GAME 33「戦え!バルーン(3)」
「ようし、操作方法はもうバッチリみたいだし、そろそろ『風船の旅』に出てみようか?」
「おお~!」
最初こそ苦戦していたものの、ルーくんはぼちぼちと「戦え!バルーン」の基本操作に慣れてきたようだった。
なので、僕は最初の目的に立ち返って、ルーくんに「トリップモード」を遊んでもらうことにした。
「トリップモード」は、完全一人用のモードで敵キャラの鳥人間は出てこない。「ひたすら飛び続ける」ことを目的としたモードだ。
もちろん、ただ飛び続ける訳じゃない。空の旅を妨害する様々な仕掛けがある。
まず、ゲームが開始した時、プレイヤーキャラは宙に浮いた小さな足場に立っているのだけれど、そのまま足場の上に留まることは出来ない。何故ならば、ゲーム開始早々、画面が強制的に左へ左へとスクロール(画面全体が左から右へゆっくり移動)してしまうのだ。
足場の上に留まったままだと、迫って来た右画面端に押し出されて落下してしまう、という仕組みだ。
画面下には水面がどこまでも続いていて、落ちれば当然ミスになる。また、一人用モードの時に出現した巨大魚も健在なので、水面スレスレを飛んでいると食べられる危険性がある。
常に適切な高度を保たなければならない。
そして「トリップモード」の仕掛けは、当然それだけではない。
「ようし、ゴー!」
やる気満々の掛け声と共に、ルーくんがプレイヤーキャラを足場から飛び立たせる。
すると、程なくして様々な
「わっ!? アッくんアッくん! なんか、フーセンとピカピカがたくさんあるよ!?」
「うん。風船はね、割ると得点が入るんだ。残さず割っていくとボーナスが付くよ。ピカピカ光っているのは、『雷』だよ。一人用モードの時に、雲から出て来たアレだね。触ると一発でミスだから、上手く避けてね」
「うん、わかった!」
僕の説明をすぐに理解したのか、ルーくん操る風船男は、華麗に雷を避けながら風船を割っていく。
序盤に出てくる雷は、全く移動しない固定オブジェクトだ。慌てず上手く避けていけば、そうそう接触はしない。……「動かない雷」って、それはもう雷じゃないだろう、というツッコミはあえて置いておく。
けれども、風船を全部割っていこうと思うと、これがまた難しくなる。何せ、画面が強制スクロールするので「後ろに戻って大幅にルート修正」ということが出来ない。パッと見で雷と風船の位置を把握し、最適なルートを選定しなければならない。
おまけにそこへ「戦え!バルーン」の独特な操作感が加わるのだから、実際中々の高難度だ。
「ああっ!? またフーセンわれなかった~!」
案の定、ルーくんは風船を幾つか割り逃して悔しそうな声を上げていた。
まあ、初めてのプレイで最初の雷の群れを突破しただけでも、十分に上手いんだけど。
――でもね、ルーくん。本番はまだまだこれからなんだよ?
「わっ!? アッくんアッくん! こんどはカミナリさんがうごいてるよ!」
幾つかの雷の群れを躱して先へ進んでいくと、今度は「上下にゆっくり動く雷」が出現する。これがまた曲者だった。
画面狭しと並んだ雷の群れ(この言い回しも大概変だけど)が、一定周期で上下に移動しているのだ。タイミングによってはプレイヤーキャラが通れるほどの隙間も無くなるので、タイミングを見計らって避けなくてはならない。
「わっわっ!? とおれるすきまがないよー!?」
「ルーくん、そういう時は十字キーの右を押して、キャラクターを画面の右側に移動させるんだ。少しだけタイミングをずらせるよ」
「あっ、そうか!」
僕のアドバイスに従い、プレイヤーキャラを画面中央辺りから右側へと移動させるルーくん。画面自体が強制スクロールしているので多少の時間稼ぎにしかならないけれども、タイミングを調整するには十分だ。
ただし、左右の移動はかなりスピードが出るので――。
「あっ! すきまがあいたよ! ようし、じゃあこんどはいっきにひだりにとんでって――」
「ああっ、ルーくん。あんまり不用意に突っ込むと……」
ルーくん操るプレイヤーキャラは、僅かに空いた隙間を狙って、一気に画面左側へと滑るように移動した!
その狙いは過たず、見事に雷の群れを突破したんだけど――。
「わわわっ!? またカミナリがー!?」
スピードが付きすぎていて、画面左側から現れた新たな雷の群れを避けきれず、哀れ風船男は電撃を食らってやられてしまった。
画面に「GAME OVER」の文字が浮かぶ。「トリップモード」は、一人用モードと違って残機制ではなく一回ミスするとそこでゲームオーバー、最初からやり直しなのだ。
「ムムムムムムッ! もういっかい~!」
もちろん、このくらいでルーくんの闘志は折れない。
「また最初から」という事実にもめげず、ルーくんはすぐさま再チャレンジしていた。
――その後も、ルーくんの苦難の旅は続いた。
上下に移動する雷の次は、左右に移動する雷が待っていた。ルーくん操る風船男は、何回も電撃を受け、果てた。
雷を避けきれず、水面ギリギリに活路を見出し一点突破しようとした矢先、巨大魚に食われた。
途中で出現する、得点ボーナスと「一定時間画面スクロールと雷の動きが止まる」効果を与えてくれる「シャボン玉」に気を取られて、雷に接触した。
先を急ぎすぎて、今まで余裕で避けていた最初の雷に当たってやられたエトセトラエトセトラ……。
「ルーくん、少し休んだら? それこそ、ぼちぼちおやつの時間だし」
「いい! ルーくんもうすこしがんばる!」
よっぽど悔しいのか、ルーくんはまたもやおやつの誘惑にも負けず、果敢な挑戦を続けていた。
もしかすると「風船で空を飛んで旅に出る」という夢の為にも負けられない、という想いを抱いているのかもしれない。
そういった負けん気の強さは、ルーくんの長所だ。でも、今はちょっと入れ込み過ぎなようにも見える。
……仕方がない。もう少し経ってからにしようと思ったけど、今にするか。
「ねぇ、ルーくん。この『トリップモード』を進んだ先には、何があると思う?」
「なにがって……ゴールがあるんじゃないの~?」
ゲームに集中しながらも、ルーくんがしっかりと僕の問いかけに答えた。
情報量の多さにテンパることがある一方で、この手のマルチタスクは苦手じゃないところが、また姉さんにそっくりだった。負けん気が強い、完璧主義者なところもだ。
案外と割り切りが早いところも――。
「実はね、ルーくん。この『トリップモード』にはゴールが無いんだ」
「……えっ?」
僕の言葉に、ルーくんの手がスタートボタンを押してからピタリと止まる。
――ちなみにこのゲーム、スタートボタンを押して
「ゴールがないって、どういうこと?」
「そのまんまの意味だよ。『トリップモード』はね、どこまで飛んで行っても水の上なんだ。終わりがないんだね」
そう。この「トリップモード」には、ゴールと呼べるものがない。
その昔は都市伝説で「一定距離を進むと陸地が出てくるので、そこに着陸すればクリア」なんて噂もあったらしいけど、少なくとも僕は「ゴールに着いた」という話を聞いたことがない。
スコアがカンストするまで頑張った人もいるけど、その後も延々と「空の旅」が続いたらしい。
「……ルーくん、おやつたべる~」
「ゴールが無い」と知ってからのルーくんの判断は早かった。
素早くファムコンとテレビの電源を切ると、トッテテテーとリビングの方へと駆けだしてしまった。
あとに残ったのは、僕と「戦え!バルーン」がセットされたファムコンのみ。
「トリップモード」の説明をした際に、僕はあえて「ゴールが無い」という情報をルーくんに与えなかった。ただ「風船で旅をするモード」としか教えていない。
だからルーくんは、「ゴールがある」と誤解していたのだ。誤解したまま、躍起になってゴールを目指して頑張っていたのだ。
それが、「ゴールが無い」と知った瞬間に折れた――というか、「割り切った」。今までに目標にしていたものが実は存在しないと知ったので、いったん気持ちをリセットしたのだ。
「ホント、こういうところ姉さんにそっくりだな……」
僕は少しの罪悪感を覚えつつ、ルーくんを追ってリビングへと向かった。
――とはいえ、このまま「戦え!バルーン」を嫌いになられてもちょっと寂しい。ここは、ルーくんが好きそうな「対戦」をやって、機嫌を直してもらおうかな。
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