「コーベ連続殺人事件」編

GAME 19「コーベ連続殺人事件(1)」

「あなたが、はんにんです!」


 ――ある日の夕方。

 買い物から戻ってリビングに入ってみると、ルーくんがソファに座らせてある猫のぬいぐるみを指さし、そんな物騒な台詞を口にしていた。

 なんだろう? 何かのアニメの真似か何かだろうか? ほら、あの有名な「頭脳は大人、見た目は子供」みたいな。


「ああ、最近一緒に海Pの『コスプレ刑事デカ』を観てたから、その真似みたいだねぇ」


 僕が不思議そうな顔をしていたら、母さんがキッチンで何やら作業をしながら説明してくれた。

 ああ、なるほど。あれ、面白いもんな……。


 「コスプレ刑事」というのは、「海P」ことイケメンアイドル俳優の海野正芳うみのまさよしが主演の刑事ドラマだ。

 海P扮する若手刑事が、毎回様々な現場で潜入捜査を行い、鮮やかに事件を解決していく。

 基本的には娯楽作で、子供が見ても理解出来るような構成になっているのだけれども、ライトミステリとしても中々良く出来ていて、広い世代に受けている人気ドラマでもある。


 その作中での、海Pの決め台詞が「あなたが、犯人です!」なのだ。

 目新しい台詞ではないが、海Pは潜入場所によって服装を変えているので(これがタイトルの由来でもある)、時に愉快に、時にカッコイイ、味わい深い台詞でもある。


「ルーくんね、おおきくなったら、ケイジさんになるぅ!」

「あはは、じゃあ今から沢山勉強しておかないとね。海Pみたいに物知りにならないと」


 海P扮する若手刑事は、海外の有名大学出身という設定だ。

 そのせいなのか、どんな現場に潜入しても、そこで必要な専門知識を予め知っていて周囲の度肝を抜く、というのがお約束になっている。

 ……そんな優秀な人が現場で潜入捜査なんてやるだろうか? という疑問はあるが、深く突っ込んだら負けだろう。


 ――しかし、ふむ。刑事ドラマか。

 丁度良いから、ルーくんに「あのゲーム」をプレイしてもらおうかな。


「ようし、ルーくん。だったら、ちょっとファムコンで刑事さんの練習、してみる?」

「……やるー!」


 そういうことになった。


   ***


「ジャーン! 『コーベ連続殺人事件』~!」

「わ~! パチパチ~! ――あ、わかった! このひとがケイジさんだね!?」


 ルーくんが「コーベ連続殺人事件」のパッケージを指さしながら言った。

 パッケージイラストには、どこかの埠頭に佇む男女の姿描かれている。男性は女性の背後に寄り添うようにしており、女性の肩には男性のものと思しきジャケットがかけられている。

 そして彼らの背後には、駆け付ける人影やパトカーらしき車影、更にはヘリコプターの姿も見受けられる。

 それらの状況から、ルーくんは男性の方を「刑事」だと判断したらしい。中々の推理力だ。


 「コーベ連続殺人事件」は、一九八五年に発売されたファムコン初の「アドベンチャーゲーム」だ。

 「アドベンチャーゲーム」というのは、アクションやシューティングと違って、文字と絵だけで進むゲームのこと。アクションが苦手な人でも楽しめるので、テレビゲームの裾野すそのを広げた作品でもある。


 物語はタイトルの通り、架空の街「コーベ」で起こったとある連続殺人事件の謎を追う、といったもの。

 プレイヤーは「ボス」となり、部下の刑事である「タツ」と共に地道な捜査で事件の真相を暴いていくのだ。


「じゃあ、早速電源入れるね?」

「はーい!」


 ルーくんの元気な声と共に電源ON――するが、珍しく画面がちゃんと表示されなかった。

 様々な色が入り乱れる、ノイズだらけの画面が表示されてしまった。……カセットとファムコンの端子の接触不良が原因だ。


「……ファムコンさん、きげんわるいねー」

「流石に本体もゲームも年代物だからね……。よっ! ちょっとだけイジェクトレバーを引いて、真っすぐに直して……これでどうだ!」


 カセットの角度などを巧みに微調整し、電源を入れ直す。

 すると――。


「わぁ、パトカーのおとだ!」


 ルーくんの言葉通り、テレビからはパトカーのサイレンを思わせる独特のSEが流れて来た。

 いわゆる「ピコピコ音」でも、今の世代の子供に「パトカーの音」と認識されるのだから、不思議なものだな……。


 画面には、どこかの街中に立つ若い男――らしきキャラクターが表示されている。

 当時のファムコンソフトはまだ容量が十分ではなかったせいもあり、キャラクターは非常に簡素な絵柄で描かれていた。線の数も色の数も圧倒的に少ない。

 けれども――。


「あ、わかった! このひとがぱっけーじのケイジさんだね?」


 ルーくんはそこに描かれているのが誰なのか、正確に当てて見せた。

 今の基準から見れば落書きみたいな絵だけれども、必要最低限の特徴を盛り込んである、ということなのだろう。よく考えなくても凄いことだ。


 効果音SEにしても絵にしても、今とは比べ物にならないほど制限のある中で作られたものなのに、今でも十分に通じるという、ある種の普遍性がそこにあった。

 当時のクリエイター達の創意工夫と努力の賜物なのだろうな、等と思うと、少しだけ胸が熱くなる気分だ。


 「パトカーの音」が鳴りやむと、今度はタイプライター音を思わせるSEと共に、画面の下にある黒い部分に文字が一つずつ表示されていく。

 この時代のゲームはアルファベット表記のものが多かったけれども、「コーベ殺人事件」では「ひらがな」と「カタカナ」が使われている。なので、ルーくんはもう読めるはずだった。


「え~と、『コーベさつじんじけん』。『げんさく ほりたゆうじ』、『かいはつ はくそふと』、『せいさく えすにっく』……ねぇねぇアッくん、これはなぁに?」

「ああ、一番上はこのゲームのタイトルだね。『げんさく』は、このお話を考えた人の名前。『かいはつ』は、このゲームを作った会社の名前。『せいさく』は、このゲームを発売した会社の名前だよ」

「ふ~ん。ほりたゆうじさんが、おはなしをかんがえたんだね~」


 案の定、ルーくんはひらがなもカタカナも両方とも読めるようだ。まずは一安心。

 ――ちなみに、原作の「堀田雄二」と開発会社の「ハクソフト」、制作会社の「エスニック」は、後に伝説のRPGシリーズ「クエスト・オブ・ドラゴン」こと「クエドラ」を開発するトリオでもある。

 「クエドラ」についても、その内ルーくんにプレイしてもらわないとな……。


 さて、いよいよゲームスタートだ。

 一応、説明書にはゲーム開始前までのあらすじも書いてあるんだけど……せっかくだから、ルーくんにはゲーム内の情報だけでストーリーを読み取ってもらうことにしよう。

 僕らもかつてはそうしたし、ね――。

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