番外編『鍵穴のエルフ キャスカ・ロングウェイ』#5
「ひどい目にあいまして?」
水のことも聞かず、その人は私の手を取って立たせた。その手をみて、私は喉の奥から絞られでてくるこの声が、嗚咽だったのだと知った。
草原の土のように白い肌には、醜い火傷の跡がある。それはまだら模様に、指から肘まで続いている。ケロイド状のそれはそれはぞっとするようなもので、私はあまりにおぞましいそれに……。心の底から安心した。
「うぐっ、ふっ、ううっ……!」
「あらあら。大丈夫よ。大丈夫……」
泣きだしはじめた私に、その人はコートのベルトを外し、影を作ってくれた。そこには汗で濡れたシャツがあったけれども、構わずにそこに飛び込んだ。いつもの私なら、きっとためらったかもしれない。でも今の私には、どんな演説よりも雄弁に私に味方であると語りかけてくれたのだ。
シャツの透けた腰は細く、でもしっかりとした筋肉で覆われていた。私がいくら頬をこすりつけて泣きじゃくっても、この人はびくともしないほどだった。煤だらけの私の顔を擦り付けられても、この人は文句一つ言わなかった。
「あなた、名前は?」
泣き続ける私に、その人は呼びかけた。
「タマーラ・グラツカヤ……」
「お友達からはなんて呼ばれていたんですの?」
「ターニャ……」
「私もターニャと呼んでよろしくて?」
脳裏によぎったのは両親の顔だった。私をなでてくれた骨ばった父の優しい顔。それとは対象的に、ふくよかだった母のしかめっつら。ターニャと聞いた途端、私を優しく呼んでくれた二人の顔を思い出して、頷きながらひときわ激しく喉を震わせた。
「よしよしターニャ。私はハーバーワーゲンに行くつもりでしたの。あなたはどちらに?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます