GAME 22「コーベ連続殺人事件(4)」

 新たな証拠を得て一気に進展するかと思われた「ルーくんボス」の捜査。

 だが、容疑者の失踪や不審死が相次ぎ、事件は混迷を増しつつあった。果たして真犯人は誰なのか――?


「う~ん、ひとがおおすぎてよくわからなくなってきた~!」


 ――と、事件が盛り上がったところで、遂にルーくんが消化不良を起こし始めた。

 「コーベ連続殺人事件」の物語は決してボリュームのある方ではない。けれども、幼稚園児の知らない言葉も沢山出てくるし、ルーくんにとっては少々情報過多だったようだ。


 まあ、そもそも「サラ金」とか「麻薬」とか「ストリッパー」とか普通に出てくるから、今の時代だと年齢制限がかかる内容かもしれないしな……。


「ルーくん、そういう時は自分で『捜査メモ』を取っておくと良いよ」

「そうさめも?」

「うん。ゲームの内容をね、全部自分の頭で覚えておくのは大変だから、ノートとかにメモを残しておくんだよ。『どこで、何を、どうした』とか『誰が、どこで、何をした』とか。後は……登場人物の関係を相関図にしておくと便利かもね」

「そうかんず?」

「ええと……、ほら、ルーくんも読んでる『月下の刃』でもあったじゃない。キャラの名前と顔の一覧があって、誰と誰が仲良くて、誰と誰が戦っているか、矢印で書いてあるやつ」

「あ~」


 「月下の刃」というのは、仇討ちを題材にした人気少年漫画だ。アニメも大ヒットになって、姉さん夫婦もハマって、そこからルーくんもハマっていた。

 その単行本の中に、いわゆる「人物相関図」があったので、それを引き合いに出してみたのだ。そのお陰か、ルーくんも「相関図」の意味を理解出来たようだった。

 ありがとう「月下の刃」。僕はあまり読んでないけど――。


 僕は結構アナログ人間なので、ゲームの攻略をする時に紙のノートにメモる習慣が未だにある。だから、白紙のノートの在庫は大量にあった。その内の一冊を、ルーくんと共同の「ゲーム用ノート」にした。


 ――そこからは共同作業で、ルーくんと一緒に「捜査メモ」を作り上げていった。

 ルーくんはまだ字を書くのが不得手なので、文字は僕が担当、絵はルーくんが担当した。

 登場人物のまとめ、それぞれのアリバイ、どんな情報を引き出せるのか……。

 どの証拠品がどこにあったか。どういう順番で進めればよいのか。……もちろん、ルーくんが苦労して描き上げた大迷路のマップもノートに貼り付けておく。


 こうして一覧にまとめていくと大した情報量には見えない。

 けれども、実際にはそれぞれの情報は断片化されて、ゲーム内でバラバラに手に入るのだ。体感的な情報量は、倍近くに感じるはずだ。


「できたー!」

「そうだね、こんなもの……かな?」


 そうして僕とルーくん合作の「コーベ連続殺人事件・捜査メモ」が完成した。

 相関図の方はルーくんに任せたのでかなりカオスになっているけど、メモ全体としては中々の出来だ。


「ふ~ん……なるほどぉ。ねぇねぇアッくん、つぎはこのひとにききこみすればいいんじゃない?」

「そうだね、じゃあ早速ゲームを再開しようか」


 一度紙の上にアウトプットしたことでルーくんも全体像を把握出来るようになったのか、次にやるべきことを見事に見出していた。

 いざ、捜査再開――と思った、その時。


「アキラ~、ルーくん~、おやつが出来たわよ~!」


 ドア越しに母さんの呼ぶ声が聞こえた。

 「おやつ」と言っていたけれども――なるほど、確かに何やらいい匂いが漂ってきている。


「アッくんアッくん! バァバのクッキーができたみたいだよ! たべにいこうよ!」

「ああ、キッチンで何やら作ってたのはクッキーだったのか……」


 「自由に使っていい」とは言ってあるけど、家主に一言も無しにクッキーを焼き始めるとは……流石は我が母。


「じゃあ、そうさはちゅうだ~ん! ルーくんはボスをおやすみしてクッキーたべる~!」


 ファムコンのコントローラーを放り出して、ルーくんがリビングへと駆けていく。

 「コーベ連続殺人事件」のようなアドベンチャーゲームは、基本的にプレイヤーが操作しなければ画面が進行しない。だから一時停止ポーズをかける必要すらなく、画面は止まったままだ。


 ――しかもBGM。SEと冒頭のサイレンの音を除けば、ほぼ無音の状態だ。

 画面の中では、タツがボスの指示を待って静かに佇んでいる。無音の街並みの中に立つその姿は、どこかシュールな絵画のようでもあった。

 無言のタツがこちらに何かを訴えかけようとしている……等と感じてしまうのは、少々妄想が過ぎるだろうか?


 でも、もし画面の向こうのタツに感情があるのなら、きっとこのゲームに夢中になるルーくんの姿を喜んでくれているのではないか、と思う。

 何せこのゲームは、ある意味なのだ。


『犯人は●●』


 こういう言い回しをインターネット上で見たことはないだろうか?

 実はこの言葉、元ネタは何を隠そう「コーベ殺人事件」なのだ。ここではあえて隠しているけれども、「●●」にはとあるキャラクターの名前が入る。つまりネタバレ――「犯人バレ」だ。


 この「犯人は●●」という言葉は、インターネットを見ていると高確率で出会ってしまう。つまり、若い世代の多くは元ネタである「コーベ連続殺人事件」をプレイする前に、この言葉と出会っている可能性が高いのだ。


 だから、ルーくんが何も知らない状態で「コーベ連続殺人事件」をプレイ出来たのは、とても幸いなことだった。

 ネタバレしてからプレイするのと、ネタバレされずに一から始めるのとでは、見える世界が全く違う。


 「ネタバレされてからの方が、伏線にも気付きやすいし楽しめる」と言う人もいる。僕もその考え方自体は、理解出来なくもない。

 ――けれども、ネタバレされてからでは、今回のルーくんのように、情報ゼロの状態から一つずつ一つずつ、丁寧に断片を繋ぎ合わせて全体像に迫る、という楽しみ方は決して出来ない。

 一度ネタバレされたら忘れることは不可能だ。ネタバレというものは、不可逆なのだ。


 ルーくんにファムコンを遊んでもらう時に、必要最低限の説明しかしないのも同じ理由からだった。

 出来ればルーくんには、「未知のものに触れ、解釈していくことの楽しみ」を覚えて欲しいのだ。


 もしかすると、これは僕のエゴかもしれない。

 今の子供達にはやるべきことが多過ぎて、僕らの子供時代よりも自由な時間が少ないのだ。だから、「時間をかけて一つの物を解きほぐしていく」という行為は、ルーくんの貴重な時間を奪うことになっている可能性もある。

 でも、姉さんがわざわざ「ファムコンレベルからテレビゲームを教えてあげて」と僕に言ったことには、きっと理由があるはずで――僕はそれが、僕の考えていることと同じだと思っている。


 だから、明日もルーくんとファムコンを遊ぼう。

 ルーくんが純粋な子供でいられる時間は……僕と無邪気に遊んでいられる時間は、恐らく今の間くらいのものだろうから――。



   *次回予告*


 「コーベ連続殺人事件」も無事クリアしたし、次はファムコン初のロールプレイングゲーム「クエドラ」かな?

 ……いやいや、待て待て。ロールプレイングゲームとしてもファンタジーとしても、「クエドラ」より先輩なゲームがあったじゃないか!


 次回、「ドゥルガーの塔」をお楽しみに!


(注:この次回予告には一部嘘が含まれています)

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