「スーパーマダオブラザーズ」編

GAME 05「スーパーマダオブラザーズ(1)」

 ――買い物帰り。僕は愛車を軽快に飛ばし、自分のマンションへと向かっていた。

 僕の住むマンションは神奈川県鎌倉市の郊外にある。築年数はかなり古く、四十年近い。けれども何年か前に所謂いわゆるリノベーションが行われて、内装や間取り、耐震性等には不安はない(ということになっている)。


 高級住宅街としても知られる鎌倉市だけど、僕が買ったマンションは思いの外に手ごろな値段だった。

 その代わり、近くにスーパーやコンビニが無いような不便な場所だ。まあ、「実家から程近いから」という理由で買ったので、その辺りは仕方ないと割り切ってもいるんだけど。


 そんな辺鄙へんぴな場所に住んでいるので、車は必須アイテムだ。自転車でも良いのだけれど、雨の日が大変なのでやはり屋根があった方が良い。

 僕の愛車は、バブル期に少数だけ製造されたスポーツタイプの軽自動車だ。2シーターで車高が物凄く低い。座席に座ったままで地面に手が付きそうなくらいだ。

 しかもドアは跳ね上げ式の、いわゆる「ガルウイング」タイプ。外で乗り降りしていると、やたらと注目の的になる、何かと目立つ車でもある。


 ……まあ、荷物が殆ど積めない上に、車高が低すぎて事故った時にほぼ間違いなくお陀仏になるという最大の弱点もあるのだけれども。

 間違っても、母さんやルーくんは乗せられない。

 今後、二人を送り迎えする機会もあるかもしれない。買い替え――は嫌だから、姉さんにもお金を出してもらって、安全性の高いタイプの車でも買うか借りるかしようか?

 ――等と、考え事をしている間にマンションの駐車場に着く。助手席には、自分用の食料や日用品と、ルーくん用のおやつが満載だ。


 ルーくんと母さんが僕のマンションに来るようになって、早一週間。ルーくんは最初から馴染んでくれていたし、最初は戸惑っていた母さんも今や我が家のようにくつろいでくれている。

 「ファムコンの授業」の方は、「ドンキーゴリラ」シリーズに加えて「マダオブラザーズ」みたいな協力プレイのあるタイトルにも手を出している。ルーくんも操作に慣れて来たし、そろそろ次のフェーズに進めようか。


 ――なんて事を考えながら玄関を開けたら、


「アッくん、おっかえり~!」


なんと、ルーくん(世界一可愛い)が出迎えてくれた。はて? ルーくんの幼稚園が終わるのは、もっと後の時間のはずだけど……?


「あ、おかえり。今日はね、幼稚園が早く終わったのよ。留守だったから合鍵で勝手に入らせてもらったわよ~」

「……そういうつもりで合鍵を渡してはあるけど、一応メールくらい入れてね?」


 ルーくんの後ろからのっそりと現れた母さんに、思わず苦笑いする。

 「念の為」と合鍵を渡してあったけど、まさか事前連絡なしに勝手に上がり込むとは……流石は母さん。僕と姉さんの母親だけのことはある。


「あっ! 『キノコちゃん』だ!」

「うん、ルーくんが好きだって言うから買ってきたよ」


 ルーくんが買い物袋の中のお菓子「キノコちゃん」を目ざとく見つける。

 「キノコちゃん」は、ビスケットとチョコをキノコの形に仕上げた、国民的なお菓子だ。同じ会社が出している「タケノコくん」と常に鎬を削っていて、双方の派閥争いなんてものもある。

 ――ふむ。キノコ、か。なら、今日からは「あのゲーム」にチャレンジしてみるか。


「ねぇねぇ、アッくん! きょうはなんのファムコンをやるの?」

「うん、丁度そのことを考えてたんだ。今日からは新しいゲームをやるよ? ――世界一有名なファムコンゲームを、ね」


   ***


「ジャ~ン! 『スーパーマダオブラザーズ』!」


 某・国民的に有名な猫型ロボットの真似をしながら、ルーくんにゲームのパッケージを突き付ける。

 ――が、ルーくんは不思議そうに首を傾げていて、反応が薄い。

 あ、そうか。あのロボットの声優さんが変わったのは、ルーくんが生まれる遥か前だった。そりゃ分からなくて当たり前だ……。


「……コホン。ルーくん、これは前に遊んだ『マダオブラザーズ』の続編なんだ」

「あ、ホントだ! マダオだ!」


 パッケージのイラストの中央には、お馴染みの髭面のキャラクター「マダオ」が、何故かキノコを持って元気いっぱいにジャンプしていた。

 背後には、色々な姿をした亀やキノコのキャラクター。そして甲羅にトゲを生やした大きな亀の怪物とそれに捕まっている金髪のお姫様がいる。お姫様はマダオに助けを求めるように手を伸ばしているけれども、当のマダオは何だか楽しそうにジャンプしているので、ちょっとシュールな絵面にも見える。


「このカメさんたちがわるものなの?」

「そう。このお姫様を捕まえているトゲトゲの亀――『大魔王カルビ』って言うんだけど、こいつとその手下の亀族に攫われたアップル姫と部下のキノコ達を助ける為に、マダオさんを操って戦うゲームなんだ」

「ふ~ん? マダオさん、おしごとは……?」

「あ~……マダオさんはこのゲームからはヒーローに転職したんだ、多分」


 ルーくんの言っている「お仕事」というのは、マダオ本来の職業である「配管工」のことだ。

 前作の「マダオブラザーズ」では、弟のクイージと共に配管掃除(という名のモンスター退治)に勤しんでいたので、「そっちのお仕事はしなくていいの?」とルーくんは思ったのだろう。

 ……案外、子供ってちゃんと設定を覚えてるものなんだな。


「まあ、とにかく早速プレイしてみよう!」

「おー!」


 ――やや強引に、そういうことにした。


   ***


 「スーパーマダオブラザーズ」は、ファムコン本体の発売から二年後の一九八五年に発売されたタイトルだ。

 二年の間にファムコンソフトも進化している。初期のタイトルの殆どは画面が固定の「固定画面」ゲームが多かったけれども、段々とキャラの動きに合わせて縦や横に背景が動く、俗に「縦スクロール」「横スクロール」と呼ばれるゲームも増えていた。

 このゲームはその中の、「横スクロール」に属するアクションだ。


 ルーくんにはまだ、「固定画面」のゲームしかプレイさせていない。

 スマホのゲームなんかで「スクロール」という概念自体は知っているだろうけど、さて、ファムコンではどんな反応をしてくるかな?


 ――そんな、いたずら心にも似た思いを抱きながら、僕はファムコンの電源を入れた。

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