GAME 10「いけいけ洞窟探検家!(2)」

「あっ! !?」


 ゲーム開始から僅か数秒にして、ルーくんが悲痛な叫びを上げた。


 ――あっという間の出来事だった。

 ゲームスタート直後、ルーくんはエレベーターを降下させて、最初の坑道の前に横付けた。そしてそこから勢いよく主人公をジャンプさせたのだが……着地の瞬間、残念な感じのSEが鳴り響き、主人公が死んでしまったのだ!


「ほ、ほぇぇぇぇ!? なんで~?」


 ルーくんは目の前で何が起こったのか理解出来ず、呆然としていた。画面上では既にゲームがリスタートしていたが、放置状態だ。


「アッくん! たんけんかさん、なんでしんじゃったの?」

「あ~、あれはね。

「ええ~? ぜんぜんたかくなかったよ~?」


 納得いかないと言いたげに首を傾げるルーくん(それもまた可愛い)。

 確かに、ルーくん操る主人公が飛び降りた高さは、精々キャラクター自身の背丈よりちょっと低い程度のそれだった。納得いかないのもよく分かる。

 例えば、「ドンキーゴリラ」では「キャラクターの背丈より高い位置から落ちると死ぬ」というルールがあったが、探検家はそれよりも低い高さでアウトだった。アクションゲームの主人公としては、信じられない脆弱さだ。


 ――そう。これこそがこのゲームの最大の特徴、「主人公がすぐ死ぬ」だ。


 自分の背丈より少し低いくらいの高さから落ちて死ぬ。

 ロープやハシゴから落下すると、着地を待たずに空中で死ぬ。

 地面から噴き出している蒸気(?)に触れると死ぬ。

 敵キャラの「こうもり」が落とす糞に当たっても死ぬ。

 自分で仕掛けた「ダイナマイト」の爆風でも、もちろん死ぬ。

 下り坂をジャンプして下ろうとすると、やっぱり死ぬ。


 爆風や高い所から落ちて死ぬのは分かるけど、「こうもり」の糞で死ぬのは一体どういう理屈なのだろうか? よく分からないが、とにかく死んでしまうのだから仕方がないのだけれども。


「えええええ……」


 説明を聞いたルーくんが、今までに見たことがないような味わい深い表情を浮かべていた。

 小さな口があんぐり開いている。まあ、無理もないだろう。僕だって子供の頃、この主人公のひ弱さにびっくりしたものだし。


「――ということで、だ。ルーくん、探検家さんを優しく壊れ物のように扱いながら、それでいて『エネルギーゲージ』が空にならない内に洞窟の奥へ奥へと進まなきゃいけないんだ」

「むむむむ~。むずかしいんだね……」


 言葉通り、「むずかしそうな」表情を浮かべるルーくん。

 「スーパーマダオブラザーズ」のマダオのような「頑丈な主人公」に慣れていたところだから、余計に落差を感じているのだろう。


 ――でもよく考えたら、この「いけいけ洞窟探検家」の主人公は貧弱というより「普通」な気がする。

 岩肌のごつごつした洞窟の中で、自分の背丈くらいの高さから落下したら、常人は無事では済まないかもしれない。足をくじいたり、はたまた骨折したり。当たり所が悪ければそれこそ死ぬこともあるだろう。

 ある意味でリアリティを追求した結果なのかもしれない。知らんけど。


「よぅし……こんどは、しんちょうに……やった!」


 最初の失敗からきちんと学んだのか、ルーくんは今度は、エレベーターの床と坑道の地面の高さをきちんと合わせてから、慎重に主人公をジャンプさせた。

 結果は無事着地……けれども、これは文字通りの第一歩でしかない。


「しんちょうに……しんちょうに……」


 うわ言のように呟きながら、ルーくんは優しく優しく主人公を進ませていく。

 途中には、上下に動く床や小さな段差等があるが、それらは主人公を容易に「落ちれば死ぬ」高さまで連れて行く。

 ルーくんもそのことは理解出来ているのか、慎重すぎる位に主人公をジャンプさせ、無事に着地させていった。

 ここまでは順調。けれども、この先にまた難所があった。


 主人公は坑道の奥にぶら下がるロープの所まで辿り着いた。向かう先は切り立った崖に阻まれている。先へ進むには、ロープをある程度登って、途中で崖の上に飛び移る必要がある。

 実はこの「飛び移る」という動作が肝なのだ。


 このゲームでは、ロープやハシゴなどに向かってジャンプすれば自動的にしがみついてくれる仕組みだ。

 けれども、ロープやハシゴから下りるには、十字ボタンの左右どちらかを押すか、それと同時にAボタンを押してジャンプする必要がある。

 この「同時に押す」というタイミングがややシビアで、一歩間違えると「主人公がロープから飛び上がれず、真横にスライドした後、落下死する」という悲しい未来が待っているのだ。


「あっ!?」


 そして今、ルーくんの悲しい叫びと共に、ロープから飛び立てなかった哀れな探検家が死んでいた――。



   ***


 その後も、ルーくんの悪戦苦闘は続いた。


 絶え間なく落とされる「こうもり」の糞に、何回もやられた。

 ハシゴを上っている最中に間違えて左右を押してしまって、探検家が空中へダイブした。

 見た目が分かりにくすぎる「初見殺し」な落とし穴に落ちてやられた(しかも主人公は底に辿り着く前に空中で謎の死を遂げた)。

 ――彷徨さまよい歩き過ぎたせいで「エネルギーゲージ」が空になり、死んだ。


 ルーくんは段々と無言になっていた。

 しかし――。


「あっ、ルーくんほらほら、チェックポイントが見えて来たよ!」

「チェックポイント……? あのこわいのこと?」


 主人公の行く先に、何か大きな化け物の顔をかたどったようなオブジェクトが姿を現した。

 これは、ゲーム中にいくつか存在する「チェックポイント」だ。そこを越えれば、次の階層へ進むことが出来る。


「ようやくいちめんクリア? やったー!」

「よし、あと少しだぞルーくん!」


 ルーくんと共に、今までの艱難辛苦かんなんしんくを思い出し喜びの声を上げる。

 けれども、僕もルーくんも、とある大事なことをすっかり見落としていた。


「あれ? アッくん、この『あおいかべ』こわせないよ?」

「――あっ」


 チェックポイントへ向かう途中には、何枚か「青い扉」と「赤い扉」がそびえている(ルーくんには「壁」に見えたようだが)。

 それぞれの扉は、洞窟中に散らばっている同じ色のカギを回収しておくことで開くことが出来るのだが……そのカギが無かった。

 赤いカギは画面の上にある所持アイテム欄に表示されているが、青いカギが無い。取り忘れたのだ。


「ええと……それじゃあ、あおいカギをとりにもどらなきゃいけないの?」

「……そうなるね」

「もう、『えねるぎーげーじ』がほとんどないよ?」

「……そうだね」


 二人の間に沈黙が落ちる。

 やがてルーくんは無言のままファムコンの電源を切った。それまで煌々こうこうと輝いていた赤い発光ダイオードの光が消えていき――。


「アッくん。マダオのつづき、やろっか?」

「……今日はもう随分とゲームしたから、明日ね」

「はぁい~」


 しばらくの間、ルーくんの口から「探検家」という言葉が出てくることはなかった。

 ……同じ「探検家」でも、投げナイフの達人な方にしておけば良かったかな?



   *次回予告*


 「ルーくんね、しょうらい『おめんライダー』になるの! バイクでね、ぐぉおおんっ! って、かっこいいの!」

 ブロック遊びの最中にルーくんが何気なく放ったその言葉に、アッくんの何かに火が付いた!

 「バイク……ブロック遊び……うっ!? 頭が!? そうだ、今こそあのゲームを!」


 次回、「大興奮バイク野郎」をお楽しみに!


(注:この次回予告には一部嘘が含まれています)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る