GAME 03「ドンキーゴリラ(2)」

「わっ!? わわわっ! わ~!! ああ、やられちゃった~」


 ルーくんの「ドンキーゴリラ」初プレイは、すぐに終わってしまった。

 十字ボタンでの移動やAボタンでのジャンプを試している間にゴリラが樽を落としてきたのだけれども、ルーくんはそれに気付かなかった。樽が寸前まで迫った時にようやく気付いてパニックになり――哀れマダオは樽に接触して死んだ。

 でも――。


「あ、あれ? またはじまったよ?」

「マダオさんは、何回かやられても復活できるんだよ。画面の上の数字、分かるかな? あの回数だけ、やられてもまたやり直せるんだ」


 「ドンキーゴリラ」は、いわゆる「残機制」だ。一回やられると「残機」が減り、プレイしていたステージの最初からやり直しになる。

 「残機」が0になった状態でマダオがやられると、ゲームオーバーになる。


「あと二回は失敗できるよ。練習だと思って、好きに動かしてみな?」

「うん!」


 元気よく返事をするルーくん。

 ――けれども結果は芳しくなく、二回ともあっという間にやられてしまった。


「う~、むずかしい! マダオさん、おもいどおりにうごいてくれない! ねえ、アッくん。これもういっかいできないの?」


 「GAME OVER」と表示された画面を前に、意外にもルーくんは悔しさとやる気に満ち溢れた視線を向けて来た。

 全くのゲーム初心者にファムコンをやらせると、大概の場合はその操作性の悪さや難度の高さに、一回で飽きてしまうものだけど……我が甥っ子は違うらしい。


「タイトル画面に戻ったら、このスタートボタンを押してみて? それでまた最初から始められるから」

「うん、わかった!」


 元気よく答えるルーくん(可愛い)は、コントローラーを握りしめてリベンジマッチに挑み始めた。

 最初の頃こそ、初見プレイと同じく一段も上がれずにやられてしまったけれども、二回、三回とゲームオーバーを重ねる度に、少しずつ前へ上へと進み始めた。

 やはり子供は吸収が速い。僕なんて、アラフォーになってから覚える速度の三倍くらいで物事を忘れているのに……。


「えい! はんまーだ! この! この! ――あっ!? やられた!」


 ハンマーの使い方を覚えたルーくんは、たちまち樽を叩き潰すことに快感を覚えたようだけど……ハンマーの効果時間が終わると同時に樽と接触し、マダオを殺してしまっていた。

 一度はやるんだよね、あれ。樽をハンマーで叩こうとした瞬間に効果時間が切れて、やられちゃうの。


「むー、くやしい! もういっかい!」


 けれどもルーくんは挫けない。ゲームオーバーになってもめげずに、何度でもチャレンジした。

 そして――。


「もうすこし、もうすこし……やったー!」


 実に十回以上のゲームオーバーを経て、ようやくルーくんはステージ最上部へと辿り着いた。


「おお、おめでとうルーくん! 初心者なのに上手いもんだ」

「えっへん! すごいでしょ?」


 褒めるとすぐ調子に乗るのは、姉さんの遺伝だろうか。

 まあ、最高にムカつくあっちと違って、ルーくんは最強に可愛いんだけど。

 でも――。


「あ、ルーくん。一面クリアしたから、次の面が始まるよ?」

「えっ?」


 そう。クリアの喜びに沸き立つルーくんには悪いけど、彼がクリアしたのはまだ一面、「ステージ1」なのだ。

 次にはガラリと趣を変えた二面が待っている。


「えっ? えっ? なに、これ?」


 二面の画面を見てルーくんが戸惑うが、それも無理はない。二面の構成は、一面とは全く異なるのだ。

 幾つもの宙に浮いた(ように見える)足場とハシゴ。

 画面上に二つある、上下それぞれに動くエレベーター。

 右端の足場には、例の火の玉がウロウロしていて……。

 更には、ゴリラのいる辺りから定期的に「ジャッキ」の形をした敵キャラクターが飛び出し、画面上の決まったコースを跳ねまわって、やがて画面外に消えていく。


 一面で折角覚えた様々なタイミングが、二面では殆ど通用しないのだ。


「えー、これぜんぜんわかんない~! アッくん、みほんみせて~」

「そうだね。一回、見本でプレイするから、よく見ててね?」


 二面のコツは、エレベータへ飛び乗るタイミングと、「ジャッキ」の動きを見切る点にある。

 エレベーターは絶えず上下に動いているので、タイミングをミスるとマダオはそのまま落下してしまう。

 絶妙に邪魔な動きをする「ジャッキ」は、安全地帯といなくなるタイミングを見切って、素早くマダオを移動させる必要がある。


 ――とはいえ、僕はもう何十回何百回とこの「ドンキーゴリラ」をプレイしているのだ。

 久しぶりとは言え、タイミングの全ては体に染みついている!


「わっ! すご~い! アッくん、じょうず~!」

「ま、死ぬほど遊んでるからね、このゲーム」


 ルーくんに褒められて、思わず有頂天になる。

 ……ああ、褒められるとすぐ調子に乗るのは、姉さんとルーくんだけじゃなくて僕も一緒だった。


「よし、じゃあ一回リセットして僕が一面をクリアするから、二面が始まったらルーくんにコントローラー返すね?」

「うん!」


 本当なら、ゲームオーバー扱いにしてもう一度一面から始めてもらった方がルーくんの上達には良いのだけれども、時間も限られている。ここは僕が代理で一面をクリアして、二面からやり直してもらった方が良いだろう――。


   ***


「よーし、まずはえれべーたーにとびのって……えいっ!」

「あっ」


 早速とばかりに勢いよくマダオをジャンプさせたルーくん。けれどもエレベーターの足場はまだマダオの遥か下で……。


「えっ!? アッくん! マダオしんじゃったよ!?」


 着地の瞬間、マダオはクルクルと回って死んでしまった。ルーくんが不思議そうにこちらを見ている。


「そっか、ルーくんには教えてなかったね。マダオさんはね、あんまり高い所から落ちると死んじゃうんだ。普通の人間と同じだね」

「ええ~? ママがやってたマダオさんは、たかいところからおちてもへいきだったよ?」

「う~ん、きっとこの頃のマダオさんは、まだそんなに強くなかったんだね……」


 ――そう。「ドンキーゴリラ」において、マダオは「自分の身長以上の高さ」を落ちると死んでしまうのだ。

 今回の場合、マダオの身長を遥かに超えた距離にあるエレベーターに向かってジャンプしたので、着地の時点で死んでしまったわけだ。

 後の「スーパーマダオブラザーズ」での超人振りを知っていると、信じられない弱さだろう。


「この時のマダオさんはね、まだスーパーマンじゃないんだ。優しく扱ってあげようね」

「うん! 『ひとにはやさしくしなさい』って、ようちえんのせんせーも言ってた! ルーくん、マダオさんにもやさしくしてあげる!」


 ゲームのキャラクターにまで博愛精神を向ける我が甥の尊さに思わず目を細める。

 こうしてルーくんは、二面の攻略に立ち向かっていった――。


  ……結局、クリアまでに一面の倍以上の時間がかかったけど。


 さあ、いよいよ次は最後の三面だ。

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