GAME 04「ドンキーゴリラ(3)」

「さあ、ルーくん。いよいよ三面だよ。準備はいいかな?」

「おっけー!」


 無事に「ドンキーゴリラ」の二面をクリアしたルーくん。いよいよ最後の三面に挑戦だ。


 三面はまたガラリと画面の雰囲気が変わる。

 水平に並んだ五本の鉄骨、その最上階にゴリラとヒロインが待っている。

 途中には例の火の玉のお化けがウロウロしていて、マダオはいくつかの梯子を駆使して、火の玉に捕まらないように最上階にいるゴリラのもとを目指す。……のだけれども、この面には一つ大きな仕掛けがあった。


 最下段を除くそれぞれの鉄骨には、左右にそれぞれ一つずつ黄色く変色している部分がある。説明書によれば、これは「ボルト」らしい。

 「ボルト」は、その上をマダオが歩くことによって取り払われる。計八つのボルトを全て取り払うと、各階の鉄骨の中央部だけが落下して――最上階にいるゴリラも一緒に落ちてしまう、と言った寸法だ。

 ……自然に考えれば、各階のボルトは独立しているはずなので、「全部のボルトを抜くまで各階の鉄骨は落ちない」という状況は非常におかしいのだけれども、まあ、それはゲーム上の都合だろう。


「よーし、いくぞぉ!」


 二面までは、僕が先に見本のプレイをしてからルーくんにバトンタッチしていたけれども、今回はギミックの説明をしただけに済ませていた。

 ルーくんも「見本見せて」とは言わなかったし、自分で悪戦苦闘する楽しさを覚え始めたのかもしれない。


「えーと、おばけさんをよけながら、はしごをつかって、きいろいところをあるくと……あっ! きいろいところがきえたよアッくん!」

「おお、上手い上手い。その調子だよ。あ、ボルトを抜いた所は見た目通り穴になってるから、ジャンプして飛び越えてね」

「うん、わかった!」


 流石に二面までで沢山苦労したからか、ルーくんのコントローラー捌きも堂に入ってきた感がある。

 火の玉の動きをきちんと先読みしてマダオを動かし、時にハンマーでやっつけることも忘れない。

 でも――。


「わっ! おばけさんがまた出て来たよ!?」


 マダオが三階辺りに辿り着いた時、やっつけたはずの火の玉が突如として出現した。

 すっかり油断してたルーくんはたちまちパニックになり――。


「わわっ、わ~!? あ、おちちゃった……」


 火の玉から逃げる為に、ボルトを外したばかりの道を戻ってしまい、穴からマダオを落としてしまったのだ。


「ふふ、油断したねルーくん。お化けさんはね、時間が経つ毎に増えていくんだ。だから、素早くボルトを取って回らないといけない」

「もうっ! さきにいってよ~アッくん~!」


 プゥッと、可愛らしいフグみたいに頬を膨らませて悔しがるルーくん。

 実はこの顔が見たかったのだ……と言ったら、流石にドン引きされるだろうか?


「ふふ、油断大敵だよ? でも、悔しい分『次こそはクリアしてやる~!』ってなるでしょ? それがゲームの楽しい所さ」

「むっき~! つぎこそは~!」


 悔しがりつつも、ルーくんの表情はとても楽しそうだった――。


   ***


「よ~し、あとひとつ! このきいろのうえをあるけば……」


 そうして、マダオの「残機」が残りゼロになった、最後のチャンス。残すボルトはあと一つとなり――。


「……やったー!」


 無事に最後のボルトを回収すると、ゴリラの足元の床が途中の階層含めて全部抜け落ち……ゴリラが真っ逆さまに落下していった。

 そしてマダオは、さらわれたヒロインの所へと辿り着き、めでたしめでたし。

 ――なのだが。


「あれ? アッくん! またいちめんからはじまったよ?」


 ――そう。喜びも束の間、画面は再び一面へと戻ってしまった。

 ついさっき取り戻したはずのヒロインも、倒したはずのゴリラも、また画面の上の方に行ってしまっている。


「うん。昔のゲームはね、最後までクリアすると、一面に戻されることが多かったんだ。でも、単に戻されるんじゃなくて……実はちょっと難しくなってる」

「むずかしくなってる?」


 ポーズをかけつつ説明すると、ルーくんは可愛らしく首を傾げた。


「例えば転がってくる樽の速度が上がってたり、単純に数が増えてたり……色々だね。これが三周目四周目ともなると、またどんどんと難しくなっていく。昔のゲームにはね、こうやって何周目まで行けるかを友達と競う楽しみもあったんだよ?」


 昔のゲームは、常にメモリ容量との戦いだった。

 何せ、最初期のファムコンソフトの容量は192キロビット。バイト換算すると24キロバイトだ。画像ファイルに例えると、ちょっと大きめのアイコン画像くらいの容量しかない。

 その僅かな容量の中に、画像も音楽もプログラムも、全てを収めなければならなかった。


 だから昔のゲームには、最終ステージをクリアすると一面に戻されて、難度だけが少し上がっていく……というものが多かったのだ。

 エンディングやスタッフロールがあるゲームの方が少なかったくらいだ。


「ふ~ん。アッくんはなんしゅうめまでいったことあるの?」

「僕もそれほど上手って訳じゃないからね、確か……五周目くらいは行ったかな?」

「ふ~ん。おわりのないたたかいなんだね……」


 急に難しい(?)言葉を使いだしたルーくんに、思わず苦笑する。

 延々と同じステージが繰り返されるシステムは、流石に今の子供には退屈かもしれない。となると――。


「ふっふっふっ、そんなルーくんに朗報だ。実は、この『ドンキーゴリラ』には続編――続きがあるんだ!」

「ええっ!? つづきがあるの?」

「そう、その名も『ドンキーゴリラ・ジュニア』だ!」


 驚くルーくんに、密かに準備していたパッケージを突き付ける。

 ――「ドンキーゴリラ・ジュニア」は、ファムコンでは「ドンキーゴリラ」とに発売された「続編」だ。

 続編なのに同日発売というと首を傾げられるかもしれないけれども、二つともアーケードからの移植で、ファムコン本体と同時発売だったので、こういうことになってしまっている。


「あ、ゴリラさんがふたりにふえてる! マダオは……これ、マダオがにげてるの? なんで?」


 不思議そうに呟くルーくんの言葉通り、パッケージには二匹のゴリラとマダオ、そして謎の鳥が描かれている。

 ゴリラの片方は小さく、これが「ジュニア」という訳だ。

 そして、「ドンキーゴリラ」のパッケージではゴリラを追いかけていたマダオが、今度は二匹のゴリラから逃げている。


「ふっふっふっ、ゲームを始めてみれば分かるよ?」


 言いながら、カセットを差し替える。運よく「ジュニア」も一発で起動できた。

 「ドンキーゴリラ」とはまた違う陽気なBGMの流れるタイトル画面が表示されたが、スタートボタンを押すと、あのお馴染みの不穏なSEが再生され、画面が切り替わり――。


「あれ? あれれ? ねえ、アッくん。おっきいゴリラさんがおりにいれられてるよ?」


 ――そう。画面の左上には、前作では悪役だったドンキーゴリラが檻に入れられていた。

 その前には、見張りをするようにムチを持ったマダオの姿が!

 そして、プレイヤーが操る自キャラはと言えば……。


「あれ? これ、もしかしてちいさいゴリラさんをうごかすの? なんで?」

「うん。小さいゴリラさんはね、『ドンキーゴリラ』さんの子供のジュニアくんで、お父さんを助けに来たんだよ」

「ええっ!? ゴリラさんわるいことをしたからつかまったのに、それをたすけなきゃいけないの?」

「うん。悪いことをしたと言っても、ジュニアくんにとってはお父さんだからね。それにほら、マダオさんも鞭なんか持って、ちょっと悪役っぽくなってるし。ゴリラさんがちょっと可哀想に見えない?」


 この通り、「ドンキーゴリラ・ジュニア」は「ドンキーゴリラ」の続編だけれども、主人公と敵役が逆転しているのが特徴だ。

 前作では勇敢にヒロインを取り戻したマダオが、今度はあからさまな悪役としてプレイヤーの前に立ちはだかる。

 ……マダオも下積み時代は悪役をやってたんだな。


「……ねえ、アッくん」

「なんだい、ルーくん?」

「せいぎとあくは、ひょうりいったいなんだね……」

「ルーくん、そんな言葉どこで覚えたの?」


 どうやら、「ドンキーゴリラ・ジュニア」における善悪逆転劇は、ナイーブはルーくんの心に、何らかの気付きを与えてしまったらしい。

 むう、流石はレトロゲーム。幼児の情操教育にも役立つものだったか……!


 ――その日は「ドンキーゴリラ」に時間を費やしすぎたこともあり、結局「ジュニア」をプレイする時間は無くなってしまった。

 帰り際「あしたにはきもちをきりかえてマダオをやっつけるね!」と宣言したルーくんの姿が、何だか印象的だった……。もちろん、可愛すぎるという意味で。



   *次回予告*


 アッくんが次に選んだのは、配管工に嫌気がさした双子の兄弟が、お姫様を怪獣から助けてヒトヤマ当てようと大冒険を繰り広げるタイトルだ!


 次回、「スーパーマダオブラザーズ」を、こうご期待!


(注:この次回予告には一部嘘が含まれています)

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