗で濡れたシャツがあったけれども、構わずにそこに飛び込んだ。いつもの私なら、きっとためらったかもしれない。でも今の私には、どんな演説よりも雄弁に私に味方であると語りかけてくれたのだ。



 シャツの透けた腰は細く、でもしっかりとした筋肉で覆われていた。私がいくら頬をこすりつけて泣きじゃくっても、この人はびくともしないほどだった。煤だらけの私の顔を擦り付けられても、この人は文句一つ言わなかった。


「あなた、名前は?」


 泣き続ける私に、その人は呼びかけた。


「タマーラ・グラツカヤ……」


「お友達からはなんて呼ばれていたんですの?」


「ターニャ……」


「私もターニャと呼んでよろしくて?」



 脳裏によぎったのは両親の顔だった。私をなでてくれた骨ばった父の優しい顔。それとは対象的に、ふくよかだった母のしかめっつら。ターニャと聞いた途端、私を優しく呼んでくれた二人の顔を思い出して、頷きながらひときわ激しく喉を震わせた。


「よしよしターニャ。私はハーバーワーゲンに行くつもりでしたの。あなたはどちらに?」

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