GAME 08「スーパーマダオブラザーズ(4)」

 マダオの「残機」が尽きて、ゲームオーバーになること数回。ルーくんはようやく安定して、一面の半分以上まで進めるようになっていた。

 ルーくんの上達は、果たして早い方なのか遅い方なのか。自分が初めてこのゲームをプレイした時は、どの位のペースで上達していただろうか。

 一生懸命なルーくんの姿を見つつ、ぼんやりとそんなことを考えていた。


「よーし! つぎこそクリアしちゃうよ~!」


 やられてもやられても、ルーくんはめげない。

 元々の負けん気の強さもあるのだろうけど、それだけ「スーパーマダオブラザーズ」というゲームを気に入ってくれたのかもしれない。

 最初のトレボーにやられることは殆どなくなったし、キノコを追いかけて穴に落ちることも少なくなった。無敵状態で調子に乗ることも。


 ――テレビゲームを知らない、僕より上の世代は「ゲームなんてリセットボタンを押せば何度もやり直しがきく」なんて言ってくさすけれども、何度も失敗して、それでも諦めずにチャレンジし続けるという行為は、決して容易なものじゃない。「やり直す」のには、根気とやる気が必要だ。

 結局は、テレビゲームも試行錯誤トライアルアンドエラーの連続なのだ。時間とやる気を費やして、徐々に上達し、クリアを目指す。勉強やスポーツと何も変わらない。


「わわっ! じかんがもうない~!」


 ルーくんの操るマダオは、いよいよエリアの最終盤まで辿り着いていた。

 けれども時間制限が迫っている。警告のSEが鳴ってBGMが早回しになり、プレイヤーの焦りを誘う。


「大丈夫だよルーくん。その大きな階段みたいなところを越えればゴールだから!」

「ホント? よーし、マダオさんあとひといきだよ!」


 マダオは細かいジャンプを繰り返して、大階段のようなブロックを超えていく。

 その先に待っているのは――。


「あ、おしろだ! おしろと……はた?」


 そう。エリアの最後には小さな城と旗のかかったポールが待ち構えている。

 ただし、ポールに掲げられた旗はドクロを思わせる不気味なそれだ。どうやら亀族の旗らしい。

 しかも、大階段の反対側は垂直に切り立っていて、一度落ちれば二度と戻れなそうな高さだ。


「ルーくん、その旗を引きずり下ろせばこの面もクリアだよ! ポールの出来るだけ高い場所にマダオさんをジャンプさせるんだ! 高ければ高いほど得点も高いよ! 一番高いと五千点!」

「わかった! よぅし、マダオさん、とんでー! ――あっ!?」


 ルーくんが「大階段」の頂上から、Bダッシュで走らせたマダオをジャンプ――させようとするが、タイミングが合わず、マダオはジャンプせぬまま「大階段」から落下。ポールの手前に落ちてしまった。


「ああ……」

「あはは、ちょっとAボタンを押すタイミングが遅かったね。仕方ないから、階段とポールの間でなんとか助走をつけて、マダオさんをジャンプさせてみよう」

「わかった!」


 「大階段」とポールの間には、僅かながらスペースが空いている。ポールの一番高い位置は無理だけど、ある程度の高さまでならまだ届くはずだった。


「よぅし、こんどこそ!」


 気合いを入れ直して、ルーくんがマダオを疾走させる。そして――。


「ジャーンプ――って、ああっ!?」


 力が入り過ぎたのか、ルーくんのマダオはポールの遥か手前でジャンプしてしまい――ポールのほぼ根元に着地してしまった。

 軽快なSEと共に旗が下がってくるが、マダオの頭上には「100」という最低得点を表す数字が浮かんだ――。


「しっぱい……しちゃった……」


 エリアクリアのおめでたいSEが鳴る中、しょんぼりするルーくん(それもまた可愛い)。


「まあ、最初だしね。あ、ほら! 次の面が始まるよ!」

「あれ? マダオさんかってにうごいてるよ?」


 しょんぼりするルーくんをよそに、画面上ではマダオが土管の中へ入っていくデモが進んでいた。

 これは次のエリアへ進む前の演出で、プレイヤーの操作は受け付けない。そして――。


「わっわっ!? なんだかまっくらなところにでたよ?」

「土管から地下へ潜ったんだね。二面はこの地下を進んでいくんだよ」


 鮮やかな青空の下から真っ黒な地下へ。BGMも軽快なそれから、ややおどろおどろしい不気味なものに変わっている。

 「スーパーマダオブラザーズ」はこうやって、地上から地下へ、また地上へ、更には海の中や砦の中へと、次々に舞台を変えていくのも特徴の一つだ。

 マダオの冒険はまだまだ続く。けれども――。


「おっとルーくん。もう一時間以上経ったね。少し休憩しよう」

「うん、わかったー! じゃあ、ポーズをかけてっと……」


 「ゲームは一日一時間」には何の科学的根拠もないけれども、それとは関係なく、集中してゲームをやっていると目疲れも起こるもの。

 だから僕は、ルーくんには一時間ごと位に休憩を取らせることにしていた。

 ルーくんも駄々をこねずに、スタートボタンを押して一時停止ポーズをかける。画面のマダオはちょうどジャンプしたところだったので、空中で静止している。ややシュールな絵面だ。


「麦茶を淹れるから、一緒に『キノコちゃん』を食べよっか?」

「やったー! ルーくんキノコちゃんだいすきー! ねぇねぇ、アッくん。ルーくんもキノコちゃん食べたら、スーパールーくんになれるかな?」

「……あはは。ルーくんが急に大きくなったら、みんなびっくりしちゃうぞ」


 そんな冗談を交わしながらリビングへと向かう。

 そちらでは、母さんがワイドショーやらドラマの再放送やらを観ながらゴロゴロしているはずだけど、孫の為だ、ちょっとどいてもらおう――。


 しかし、二面に辿り着くまでにこれだけの時間がかかるとなると、全面クリア出来るようになるのは、かなり先の話になるな。

 何せ「スーパーマダオブラザーズ」は、八ワールド×四エリアの計三十二面構成なのだ。先は長い。


 しかも、このゲームにはまだルーくんに教えていない様々な要素が隠されている。

 特定の土管の上で十字ボタンの下を押すと、実は中に潜ることが出来るとか――。

 階段状のブロックの上で、敵キャラを上手く踏みつけると無限に得点を稼げて、それが一定を超えるとマダオの「残機」を沢山増やすことが出来るという「裏技」とか――。

 実は三十二面を律義にクリアしなくても、途中をショートカットするルートがあることとか――。


「本当によくできたゲームだよなぁ……」

「アッくん、なにかいった?」

「……いや、ただの独り言だよ」


 そんなやり取りをしながら、ルーくんと共にリビングへと向かう。

 背後のテレビでは、一時停止ポーズをかけられたマダオが、未だに空中で静止していた――。



   *次回予告*


 突然「『たんけんか』になる!」と言い出したルーくん。

 愛する甥っ子の将来を案じたアッくんは、危険な上に稼ぎも不安定な探検家への道を諦めさせようと、「史上最弱のゲーム主人公」という切り札ジョーカーを切る。


 次回、「いけいけ洞窟探検家!」をお楽しみに!


(注:この次回予告には一部嘘が含まれています)

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