ああ幻惑のバターチキンカレー。生まれながらに芳醇。

  僕は1ヶ月ぶりに家の外へと這い出した。高校一年生が平日の昼間に練り歩くという、不良でなければできない行為だ。そして駅前のインドカレー屋の前で立ち止まった。彩度の薄い日焼けした看板のカレー屋は、心を踊らせた。なんだか派手でよくわからない、多分インドではない国旗が店内から見え隠れしているのも好きだ。なんだか酸味の感じる独特の香りは、腹の弱い僕には禁断の香りだ。



 つられて踊りそうになるインド独特のミュージックビデオを見ながら、僕は1500円の高めでボリュームのある定食を頼んだ。すげえ、チキンが2つもついてくる。それにナンが食べ放題なんて何がなんだか夢のようだ。



 もちろん頼んだのはバターチキンカレーだ。



 ああ幸福なバターチキンカレー。バターチキンカレーよ。



 バターにカレーという僕の腹をぶち壊すことを念頭に組まれたような油脂と香辛料のコンビは、長年大人気の刑事ドラマを彷彿とさせる。つまりパワーだ。それにバターナンを追加料金で頼んだ。これじゃ比率が偏ってしまう気がするが、そんなことはどうでもいい。つまりパワーだ。



 いざ食べ始めると、ここ数年で一番じゃないかという食べっぷりを見せつけた。こんなガキに食いきれる量じゃないとやけに念押しして「ボリューム」と「大丈夫デスカ」を口にしながら2回も念押しした店員も、意外とやるじゃないかというほっとした目で僕を見やっていた。



 腹をパンパンに膨らませて店を出た僕は、さっそく内股になりながら家までの道のりを歩いた。10分の道のりがやけに、めちゃくちゃに長く感じる。すぐにでも体内に取り込んだ油を出さなくては、と体が焦っているように脂汗を吹き出させる。そういう意味じゃないとわかっているけれども、実際に僕はへそより下の方からくる熱気に押されててらてらと肌を光らせていた。季節は冬だが、間違いなく僕の体はホットだった。



 玄関にたどり着いた僕は、ドアを開けっ放しにしてなんとか便器に駆け込んだ。コレは間違いなく言えることだが、僕のような病気を患っている人は、ケツの筋肉はバキバキに引き締まっている。はたからじゃわからないかもしれないが、締りには自信がある。



 それからやっと僕はベッドに横たわった。死ぬほど苦しいが、僕は幸福だ。どっちにしろ死ぬほど苦しいんだから、食べたほうが良かったのだ。どうせこのあと降りてきたバターチキンカレーで5回はトイレに向かうことになるんだろうが、知ったこっちゃない。耐えろ僕の体。次にバターチキンカレーを食べるその時まで。

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