GAME 18「魔王村(2)」

 ――ゲーム部屋は阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図と化していた。


「ギャーっ!? アアッ!? やめ……アアアアアアッ!?」


 ルーくんの悲痛な叫びが響く。

 画面の中では、「魔王村」の主人公である騎士が、何度も何度も何度も哀れな屍を晒していた。


 「魔王村」と同時代のゲームは、主人公キャラが敵にやられると「残念な効果音SE」と共にキャラが画面外に落ちて行ったり、はたまた点滅してから消えてしまったりといった演出が多かった。「スーパーマダオブラザーズ」等はその典型だ。

 敵にやられることを、よく「死ぬ」と表現していたけれども、画面上で「死の匂い」が直接的に描かれることは少なかったのだ。

 でも――。


「あああっ!? おじさんがまたさんになっちゃったよぉ!」


 ルーくんの言葉通り、敵にやられた騎士は。「魔王村」の特徴的な演出の一つだ。

 騎士は、全身を鎧に包んだ状態で敵の攻撃を受けても、一回は耐えてくれる。身代わりに鎧がバラバラになり、パンツ一丁になるのだ。

 けれども当然、身を守る鎧が無い状態で攻撃を受ければ……死ぬ。死ぬを通り越して白骨死体になっている原理はよく分からないけど、まあとにかく見た目も明らかに「死ぬ」のだ。


 子供にはショッキングな絵面だろう。僕だって子供の頃には衝撃を受けたものだ。

 大人になった今になって見ても、中々のインパクトがある。


「むむむむむっ! つぎこそは~!!」


 既に何度も騎士を「殺して」しまっているルーくんだが、持ち前の負けん気の強さは健在で、まだコントローラーを放り出すようなことはない。

 けれども、それにも限度があるだろう。何せルーくんは、


 先ほども言った通り、このゲームの最大の特徴は、その「鬼畜なまでの難度の高さ」にある。

 最弱の敵のゾンビでさえ動きが速く、更には地面から生えるように出現するので、不意打ちを食らうこともよくある。

 ゾンビの次に登場する「カラス」もやはりスピードが速く、更には蛇行して飛んでくるのでタイミングを間違えると武器を避けられ、そのまま体当たりされてしまう。ジャンプで躱すのもかなりシビアだ。

 雑魚敵でも非常に厄介なものが多いのだ。


 そして、このゲームを難しくしているのは、敵の強さだけじゃない。

 ある意味で敵の強さよりも厄介な要素――それは「操作性の独特さ」だ。


 例えば、騎士には武器を投げた際に僅かながら「硬直時間」が発生する。

 基本武器の「槍」等は連射がそこそこ出来るものの、投げた直後に一瞬だけ騎士が身動き出来なくなる時間があるのだ。

 武器によっては連射すらきかないので、敵に囲まれている時に不用意に投げてしまうと、そこで「詰む」ことになる。


 また、アクションゲームではお馴染みの「ジャンプ」にも癖がある。

 この時代、「スーパーマダオ」を含めたアクションゲームの多くには「慣性」の概念があった。例えば、助走距離や速度が大きければ大きいほどジャンプも長く、あるいは高くなる、といった具合だ。

 けれども、なんとこの「魔王村」にはその「慣性」の概念が殆どない。「まっすぐ上に飛ぶ」か「左右どちらかにほぼ決まった距離を飛ぶ」かしか出来ない。

 「ちょこっとだけジャンプ」のような器用な真似が出来ないのだ。この辺りは「ドンキーゴリラ」に近い操作感と言える。


 一部のゲームにあった「着地位置の微調整」も出来ない。

 例えば――現実ではあり得ないことだけど――一部のゲームでは、ジャンプ中に十字ボタンの進行方向とは逆側を押すと、少しだけがかかって飛距離を縮めることが出来た。

 が、そのシステムも「魔王村」にはない。このゲームではジャンプ中に進行方向と逆側を押すと、騎士が空中で向きを変えるだけだ。

 飛距離が変わらないので、例えば「背後から追いすがる敵をジャンプ中に倒す」みたいな芸当も出来るが、一長一短だ。


 ――これら「雑魚敵の異常な強さ」や「操作性の独特さ」こそが、「魔王村」を鬼畜難度たらしめている所以ゆえんなのだ!


「ああっ!? また~!」


 画面内では、ルーくん操る騎士がまた哀れな屍を晒していた。

 けれども偉いもので、ルーくんはまだまだめげることなく挑戦を続け、少しずつではあるけれども、先へ先へと進み始めていた。

 頑張れルーくん――実はなんだけどね!


「もうすこし……ぬけた~!」


 そしてルーくん操る騎士は、幾度もの死を乗り越えてゾンビとカラスと「弾」を撃ってくる謎の植物とが次々に襲い掛かってくる、「最序盤」を抜けた。

 抜けた先は、地形も障害物も殆どない平坦な草原。だが――そこに「奴」がいた。


「んん? ねぇねぇアッくん、なんかがいるよ?」


 そこにいたのは、赤色の悪魔だった。白い羽を折りたたみ、地面に座り込んでいるように見える。

 けれども――。


「わっ!? と、とんだ!!」


 ルーくんが騎士を近付けると、赤色の悪魔は素早く上空へ飛び上がり、騎士に向かって「弾」を放ってくる!

 そのスピードは他の敵とは段違いで、「弾」の狙いも正確だ。

 騎士――ルーくんは全く反応出来ずに「弾」の直撃を受け、全身鎧が砕け散る。


「わっ!? わわっ!? こいつなに~!?」

「こいつは強敵『レッドデビル』だよ! 動きが素早い上に空を飛んで飛び道具まで使ってくるから気を付け――」


 僕の言葉は最後まで続かなかった。

 「レッドデビル」の急降下からの体当たりが騎士に直撃し――骸骨が散った。


「ああっ!? おじさんがまたホネにぃ!?」


 ルーくんの嘆きの叫びと共にテレビからはおどろおどろしいメロディが流れ出し、「GAME OVER」の文字が表示された。


「レッドデビルさん、とってもつよかった! ねぇねぇアッくん、あれがこのすてーじのボス?」

「あ~……違うよルーくん。レッドデビルさんもね、ただの雑魚キャラなんだ。後で何匹も出てくるような……。精々が小ボスくらい」

「ええっ!? あんなに強いのに?」


 ルーくんが驚くのも無理はない。「レッドデビル」の強さは、他の雑魚キャラと比べても常軌を逸している。

 けれどもこの後、何匹も出てくる雑魚キャラなのだ。ステージボスですらない。

 ……まあ、明らかに一部のボスキャラよりも強いんだけどね。あまりに強くて印象深いからか、後年「魔王村外伝・レッドデビル」なんてゲームが発売されたくらいだし。


「ねぇアッくん。ルーくんがすすんだのは、ぜんたいのどのあたり?」

「……まだ一面の真ん中くらい、かな?」

「まんなか……」


 ――その瞬間、僕は人の心が折れる時の表情を見た。


 結局、ルーくんがその日それ以上「魔王村」をプレイすることは無かった。

 やはり幼児には早すぎたのだ。


 いや、むしろ「人類には早すぎる」レベルな気もするけど。

 僕も未だにノーミスでクリアする自信はない――。




   *次回予告*


「あなたが、はんにんです!」


 何やら、母さんが観ていた刑事ドラマに、ルーくんもハマってしまったようだ。

 どうやらルーくんはミステリに目覚めつつあるらしい。


 ――だったら、ファムコン最古の推理物とも言える、あのゲームの出番だな!


 次回、「コーベ連続殺人事件」をお楽しみに!


(注:この次回予告には一部嘘が含まれています)

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