GAME 15「解体工兄弟(2)」

「あ~! まちがえた~!!」


 ゲーム部屋にルーくんの悲痛な叫び声が響いた。

 既にアクションゲームに慣れ親しんでるだけあって、ルーくんは一面と二面は難なくクリア。けれども次の三面で、早速「詰んで」しまっていた。


「ねぇねぇアッくん、これ、うえにもどれないの?」

「無理。ハシゴで繋がってない階には上がれないんだ」

「うわぁ……」


 三面は最上階から始まり、その階の壁を全部壊したら次の階へと下りていく……という作業を繰り返す構成だ。けれども各階はハシゴで繋がってはおらず、マダオは飛び降りて次の階へ行く必要がある。

 飛び降りるポイントは、各階に概ね二つずつあるのだけれども……片方が正解で、片方がフェイクになっている。

 フェイクの方からうっかり下りてしまうと、まだ壁が残っている階をすっ飛ばして、更に下の階まで落ちてしまうという具合だ。

 ルーくんは見事、そのパターンにはまってしまった。


「先の先までちゃんと考えないと、すぐにクリア出来なくなっちゃうからね、このゲーム。さっき教えた通り、最初に遊ぶステージは、まず全体を見渡してから進めてごらん」

「わかった~!」


 「解体工兄弟」では、場当たり的に進めてもある程度クリア出来るステージと、そうでないステージの差が結構ある。

 なので、初見のステージをプレイする場合には、まずその面の全体像を把握する必要があった。

 その為、このゲームには一時停止ポーズ中に十字ボタンの上下で、画面をスクロールさせられる機能がある。やみくもに動く前に、一度頭の中でシミュレーションして、それから動いた方が楽なのだ――。


「え~と、ここをこうおりて、ここをこわしてからこっちにすすんで……。よ~し、つぎはまけないよ~!」


 一時停止をかけて、ひとしきり三面の構成を確認すると、ルーくんは気合を入れ直してゲームを再開した。

 じっくり時間をかけて考えていただけあって、今度はルートを間違えることもなく、ルーくんは順調に壁を壊し、次の階へ次の階へと歩を進めていく。

 けれども――。


「つぎはここをこわして……あっ、しまった! がきちゃう!?」


 軽快なBGMに混じって「ゴォォォ」といった感じの音が響いたその瞬間、ルーくんに緊張が走った。

 この音は……「火の玉」の前触れだ!


 「火の玉」――正式名称「ファイアボール」は、いわゆる「お邪魔キャラ」の一つだ。

 一定時間ごとにマダオがその時にいる階に出現し、画面を横切っていく。触れれば当然やられてしまう。

 「ファイアボール」を避けるには、その階から他の階へ移動しなければならない。けれども、ルーくんが今プレイしている三面は、他の階へ行くと後戻り出来ない構成だ。

 そして、ルーくんのマダオがいる階には、まだ壊してない壁があり――。


「わわっ!? にげなきゃ! あ、でもまだこわしてないカベがあるし……あっ!?」


 逃げるべきか壁を壊すべきか。ルーくんが逡巡しゅんじゅんしている間にも「ファイアボール」はマダオに迫り……哀れマダオは、「ファイアボール」にやられてしまった。


「やられちゃった……」

「うん。今のはファイアボールを避けてたらクリア出来なくなってたから、仕方ないね。ファイアボールが出てくるタイミングは決まってるから、避けやすい階にあえて留まってやり過ごすのも手だよ?」

「……ああ、なるほどね! ルーくん、りかいした!」


 力強く頷くルーくん。

 しかし、本当に理解出来ていたわけではなかったのか、結局ルーくんは更に二回ほどミスしてから、ようやく三面をクリアしたのだった。


   ***


 その後もルーくんの悪戦苦闘は続いた。

 「解体工兄弟」の難度は、大人になった僕の目から見ても中々のものだ。まだ幼稚園児のルーくんには、いささか難しすぎたかもしれない。

 けれどもルーくんはめげない。初めてファムコンを――「ドンキ-ゴリラ」をプレイした時のように、挫けずに繰り返し「解体工事」に挑んでいった。

 ……流石にゲームオーバーになった時には、ステージセレクトで最後にプレイした階から始めたけど。


 ――そのルーくんの頑張りが呼び寄せた必然か、はたまた神のいたずらか。ルーくんは遂に、「解体工兄弟」に隠された深淵に辿り着いた!


「わっ!? アッくん、なにかでてきたよ!?」


 ルーくんがあるステージでダイナマイトを爆発させた時だった。

 何やら豪勢な効果音と共に、ダイナマイトの台座からが出現したのだ。


「っ!? ルーくん、それをハンマーで叩くんだ!」

「え? これを?」


 僕の言葉をいぶかしがりつつも、ルーくんが黄金色のハンマーを叩く。

 すると――。


「わっ!? おんがくがかわった!!」


 途端、BGMがほのぼのしたそれから、残響効果リバーブの効いたアップテンポのものに変わった。

 なんだか「ゴージャス」な感じのBGMに。


「ルーくん、それは『ゴールデンハンマー』だよ!」

「ごーるでんはんまー!?」


 ――そう。ルーくんが偶然出現させた黄金色のハンマーは、ボーナスアイテムの一つ「ゴールデンハンマー」だった。

 これを叩くと、マダオのハンマーが黄金色に点滅し出し、どんな壁でも一撃で破壊出来るようになるのだ!

 他にもマダオの動きが速くなったり、上手くタイミングを合わせて振ればモンスターを気絶させられたりと、格段にパワーアップする。


「わっ!? すごい! カベをいっかいでこわせるよ!」


 BGMに乗せられたように、ルーくんのテンションもうなぎ登りだ。

 「ゴールデンハンマー」を駆使して、軽快に迷いなく、次々に壁を破壊していく。


「すごい! アッくん、すごいよこの『ごーるんでんはんまー』!」

「ふっふっふっ。ルーくん、ゴールデンハンマーが凄いのはそれだけじゃないよ? ちょっとコントローラーを貸してね」


 ルーくんからコントローラーを受け取ると、僕はAボタンを連打しながらマダオを床の切れ目まで移動させた。

 当然、マダオは床の切れ目から階下へ落下するはずなのだが――。


「ああっ!? !!」


 落下するどころか、マダオは空中を滑るように進んでみせた。「ゴールデンハンマー」を使った裏技の一つ、「空中歩行」だ。

 この技を使うと、本来は進めないはずの場所へ移動出来たりする。ゲームバランスを崩しかねない文字通りの裏技だった。


「よ~し、『ごーるでんはんまー』さんで、ぜんめんクリアしちゃうよ~!」


 ――人間、強力な得物を持つと気が大きくなる。それは可愛い可愛い我が甥も同じようだった。

 このままだと調子になりそうなので、「『ゴールデンハンマー』はマダオが一度やられると無くなってしまう」ということは、黙っておくことにした。


 その後、僕の予想通り調子に乗ったルーくんは、ほんの少しの油断からミスをして、「ゴールデンハンマー」を失うのだった。

 慢心、ダメ、絶対!

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