ルーくんはゲームが好き
澤田慎梧
GAME 01「ルーくん、ファムコンと出会う」
「気楽な独り暮らし」なんて言えるのも若い内まで。アラフォーともなると一人でいることが寂しすぎて、人恋しい気持ちで悶々とした夜を過ごす羽目になる。
そんな気持ちも手伝ってか、「とある来客」を待つ僕の心は、そわそわというかざわざわというか、とにかく落ち着いていなかった。
時計を見ると、もうすぐ午後の三時。ぼちぼち約束時間のはずだけど。
――ピンポーン。
ちょうどそこに、インターフォンの音が鳴り響いた。待ち人来たれりだ!
「はいは~い! 今出ますよ~」
念の為、インターフォンの画面で来客の姿を確認してから、玄関へと向かう。
そしてドアを開けると――。
「アッくん、たっだいま~! ルーくんがかえってきたよ~!」
我が最愛の甥っ子、トオルことルーくん五歳(世界一可愛い)が勢いよく飛び込んで来た。
次いで――。
「お邪魔するよ。言われた通り手ぶらで来ちゃったけど、本当に大丈夫かい?」
母さんが恐る恐ると言った様子で入ってくる。
僕のマンションには滅多に足を運ばないので、まだ慣れていないのだろう。
「うん。昨日の内に姉さんにメールして、ルーくんが普段食べてるおやつとか教えてもらったから。午前中の間に買いに行っといたんだ――って、ルーくん~、一人でずんずん進まないよ~」
僕が母さんと話している間に、好奇心旺盛なルーくんは、僕の部屋を「探検」すべくリビングの方へトタトタと駆けて行ってしまった。
危ないものは置いてないし、一部の部屋には鍵もかけてあるから大丈夫だろうけど、五歳児の行動は全く先が読めないもの。一人にするべきではないのだ――。
母さんからヘルプコールが届いたのは、つい先日のことだった。
しばらく前から、母さんは忙しい姉夫婦の為に、いわゆる「ババ保育」を買って出ていた。良かれと思ってやったことだけれども、その親心がいけなかった。
母さんに手伝ってもらえると知った姉夫婦は調子に乗り、ルーくんの世話を丸投げしたのだそうだ。
最初の内は孫可愛さに安請け合いしていた母さんだったが、七十を目前にして五歳男児の相手をするのはかなり大変だ。数日で
――そこで、時間の融通が利く僕に助けを求めてきたのだ。
幼稚園から帰った後の、三時頃から夕食時までの数時間だけでいいので、ルーくんの面倒を見るのを手伝ってほしい、と。
僕も甥っ子は可愛いし、母さんの手伝いをするのはやぶさかではない。なので、その頼みを快諾した。
……けれども、やはり母さんをここまで追い込んだ姉さんには不満があった。
だから、ルーくんのおやつや、何で遊ばせればいいのかなんてことを聞き出すついでに、ちょっと苦言でも呈してやろうと電話したんだけど……姉さんは「立ってるものは親でも使え」な尊大な性格なので、反省は全くしてくれなかった。
そればかりか、僕にこんな注文を付けてきたのだ。
『あんたさ、ゲーム大好きっ子じゃん? トオルにはね、お勉強やスポーツは一通り仕込んであるんだけど、よく考えたらインドアの娯楽は知育玩具以外ほとんどやらせてないのよ。
だからさ、あの子にテレビゲーム教えてあげてくれない? 出来れば「ファムコン」レベルから』
「ファムコン」というのは、老舗の玩具メーカー「南天堂」が一九七〇年代に発売した、テレビゲーム機の一つだ。
正式名称は「FAM-COM」。「家庭用コンピューター」を意味する造語らしい。
カートリッジ式のテレビゲーム機の中で最も売れた、世界的にも有名なマシンだ。
なんで今更、自分の息子にそんなレトロゲームを覚えさせたいのか……。姉さんの考えていることはいつも分からない。
けれども、それを僕に頼んだ理由なら、よく分かる――。
「ルーくんルーくん。じゃあ、こっちの部屋へ来てくれるかな?」
「は~い!」
僕の部屋は4LDKと、マンションとしてはかなり部屋数が多い。廊下側に二部屋。リビングと接して更に二部屋。一人暮らしには広すぎる間取りだ。
もちろん、広い部屋を選んだのには理由がある。僕はその内の一つ、リビングと接する片方の部屋のドアを開けて、ルーくんを中へと誘った。
「わぁ~!」
部屋の中の様子に、ルーくんが驚きの声を上げる。
その部屋は、僕自慢の「レトロゲーム部屋」だった。
ずらりと並んだ棚の中には、ゲームソフトの箱がこれでもかと詰め込んである。ちゃんと数えた事は無いけれども、多分千本近くあるはずだ。
部屋の中央には、ゲーム機本体を置く為のちゃぶ台が。その奥には、26v型のちょっと古い液晶テレビが鎮座している。
テレビ台のラックの中には、ファムコンをはじめとした古いゲーム機をきっちりと並べてあった。
4Kテレビもサウンドシステムもない、レトロゲームをプレイする為だけに整えた部屋だ。
「すっご~い! おみせやさんみたい!」
「ふふーん! 下手なお店よりも品ぞろえはいいぞ?」
ルーくんは、この部屋を見てどう感じるのか――そこの所が、ちょっとだけ不安だったけど、おおむね好評らしい。
ドン引きされてたら、ちょっと立ち直れなかったかも……。
「ねえねえ! どれがファムコンなの?」
「これだよ。この微妙にカラフルな奴」
言いながらファムコンを引っ張り出す。
えんじ色と白を基調とした、後発のゲーム機を見渡しても特異な配色。
二つのコントローラーはケーブルで本体に直接接続されていて、取り外しは出来ない。
本体の上面にはカセットの差込口とそのカバー、イジェクトレバー、電源スイッチ、そしてリセットボタンが配置されている。
前面には、ジョイスティックや光線銃タイプのコントローラーを接続する端子が、一つだけ付いている。
全世界で六千万台以上を売り上げた……テレビゲーム機の神様だ。
後年、一部仕様と配色を変えた「NEWファムコン」も発売されたけど、僕は断然初代派だった。
「これがファムコン……? ふぅん」
心底不思議なものを見るような目で、ファムコンを眺めるルーくん。
そうだよね。今の子供達の目から見ると、結構奇抜なデザインだよね。白い部分なんて経年劣化で黄ばんでるし……等と思っていたが――。
「ねえアッくん。これ……どこががめんなの? どこをタッチするの?」
どうやらそれ以前の問題だったらしい。
ですよねぇ。テレビゲームを知らない最近の子供にとってみれば、ゲーム=スマホみたいなタッチスクリーン一体型って認識ですよねぇ……。
「ええとね、ルーくん。ファムコンはね、この『コントローラー』で操作するんだ。基本は左側に付いてる十字のボタンでキャラクターの移動、右側についてるAボタンとBボタンで、敵を攻撃したり、キャラクターをジャンプさせたり……まあ、色々。画面はね、あのおテレビに絵が映るんだよ」
「コントローラー? おテレビにうつる?」
「うん、まあ……口で言うより実際にやってみた方が早いよね。今繋げるから、ちょっと待っててね」
首を傾げるルーくんをよそに、僕はファムコンをテレビに繋ぎ始めた。
初代ファムコンは、「RFスイッチ」と呼ばれる機械を介してテレビのアンテナ端子に繋げる。ビデオ入力端子が一般的じゃなかった頃の名残だ。
ただし、この接続方法だとテレビ側にアナログチューナーが搭載されていないといけない。この部屋のテレビが少し古い型なのは、アナログチューナー搭載機を選んでいるからだった。
ACアダプタは昔のものだけあって、バカでかくてやたらと重い。
互換製品ならもっと軽くて小さいものもあるんだろうけど、僕は純正品に拘って使っていた。
後継機の「スーパーファムコン」とも共通して使えたので、実は本体より長くお世話になってるものだったりもする。
さて、接続は終わったけど、まずはなんのゲームを遊ぼうか?
やっぱりここは王道の「スーパーマダオブラザーズ」だろうか?
――いや。
やはりここはルーくんを立派なレトロゲーマーに育てるべく、最初期のゲームから触れさせるべきだろう。
そう考えた僕は、棚から一本のゲームソフトを取り出した。
ファムコン初期ラインナップの一つ、「ドンキーゴリラ」を――。
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