音が見える
ざぶざぶと腐った水の中を進んでいく途中、土手の上でいくつもの陣地がめちゃくちゃになっていたり、灰色の軍服を着た犬の顔をした奴らの死体を目にした。それらに混じってカーキ色の軍服を着た種族も死んでいたが、それを見つけるたびに、誰かが駆け寄って認識票と思われる板状のキーホルダーと、腕時計やネックレスやら、高そうなものを自分のポーチにしまっていく。
「火事場泥棒かよ」
『失礼だなぁ。あれは遺品を送り届けるために回収してるんだよ』
誰に向けたものでもない僕のつぶやきを、隣を歩いていたイオがたしなめた。それに対して謝ってから、僕は暇な時間ができたのでイオと少しばかりおしゃべりすることにした。ローラインは先頭に立ってドゥブルーとみんなの指揮をしているし、他の人達とは面識もなく話しかけづらかったのだ。
「君の声はどうして他の人には聞こえないの?」
『私達インプは電波で会話するからね。君みたいに特殊じゃないと話せないんだよねー。ま、そのおかげで敬語も使わなくて済むけど』
「特殊って?」
『あー、ごめん。特殊って言い方はまずかったね、種族たがえど我らは同胞。誓っても実践するのは一朝一夕じゃいかなくって』
わかったようなわからないようなことをいう彼女に、僕は愛想笑いを浮かべた。聞き直さなくても、話の流れでわかるようになるだろう。
『そもそも私は通信担当で、本来前線で働くわけじゃないはずだったのよ。でもローラインが引き抜きやがったから……』
「そっか、電波で会話するんだったらずっと遠くまで喋れるか。受信機があれば」
『そそ。まあ一種の伝令よ。人間無線機みたいなもん』
人間、と彼女が自分を指して言うのを聞いても、不思議と違和感を感じなかった。これが彼女の言う「種族たがえど我らは同胞」ってやつか。
格納庫で初めて彼ら異種族と出会った時、僕は単なる化け物のようにしか思えなかった。でもいまは、ほんのちょっとのあいだ一緒に戦っただけで、それが消えてしまっていた。
○
『どうせ聞かれるだろうから先に教えてあげる。私達の種族は目がないけど360度全てがみえるの。感じるのとも違う』
「それもすごいな。僕はどうやって目が見えないのに敵を撃ってるんだろうって思ってたよ」
『あんまり撃たれるとわからなくなっちゃうけどね。なんていうか、音が見えるようなものだから』
「わかった、エコーロケーションだ! 便利だなぁ」
コウモリやイルカが音波をだして、反響したかとかでそこに物があるかどうか判断する、そんな感じのことだったはずだ。
つまり、彼女は目がなくてもほとんどのことがわかるのだ。前どころか後ろまで。しかも同時に。それはどんな感覚なのだろう? 想像してみるけど、それが感覚として全く理解できない。
「すごく便利そうだけど、想像もできない感覚だね」
『そうそう! 他の人達からするとめちゃ便利らしいね。ただ私達は色がないから』
「そっか、色が見えないんだ。それってどんな感じ?」
僕らはいつの間にか色々としゃべくりあっていた。他の人から見ると僕が無言で独り言をつぶやいているように思われていたらしい。僕は自分の質問を棚上げにして、彼女の言葉に耳を傾けていた。よく聞けば、なんだか安心できる声だった。
集合地点に着くまでの時間は、そう長くは感じなかった。
イオとの会話が弾んだし、余裕をもって空を眺めれば、赤い月と白い月の模様の違いですら、僕には興奮を与えてくれた。それに、集合地点に近づくほどカーキの軍服を着た見たこともない種族の人々がいた。彼らを物珍しげに眺めていると大抵は嫌そうな視線を向けられる。大体は戦闘をこなしてきているとみえ、疲労しているようだった。
冠水した場所を抜けてしばらく歩いていると、大きな森に入った。森の木々は背が低く、僕は紅葉に似た葉っぱの形をした木々の間を抜ける間も、その葉脈の走り方一つ一つにさえ、遊園地につれてこられた子供みたいにはしゃいでいた。
そのうち、森の中の道は土から石畳へと変わった。どうやら何かの敷地に入ったらしい。
「酒の匂いだ」
「いい酒の匂いだ」
オーガの二人が鼻を鳴らしてそう言うので、僕以外の人間もはしゃぎだした。
「一杯どころじゃねえ、一人一瓶あけられるぜ!」
ドゥブルーがそう言って好きな酒の種類を言うと、それにつられて各々が好みの酒を語りだし、それがあれば最高だと語り合った。僕らは完全に浮かれていた。
着いた先は、石造りの醸造所のような場所だった。実際にワインを作っているのかは、ブドウがあるかすらわからないので置いておくとして、雰囲気としてはそんなものだった。
煙突から煙が上がっており、様々な兵士たちがここで休憩している。顔ほどもありそうなパイプでタバコを吸うオークたちのせいであたりが煙かったが、どいつもこいつもタバコを吸っているらしく、気にしていないようだった。紙に包まれた棒状の何かを食べている奴らもいて、僕はそれに強く心惹かれた。あとで誰かにもらって食べてみよう。栄養バーのようなものだろうか?
それにしても、ミノタウロスの迫力ときたら! はちきれそうな筋肉は戦車のようだし、立派な角と大きな黒目がこちらをみると、それだけでぞっとしてしまう。人間の手と胴体を持っているが、軍靴を履かずに蹄がズボンから突き出している。関節も人間とは違って、ロボットみたいだ。なんだか本当に自分は知らないところに来てしまったという実感が湧く。
「お前達はここで休んでろ。俺が報告に行ってくる」
とドゥブルーが言い、僕は思わず腰を下ろしそうになった。だけどすぐに待ったをかけた。
「ルキヤン中尉がいるんですか? いるなら会いたいんですが」
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