イオ・ライト 盲目につき
「使えねえよ! だけど勘違いするなよ、こんな状況だからだ! 目がさめたら化け物に囲まれてるのを想像してみたか!? おまけに空から落とされて、ホラー映画みたいな登場しやがって! そしたら『使えないの』だと!? ふざけんなよ人をものみたいに言いやがって! こんな状況で使えるやつがいたら、ロボットかバルカン人だ!」
拳を思い切り水面に叩きつける。泥水が彼女の顔にかかって、しばし沈黙が流れた。彼女は何も言わず、水がはねたことなど気にもしていないように僕の顔をみつめた。目がないのに見つめたというのはおかしいが、そうされている感覚はある。
やっちまった、という気持ちをごまかすために空をみやった。そこには相変わらず、彩度の足りない対空砲の花火があがっている。
先に謝ったのは彼女の方だった。
『ごめん、そんなに追い詰められてたとは全然思わなくて』
「僕も。化け物にっていうのは、ひどかったかもしれない」
砲火の音が絶え間なく響く場所でも、沈黙は気まずかった。
だがそれも長くは続かなかった。ばしゃばしゃと誰かが近づいてきたからだ。僕が振り向くと、水色の長髪が目立つ女性がライフルを抱えていた。身長は低く、腰まで水に浸かりながらもこちらに向かうさまは、子供が雪をかきわけているようだった。すっかり忘れていたが、確かローラインじゃなかったか。
そうだ、俺を突き落としたローラインだ。
「あーっ! あんた、ローライン! なんで蹴り落としたりしたんだよ!」
「ははは。そうは言うがね、ああしないと君は降下しなかったじゃないか。ま、今はそんなことはあっちにおいてくれ。ここはどこだ? イオ、君は地図を持っていないか? 私は地図をなくしてしまってね」
ざぼざぼと僕に近づいてきた彼女は、イオから地図を受け取って開く。蛍光塗料を塗られた布製の地図は、上空の惨事に頼らなくても十分読めた。地図をざっと確認したが、全く知っている地形がない。日本じゃないのは確かだ。
海岸線と、その裏の網目模様になっている部分をローラインが指差した。どうやらその網目模様のところにいるらしい。
『私は地図読めませんので、そのまま軍曹にお譲りします。目がありませんから……ってローラインに伝えてくれない?』
とイオが言ってきたのでそう伝える。
「悪いな、忘れていた。イオは私たちと会話できる種族じゃなかったな。前田くん、悪いが中継役を頼むよ」
「わかりました」
不機嫌そうに僕がいうが、彼女は知らぬ存ぜぬといった風だ。
しばらくして、僕とイオにいくつか質問されたが、それが地理上のことだったので全くわからなかった。ただ、海岸線にかなり近いのは確実らしい。そりゃそうだ、空中で見えたんだから。ただ、どのくらい離れているかと言われると怪しい。目の前で弾ける火花と落下への恐怖で、海を見ている余裕なんてなかったし。
「クソッタレ、ここはどこなんだ。ここからじゃ何もわからん」
「僕もそう言いたいですよ。もっと言えば、全部わかりませんけどね」
はぁ、とローラインはため息をつく。
「今の私に文句ばかり言われても困るな。そういうのは全部ルキヤン中尉にぶつけてくれ。君を今の状況に追い込んだのは彼だ」
ルキヤン。その名前を僕はしっかりと覚え込んだ。イオはぽっかり口を開けてローラインを見やった。が、この時の僕はイオのその表情の意味に気づかなかった。
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