GAME 21「コーベ連続殺人事件(3)」
「コーベ連続殺人事件」は、元々はパソコン向けのゲームとした発売されたタイトルだ。ファムコン版は、その移植ということになる。
それもただの移植――俗に言う「ベタ移植」ではなく、様々な追加要素を加えてのものだった。
例えば、パソコン版は「コマンド選択方式」ではなく、キーボードから文字を入力して実行する「コマンド入力方式」だった。ファムコンは基本的にコントローラーで遊ぶものだったので、移植にあたって選択方式に変更された訳だ。
画面内を「虫眼鏡」で調べる機能もファムコン版で追加されたものらしい。
けれども、ファムコン版での追加要素で最も大きなものは――。
「ええっ!? これ、もしかして……めいろ?」
「うん、迷路だね」
そう。ファムコン版では、殺人現場の地下に巨大な迷路が追加されているのだ。
しかも2Dではない。主観視点の――ダンジョンRPGの「ソーサリィ」みたいな3Dダンジョンだ。
十字ボタンの上で前へ移動、下で後ろへ移動。左右で向きを変えるという、ダンジョンRPGではお馴染みの操作系統もそのまんまだったりする。
結構、本格的なダンジョンだ。
「ええと……まえにすすんで、うしろにすすんで、よこむいて、よこむいて……うん、ルーくんりかいした!」
「お、流石だねぇ、ルーくん。じゃあ、早速進んでみようか?」
「おー!」
こうして、ルーくんは元気よくダンジョンならぬ「大迷路」探索に踏み出した。
***
「ええ~? ここどこ~? わかんな~い!」
――そして数分後、見事に迷子になったルーくんの姿があった。
ルーくんは図形や立体の認識能力が高いけど、流石に初挑戦の3Dダンジョンは勝手が違ったらしい。
そもそも、この大迷路は初心者向けとしてはちょっと広大に過ぎる。
おまけに、要所要所に後ろの通路が塞がれてしまう仕掛けがあったりして、ビックリさせられることも多い。それまでしっかり覚えていた迷路の構造が、一瞬にして吹っ飛んでしまうこともままあった。
「あ、さいしょのかいだんにもどれた~! でも、またまよっちゃうかも~。どうしよう?」
自分で考える振りをしつつ、こちらに「たすけて」と視線を送ってくるルーくん。
……くそう、その視線は反則だろう。可愛すぎる。僕特効だ。
「じゃあルーくん、『マッピング』をしながら進んでみようか?」
「まっぴんぐ? なにそれ?」
「マッピング」というのは、3Dダンジョンゲーム等ではお馴染みの「自分が進んだ軌跡を記録していき、ダンジョンの地図を作成する」ことだ。
方眼紙等を使って、「一歩」を一マスに割り当て、ブロック単位で地図を作っていくのだ。
最近のゲームでは「オートマッピング」と言って、ゲーム側で自動的に地図を描いてくれたり、はたまた最初から地図が表示されていたりするので、廃れた風習だけど……。
僕は早速、棚から方眼紙と鉛筆を取り出し、ルーくんに手渡す。
ルーくんは最初、それらを不思議そうに見ていたけれども、僕が一通り説明するとすぐに理解したようだった。
「よ~し、まっぴんぐはじめちゃうよ~!」
こうして、ルーくんの大迷路攻略が再開された。
***
「え~と、ここはいっぽすすんだからこうで……ここをまがって……あ、うしろのかべがとじた!」
ゲーム画面と方眼紙とを交互に睨みながら、ルーくんは地道に大迷路踏破を目指していた。
ルーくんは時折、間違えてマッピングしたりもしたけれども、それも経験だ。僕も横から口を出すようなことはしない。
着々と大迷路の全体像が浮かび上がっていく過程を、ルーくん自身が楽しんでいるのだ。下手なアドバイスは野暮というものだろう。
ルーくんは、平仮名も片仮名も読めるけれども、まだ上手く書けない。
だから、大迷路の色々な仕掛けは、お手製のイラストで表現していた。……僕にはちょっと何が描いてあるのか分からない、味わい深いイラストだったけど。
「ねぇねぇアッくん。この『もんすたあ さぷらいずど ゆう』ってらくがきは、どういういみなの?」
「ああ、それは……本当の落書きだから、気にしないでもいいよ」
「ふ~ん?」
――ルーくんは何だか納得していない様子だったけど、嘘は言っていない。
大迷路にはいくつか落書きがあって、その殆どはプレイヤーを惑わす為のものなのだけれども、「もんすたあ さぷらいずど ゆう」はその最たるものだった。
何せこれ、本当にゲーム本編とは関係ない、スタッフのお遊びなのだ。
元ネタは「ソーサリィ」で怪物から奇襲を受けた時に表示される"Monster surprised you"というメッセージだ。
3Dダンジョンオマージュ……という訳だ。
でも、当時まだ「ソーサリィ」はファミコンで発売されていなかった。なので、僕を含む多くの子供達にとっては、本当に全く意味の分からない落書きだったのだ――。
その後もルーくんの大迷路探索は続いた。
時にマッピングを間違え、何度か修正しつつも、ルーくんは着実に迷路の全体像に辿り着きつつあった。
そして――。
「あっ!? ねぇねぇアッくん、ここゴールじゃない?」
「かもね~。とりあえず調べてみようか?」
ルーくんはいよいよ、大迷路の最深部である「隠し金庫」に辿り着いた。
この金庫は、殺人現場に落ちていた鍵が無いと開かない。鍵を取らずにここまでやって来ても、ただの徒労に終わる。……けれども、ルーくんはきちんと鍵を回収していた。
「わ~い、あたらしいしょうこひんだ! ……ねぇねぇアッくん、『しゃくようしょ』ってなぁに?」
「人からお金や物を借りました、って言う証明書だね。『そんなの借りてません』ってとぼけられないようにする為のものだよ」
「ふ~ん。ひがいしゃはいろんなひとにおかねをかしてたんだね~」
……ふむ。僕が「コーベ連続殺人事件」を初めてプレイしたのは小学生の時で、既に「サラ金」とか「借金」の意味を知っていたけど、ルーくんは流石に分からないらしい。
今教えてもいいけど……まあ、それは親であるところの姉さん達に任せるか。
――こうして、ルーくんボスは新たな証拠品「借用書」を発見し、地上への生還を果たした。
けれどもルーくんボス、実はその「借用書」は……クリアに必須な証拠品じゃないんだ!
ま、口が裂けても言えないけどね。
ルーくんにとっては「3Dダンジョンを初めて踏破したトロフィー」みたいなものだし。
達成感を台無しにしないよう、口をつぐんでおこう――。
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