水の中から
そんなことをしていたら、足がもつれてすっ転んだ。僕は土手から飛びだして、それこそ、落とされたときと同じように腐った水の中にダイブした。
砲弾が着水した時のような派手な音とともに、僕は仰向けになって沈んでいった。深さは大したことなかったが、このまま死のうと思えば死ねそうだった。それくらいの水深だ。
だが死ぬことはない。息をしている感覚がないのだ。
舞い上がった泥のつぶにまじって、顔の前を何かが横切った。虫だ。だけど、どことなく見たことがない形をしていた。足が8本あるのだ。やけにクリアな水中での僕の視界の中でそいつはさかさかと泳ぎ、何に惹かれたのか僕の顔めがけて飛び込んできた。
「気持ち悪いんだよクソッタレ!」
思わずそいつを掴んでぶん投げた。どこかから、僕を笑う声が聞こえる。幻聴じゃないことは、耳に届く声で明らかだった。水中でもノイズ混じりとはいえはっきりと聞こえるし、そのケタケタとした笑い声は忘れられない。
『何にびびってんの? その図体で?』
どうやら僕の声が聞こえていたらしい。僕の声は、自動的に電波として発信しているのかもしれない。
「うるせえバカ」
僕は生来の口の悪さを隠すことなく、彼女にぶつける。彼らはもっとでかいことを隠していたんだから、僕の本音を隠す必要もない。
『バカだって! 自分の体のことにも気づかなかったやつに、そうは言われたくないなぁ』
「っるせぇよバカ!」
どんなに叫んでも、水泡があがることはない。僕はどうやって声を出しているんだろう。
『ねえ、どこにいるの?』
そう言われて、彼女からは僕が見えないことに気づく。水中にいる僕の姿は、彼女のエコーロケーションでは判別できないのだ。そう考えると、ちょっとしたいたずら心が湧く。
「さあね、当ててみろよ。馬鹿じゃないんだからできるだろ?」
『んなこと言われたって……』
羽を使ってふよふよと浮きながら、彼女は水上に現れる。彼女の下の水面が、羽ばたくたびに波紋をたてる。水中から何かを眺めるのは、普段ならテレビやらでしか見たことがないのでけっこう面白い。それも夜明け直前となれば、見知らぬ景色に他ならない。
彼女の軍靴の模様がまじまじと観察できるほど近くに来るまで、僕は待った。
「もう少し右だよ」
そう誘導して、彼女が僕の真上に来た瞬間に腕を伸ばして足を掴んだ。ぐいっと引っ張って、水中に引きずり込む。
『んなぁあ!』
「ブハハハハハ!」
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