「戦え!バルーン」編

GAME 33「戦え!バルーン(1)」

「ねぇねぇアッくん! フーセンふくらますのてつだって!」


 ある日のことだ。

 一体どこから仕入れたのか、ルーくんが大量の風船を持って帰って来て、そんなことを言った。


「どうしたのルーくん? このいっぱいの風船」

「いいから! はやくふくらませて!」


 いつになく強気な調子で、僕に風船の入った袋を押し付けるルーくん。自分でやろうとしないのは、恐らく両親止められているからだろう。

 結構あるんだよね、子供が風船を膨らまそうとして誤飲しちゃう事故……。


 風船は袋の中にざっと見ても十個程度入っている。かなりの量だ。

 母さんは「ちょっと買い物に行ってくるわ」と言い残して、既にどこかへ出かけていた。変だと思ったけど、なるほど、逃げたのか。

 これを一人で膨らますのは中々に骨だぞ……等と思いつつ、可愛い甥っ子の為に、僕は風船に息を吹き込み始めた――。


   ***


 ――十数分後。


「ふぇぇ……もう限界……」


 少し酸欠状態になりながらも、僕は十個余りの色取り取りの風船を膨らませ終えた。

 最近は運動もサボっていたから、肺活量も落ちていたらしく、思ったよりも辛かった。

 けれども、これだけ頑張ったのだからルーくんも喜んでくれるだろう。そう思ってルーくんの方を見やると――ルーくんは何故か、床に転がった風船の群れを不審そうな表情で眺めていた。


「……ねぇねぇ、アッくん。このフーセン、?」

「なんでって、そりゃあ普通に膨らませた風船は宙には浮かないよ? 風船を浮かばせるには、空気より軽いガスを入れないといけないんだ」

「ええっー!? そうなの!? じゃあじゃあ、すぐにそのガス? をかいにいこうよ!」


 僕の二の腕辺りを掴み、グイグイと揺すって催促をしてくるルーくん。

 この子がこんなにワガママを言うのは初めてだった。何かあったのだろうか?

 風船用のガスなら、近くのホームセンターにでも行けば売っているかもしれないけれども……まずはルーくんの目的を聞く方が先だろう。


「ねぇルーくん。そもそも、どうして風船が必要なの? 何に使うの?」

「ん~とね! ルーくんね、たびにでようとおもうの!」

「旅?」

「うん! フーセンでね! おそらをとんで、せかいをいっしゅうするの!」

「……ああ」


 そう言えば、この間ルーくんが観ていたアニメが「風船で空に浮かんだ家が世界一周する」という物語だった。きっとそれに感化されて、自分も風船旅行と洒落込もうと思っているのだろう。

 僕も幼稚園児ぐらいの時に、似たようなことをやった覚えがある。僕の場合は、風船に手紙を括りつけて世界の誰かに届けよう、というやつだったけど。

 ――ちなみに、その風船は近くの木に引っかかって、大空を飛ぶことなく割れてしまった。


 「風船で空を飛ぶ」というのは夢のある話だけど、実際にはヘリウムを充填した特大の風船を沢山括りつけても人間一人を浮かすことすら出来ない。

 けれども、そんな現実の話をしたところでルーくんは納得しないし、いたずらに夢を壊してしまうだけだろう。

 ……ここはまた、ファムコン様の力を借りるとしよう!


「なるほど、風船で空を飛んで世界一周ね……じゃあ、ルーくん。ちょっとファムコンのゲームで予習してみようか?」

「ええっ!? ファムコンさんにはフーセンでおそらをとぶゲームもあるの?」


 僕の言葉に目を輝かせるルーくん。

 その姿に少しだけ罪悪感を覚えながら、僕はルーくんをゲーム部屋へと連れて行った。

 しばらくファムコンに夢中になってくれれば、ガスを買いに行く云々の話は有耶無耶になるであろうことを、悟りながら――。


   ***


「ジャーン! 『戦え!バルーン』!!」

「わ~パチパチ~……って、たたかうの? バルーンってなに?」

「バルーンは風船のことだよ」

「ふ~ん……?」


 首を可愛らしく傾げながら、僕が差し出したゲームソフトを不思議そうに眺めるルーくん。

 パッケージには、風船で海の上をおっかなびっくり飛んでいるヘルメット姿の男が、同じく風船で空を飛ぶ鳥人間と海の中から現れた巨大魚に挟み撃ちに遭っているという、「戦え!」という勇ましいタイトルからは想像できない微妙なイラストが描かれている。

 ルーくんが不思議がるのも無理はないだろう。


 「戦え!バルーン」は、一九八五年に南天堂から発売されたアクションゲームだ。

 ファムコン初期のタイトルに多い、元々はアーケードで人気を博したゲームで、単純な移植ではなく新しいゲームモードが追加されていたりする。


 ゲームの基本内容は、風船で空を飛ぶプレイヤーキャラクターと敵キャラクターがお互いの風船を割り合い、地面や水中に叩き落とす、といったものだ。

 画面構成はシンプル。画面の一番下には水面が広がっていて、その上に地面が乗っかっている。ただし、地面の真ん中には大きな穴が開いていて、水面がのぞいている。上空には一つないし複数の浮島と雷雲、障害物等がある。

 背景は初期のファムコンソフトにありがちな黒背景――かと思いきや、よく見ると星が瞬いている。つまり夜空という訳だ。


 プレイヤーは二つの風船を装着していて、両方を割られるとミスになる。

 敵の風船は一つしかないが、風船を割ってもパラシュートでゆっくりと地面へ落ちていく。地面や浮島に落ちると一定時間で復活してくるので、パラシュートで落下中に蹴り落とすか、直接水面に落とすか、地面にいる間に体当たりしたり空中から蹴りを食らわせたりして水中に叩き落とす必要がある。

 全ての敵を倒すとステージクリアだ。


 「風船で空を飛ぶ」という設定故か、操作感はやや特殊。

 風船の浮力はプレイヤーキャラの重量よりもやや弱いのか、プレイヤーキャラが手をバタバタさせてはばたく動作をしないと宙に浮かない。プレイヤーキャラは、Aボタンで一回だけ、Bボタンを押しっぱなしにすると連続ではばたく。

 はばたき続けている間、プレイヤーキャラはどんどんと上空へ浮いていく。はばたくのを止めると、ゆっくりと落下する。

 方向キーの左右で移動出来るが、プレイヤーキャラには慣性が働いているので急な切り返し等は出来ない。案外と微調整が難しいのだ。


 敵の風船を割るには、相手よりも高い位置から体当たり(蹴り)をする必要がある。

 逆に、敵が自分より高い位置にいる時に接触されると、自分の風船を割られてしまう。風船は一個までなら割られても大丈夫だが、その代わりに浮力が落ちるという芸の細かさだ。

 風船の数はステージをまたいでも復活せず、三ステージクリアごとに挿入されるボーナスステージに到達した時にのみ、復活する――。


「ふぅん? このトリさんをたおせばいいの?」


 一面をプレイしながら一通りの説明をすると、ルーくんが画面上の敵キャラクターを指さしながら言った。

 ルーくんの言う通り、敵キャラクターは「トリさん」――鳥の頭を持った人間っぽい生き物だ。一体何者なのかは知らない。


「そうだよ。このトリさん達を全員倒したらステージクリア」

「ふぅん……。でもアッくん、ルーくんはフーセンでとんでたたかいたいんじゃなくて、たびにでたいんだけど……」

「ああ、もちろん忘れてないよ。実はね、このゲームにはモードが三つあって、その内の一つが『風船で旅に出る』ものなんだ。でも、ちょっと難しいから、まずはこっちのモードで操作を覚えようね」


 ――そう。この「戦え!バルーン」には三つのゲームモードがある。

 一つ目は、今説明した一人用モード。敵を倒して面をクリアしていくアクションだ。

 二つ目は、二人用モード。二人同時プレイで協力して敵を倒したり、対戦したりするモードだ。

 そして三つめが「トリップ」モードなんだけど……これはルーくんが一人用モードに慣れてから説明しようと思う。


「わかったー! まずはトリさんたちをたおしてたおして、たおしまくっちゃうぞ~!」


 ルーくんも納得したらしく、早速好戦的な笑みを浮かべて僕からコントローラーを受け取っている。

 ……こういう所、姉さんに似て来たなぁ。

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