「パクパクマン」編

GAME 32「パクパクマン」

 ――ピンポーン。


 夕飯時のことだ。

 いつも通りルーくんと一緒にファムコンで遊んでいたら、インターホンが鳴った。

 はて? 今日は届け物の予定もないし……? と不思議がっていたら、リビングでくつろいでいた母さんが「はぁ~い♪」とルンルンな声を上げながら玄関へとバタバタ駆けて行った。


 一体何だろうか?

 不審に思ってゲーム部屋から顔を出してみると、玄関の方からかぐわしいチーズの匂いが漂ってきた。

 ――これは、まさか!


「ルーくん、アッくん! 今日の晩御飯はピザよ~!」


 もはや疑いようもなく、インターホンの主は母さんが注文した宅配ピザの配達員だったらしい。

 見れば、既に支払いを済ませた母さんが大きなピザの箱を手にウキウキと戻ってくるところだった。

 道理で晩御飯の準備をしてなかった訳だ――。


「いっただっきま~す!」


 見るからにアメリカンなピザを、ルーくんがウキウキ顔で口へと運んでいく。

 ああ、幼児の内からこんなデブ御用達なメニューに慣れてしまって良いのだろうか? 等と思いつつも、僕自身も宅配ピザは大好きなのでルーくんに負けじともぐもぐする。

 メタボであるところの母さんに至っては、言うまでもないかもしれない。


 ――最近、姉さん夫妻はまためっきり忙しくなってしまったらしく、ルーくんを僕の家で預かる時間も長くなっていた。

 自然、僕とルーくんと母さんの三人で夕食を済ませる機会も多くなっている。

 最初の頃は新しめのキッチン設備を前に、母さんがやる気を出して晩御飯を作っていたのだけれども、次第に「面倒くさい」と言いはじめ、近所のスーパーでお惣菜などを買ってくるようになっていた。

 そして遂に宅配ピザ様の登場である。堕落ここに極まれり!


 ……まあ、そもそも。母さんがルーくんのご飯を毎日作ってあげてる事自体がおかしい気もするのだけれど。

 姉さん達、「ババ保育」に頼り過ぎなんだよね。

 代わりに僕が晩御飯を作る、というのも筋違いな気がするし。


「デザート用に甘いピザもあるわよ」


 当の母さんは、ルンルン気分でピザを貪り食い、既にデザート用のピザにまで手を出していた。

 ストレスが溜まっているのかもしれない。ルーくんだけじゃなく、母さんのことも気を付けてあげないとな。

 ――等と思い悩んでいると。


「ねぇねぇアッくん! このピザ、『パクパクマン』さんみたいだよ!」


 ルーくんが一切れ欠けたピザを指さしながら、そんなことを言い始めた。

 なるほど。円の一部が口のように切り取られたその形は、最近ルーくんが遊んだとあるゲームキャラクターにそっくりだった――。


   ***


「――ということで、きょうはパクパクマンであそびますー!」

「おおー!」


 夕食後、姉さんがルーくんを迎えに来るまでの間、僕たちは「パクパクマン」で遊ぶことにした。

 いつもと違って、今回はルーくんからのリクエストだ。


 「パクパクマン」は、一九八四年に発売されたアクションパズルゲーム。ファムコン初期のタイトルに多い、元々はアーケードでの人気作だったゲームだ。

 システムはとても単純。青い線で描かれた迷路の中に敷き詰められたエサ(ドット)を、プレイヤーキャラである「パクパクマン」を動かして食べていく、というものだ。ボタンは殆ど使わず、方向キーだけで遊ぶタイプだ。


 迷路の中にはお邪魔キャラとして四匹の「モンスター」が配置されていて、パクパクマンの邪魔をしてくる。

 モンスターはそれぞれ色と性格が異なっていて、違う動きでパクパクマンの行く手を阻む。モンスターに触れられると、基本ミスとなる。


 主人公のパクパクマンは、先ほどルーくんが言った通り「一部だけが欠けたピザ」みたいな形をしている。

 黄色い円の一部が、ピザの一切れみたいな形だけ欠けているのだ。欠けた部分はパクパクマンの口らしく、口を閉じると完全な円になる。

 イラストなどでは丸い体に顔と細い手足が付いたキャラクターとして描かれるんだけど、ファムコンの画面上では本当に「ただの黄色い円」なのが少し笑える。

 しかもそのキャラクターがひたすらエサを食べ続けるのだから、ある意味シュールでもある。食べた分の質量はどこへ消えているのだろう? という永遠の謎もあったりなかったり――。


「よ~し! きょうこそモンスターさんたちをたべつくしちゃうぞー!」

「ルーくん、そういうゲームじゃないよ……」


 ルーくんが少し物騒な宣言をしながらゲームを開始する。既に何度かやっているからか、序盤の操作はお手の物だ。


 「パクパクマン」は、迷路の中のエサを全部食べると面クリアとなり、次の面へと進む。

 次の面へ進んでも迷路の形に変化はない。敵のスピードが上がるなど、単純に難度が上がるだけだ。そういう意味では、とてもシンプルなゲームと言える。

 けれども、もちろんそれだけのゲームではない。


「モンスターさんたちをひきつけて……よし!」


 画面上では、ルーくんが慣れた操作でモンスター達を一か所に集めてから、他よりも一回り大きい「パワーエサ」をパクパクマンに食べさせたところだった。

 途端、先ほどまでパクパクマンに襲い掛かろうとしていたモンスター達が、青い弱弱しい姿になる。


「いまだーパクパクマンー! たべつくせー!」


 ルーくん操るパクパクマンがモンスターへと突進する。

 普通ならば、モンスターに接触したところでミスになるのだけれども……そうはならない。


『パクッ!』


 景気の良い音と共に、なんとパクパクマンがモンスターを食べてしまった!

 哀れモンスターは「目」だけの幽霊のような姿となって、迷路の真ん中にある「巣」へと強制的に移動させられることに……。


 これが「パクパクマン」をシンプルながらも奥深いゲームにしている要素の一つだった。

 「パワーエサ」を食べると一定時間モンスターが弱体化し、パクパクマンによって食べられる存在になってしまうのだ!


「えーい! ぜんいんたべちゃうぞぉ~!」


 調子に乗ったルーくんは、モンスターを四匹とも食べてしまおうとパクパクマンを操作するが――もちろん、世の中そんなに甘くない。

 「パワーエサ」の効力は一定時間で切れてしまい、モンスターは再びパクパクマンを襲うようになる。弱体化したモンスターが青と白の点滅を繰り返すようになったら、時間切れの合図だ。

 油断して、モンスターが点滅しているのに近付くと――。


「あっ!?」


 ルーくんが悲痛な叫びを上げる。

 見れば、画面の中では弱体化の切れたモンスターにパクパクマンが接触してミスになっていた。

 時間切れのタイミングをルーくんが見誤ったのだ。


「あう~、しっぱいしちゃった~!」

「あはは、何事も調子に乗っちゃ駄目ってことだね」


 ルーくんと一緒に苦笑いする。

 そう、何事も調子に乗ってはいけないのだ。

 だから、リビングの方から聞こえてくる「明日は何を頼もうかしら?」等と言う、店屋物のチラシをルンルンで眺めている母さんの暴挙も、ぼちぼち止めなければいけない。

 ルーくんや僕がメタボになる前に。


 パクパクマンと違って、僕らは食べたら食べた分だけお肉になってしまうのだから――。



   *次回予告*


「アッくん……ルーくん、たびにでるよ!」


 人にはいつか、旅立たねばならない日がやって来る。

 ――でも、ルーくん。風船で世界旅行は無理だよ?


 次回、「戦え!バルーン」をお楽しみに!


(注:この次回予告には一部嘘が含まれています)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る