番外編『鍵穴のエルフ キャスカ・ロングウェイ』#1
キャスカ・ロングウェイは、右目の鍵穴をなでた。
彼女の顔面の右側には、リングケースくらいの大きさの鉄板がはまっている。よく磨かれたそれは黒染めされていて、光の当たり方によっては青く輝く。
高級な銃に使われている錆止め技術と同じものだ。その外側にはヒンジがあり、箱のように開けられるようになっているとわかる。
そこに鍵穴がついているのだ。
その鍵穴は彼女と出会ったときからついているもので、かれこれ60年前の代物らしい。なくなった右目の代わりに錠がはまっているのだ。それにしても60年とは。エルフには短くとも、人なら棺桶の値段を気にしはじめる年月だ。もはやキャスカには体の一部のように感じているんだろう。
「また鍵を開けて自分の脳を見たくなったのですか?」
わざと意地悪く私は聞いた。ちなみに、私が言ったことは何も間違っていない。彼女は機嫌が悪かったり、大きな失敗をやらかすと、鏡の前で覗き込むのだ。ちなみに、いくら私でも彼女自身を覗き込むのは許されていない。
「いいえ。たまに痛むのですわ。もうここには無いはずなのに、ずきずきと痛むときがあるのです」
そう言って彼女は、柱のように太く硬そうで、奇妙に光る文様の入った腕でマグカップを口に運んだ。それが終わると、ゴーレムの腕はどさりとソファーに落ち、彼女の隣を専有する。それだけで、もうひとり分の太さなのだ。
私はその左腕を伝って流れる血が、少ないながらもソファーを汚すのを見て目を細める。彼女の体に不釣り合いなこの大きく強い腕は、彼女の義手だ。古い戦場で大破していた腕をもぎ、魔法でつないだという。ただ、接続部にかなりの負荷がかかるため、彼女の肩は常に血を流しているのだ。ちなみに、その義手はキャスカのお気に入りだ。
「せっかく綺麗に部屋を残しておいていただいたのに。これを見たら怒られますよ」
「帰ってくるともしれないのに?」
ため息をつく私に、彼女は微笑で返す。そうされると、私が何も言えなくなるのを彼女は知っているのだ。
……ずるいひと。
とっさに顔をそらして部屋の中をみやる。ここは戦争で徴発した民家の書斎で、なかなかいいものだ。金色の調度品に、きらびやかな鏡。飾られた深い紋様の古式銃。それに牛の首の剥製が、瀟洒な時計の上にかけられている。ガラス扉つきの本棚にはいくつもの歴史書が並び、持ち主の好みがわかる。どうやら、赤狐の女王と呼ばれた偉人が好きだったのだろう。
「それにしても……あぁ、どんな風に私を叱り飛ばすのかと考えると、どきどきしますわ。そう考えると、ぜひ生きて帰っていただきたいわね」
「なんでしたら、いま。お叱りしましょうか」
彼女の瞳を覗き込む。私はつい、鍵穴の奥を見つめてしまう。そうしていると、真っ赤な瞳と炎のような虹彩の左目が私を見つめ返す。
「ターニャ……」
私の名を呼ぶ。それはキスして、という合図。
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