おまけのおまけ アリアナの独白
私が自分を『本当の自分では無い』と感じたのは8歳の時だった。
突然発動したアンチ魔法。
他の魔法を受け入れず無に帰すその魔法は、幼い私には力が強過ぎて、私は暫くの間寝込む羽目になってしまった。
その寝込んでいた間だったのだ、この世界は乙女ゲームの世界だと気付いたのは。
攻略難易度が一番高い王太子、スチュワート・リッケンハイム。私は彼が難易度が高くなる切っ掛けを作る、主人公にとっては一番厄介な立ち位置の令嬢に生まれ変わってしまったのだった。
私は主人公や攻略対象達の前で死ぬ運命にある。
そうして、スチュワートは難解な病みキャラへ。主人公は逆境に抗う強さを求めて直向きに頑張る。ゲームのお話しはそうやって始まるのだ。
今思えば、RPGみたいに魔物狩りやら主人公が思いの外強いとか、乙女ゲームは守られてなんぼでしょ?! というのを華麗に無視した随分と革新的……なゲームだったと思う。
そして、本当にゲームの中ならば、このままでは私は死を迎えてしまう。
何とか逃げ出さなければと思っても既に遅く、スチュワートとは婚約者の間柄であったし、親は私の魔法の所為で過保護になってしまった。
市井の平民生活も、私のアンチ魔法では上手く行かない。何故なら、私は生活魔法すら碌に使えないのだから。
どうしようと随分と悩んだ。悩んでも私の生活圏は屋敷のみで、代わり映えはしない。
何をどう変えれば良いのか見当もつかなかった。
せっかくあの世界から生まれ変わったのに、後数年で死ぬ運命だなんて、幾ら何でも残酷過ぎる。
私は『死を回避する』。それだけで頭が一杯になっていた。
そんな中スチュワートは自分も忙しいだろうに、足繁く屋敷に通っては、私というアリアナを愛でてくれた。いや、只贈り物をくれたり、庭でたわいも無い話をしたり、許嫁として節度を持ったやり取りだったけれど。それでも、王子という立場では考えられない程に、彼は私に対して時間を作ってくれていた。
それこそ始めの頃は、スチュワートのその行動はゲームのキャラだからなのではと穿った見方しか出来ない自分もいた。けれど、彼の眼差しを見ていればそんな事は無く、私はこの甘やかしてくれる彼に次第に絆されてしまっていた。
会えたらやはり嬉しいし、もっと一緒に居たいと欲も出てしまうぐらいに。
彼との時間が、屋敷から出られない私の大切な時間になったのは当然であったし、そうなるのにさして時間もかからなかった。だって、私は幼い頃から彼しか見ていなかったのだから。
それに気付いたのは、随分後になってからだったけれど。
でも、気持ちが大きくなるに連れ、それと同時に死に対する怖さが増して行った。
私が死んでしまったら、こんなに愛してくれる彼が本当に壊れてしまう。
だから私は距離を置く事にした。心の距離を。
淑女らしくあれば、良い距離を保てるだろうと、勉強は特に努力した。
運動は苦手だけれど、ダンスだって、さっぱり分からない魔法理論だって、何だってがむしゃらに勉強した。
もし、いざその時になった場合、自分の身を守れる様になる為に。
けれど、年を重ねる事に不安は収まるどころかどんどんと大きくなって行った。
どんなに頑張って勉強しても、私はアンチ魔法以外何も使えない。
足だって然程速くない。
このままでは討伐試験で逃げ遅れるのは目に見えているし、かなりの数の人数が巻き添えで亡くなるだろう。
どうすれば良いのか分からない私が、学園入園の前にやれるだけの事はやろうとスチュワートのご機嫌伺いをやっとの事で両親から勝ち取り、学園へ出向いたのは、14歳を迎える年だった。
そこで初めてラナのあの赤い髪を見た瞬間、私は思い出したのだ。
彼女は悪役令嬢でもなく、攻略対象に恋慕もしない騎士然とした女性で、スチュワートの護衛になる人。
強く、気高く、偶に毒舌ながら、只スチュワートを護る事を忠実に遂行する稀代の竜使い。
そう思ったら、私は護衛の制止も聞かず、訓練場へと足が向いていた。
突然現れた私を、彼女は鍛錬後なのか汗を拭きながら目を丸くして見下ろしていた。それもその筈で、小さな少女が足を運ぶ場所ではなかったから。
けれど、私は全く気にならずに彼女だけを見上げていた。
『貴方の髪、薔薇の様に綺麗ね。どう? 私に拐かされてみない? 貴方が居てくれたら、毎日薔薇を愛でるみたいで素敵だわ』
自分でも驚く程すらすら出た台詞だった。
彼女は更に驚いた様に目を見開いたけれど、驚いていたのは私も同様だった。
だって、あの意思の強そうな真っ赤に燃えた髪。
本当に薔薇の様だとは思ったけれど、だからといって口説き文句が出て来るなんて思ってもみなかったから。
その後、護衛に発見され私は連れ戻されたのだけれど、名前を名乗るのも忘れなかったし、スチュワートにそれとなく言っておくのも忘れなかった。
彼女はきっと既に王宮騎士団から打診が来ている筈。けれど、彼に譲る気は無かった。
未来の事もそうだけれど、彼女が来てくれたなら、きっと楽しそうだとも思ってしまったのだから。
その後、エストルド家に来た彼女がスチュワート以上に私をねこっ可愛がりしたのには、少しだけ驚いたけれど。
彼女のお陰で、未来の自分の死が薄れる気がしたのは確かなのだ。
そして、それは現実になった。そう、全ては彼女の頑張りのお陰で。
だから、彼女にはどんな事をしてでも幸せになって貰いたい。
私はいつだってそう思っている。
「どうかされまして? アリアナ様。ご気分が優れないのですか? 」
目の前の彼女は心配そうに私を伺っている。相変わらず、自分よりも私を大切にしてくれる人だ。
「いいえ、大丈夫。貴女を口説いた時を思い出していたの。あの時の貴女の髪の綺麗さと言ったら、本当に衝撃的で……」
そう言えば、彼女は直ぐに真っ赤に頬を染めるのだ。相変わらずいくつになっても初心を忘れない可愛い人。
「何を仰るのですか、アリアナ様はっ! どんな美しさも貴女様の前では霞みます。今日はご自身の美しさを発揮する日ではないですか!! 私の事などは良いのですっ」
照れ隠しに少し声が大きくなるのも何時もの事。そんな彼女を見て、私は口角が上がってしまっていた。
「そう、そうね。今日は晴れの日だもの。貴女も身重の身なのだから、無理はしないでね。今日だって貴賓席に座っていれば良かったのに……」
彼女のお腹は臨月を迎えていて、ドレスが大きく膨らんでいる。本来なら式など参加せずに休んでいて貰いたい所なのだけれど、準備を手伝うと頑なに頷かなかった為、最後のベールを掛けて貰う所だけ手伝って貰ったのだ。
「ふふ、今日ぐらい様子を見てくれますよ。だってきっと私の気持ちが聴こえている筈ですから」
そう言って彼女は大きなお腹を優しく撫でる。
「まあ、今から親馬鹿を発揮しているのかしら? 困ったお母様ですこと。……名前はもう決めているのかしら? 」
「男の子ならデイビット。女の子ならシャロンにしようかと思っております。本当ならアリアナ様から一文字貰って……」
「大事な貴女とガイ様のお子に私の名前を使わないの。……良い名前だわ、きっとラナに似た元気な男の子が生まれるんでしょうね」
そう私が言えば、彼女は大きく目を見開いた。
「お、お嬢様……それって、まさか……」
「さあ? ふふふ、どうかしらね? 」
私はおかしくなって、メイクが崩れない様に笑いを堪えた。
もう私の見知っている運命なんて無い。
これは私の、女の勘だ。けれど黙っておく事にしようと思う。
当たっていても、外れても。きっと良い笑い話になるに違いないのだから。
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後書き
ラナがデイビッドを産む前と前後しています。アリアナとスチュワートの婚姻式での一幕でした。
この後、ラナが2人目を妊娠中にアリアナも身籠り、ラナが乳母になると言い出してガイを困らせるのはまた別のお話です。
ここまでお読み頂きありがとうございました。おまけのおまけシリーズは要望があり、書ける限り追加しますが一先ずここでお終いです。
拙い文章にも関わらず最後まで読んで頂き、星や応援まで頂けて感謝の言葉で一杯です。
またおまけか、新シリーズか、「剣姫と年下殿下〜」をゆるりと更新して行くかします。
どうも、一度思い立つと書き終えるまで寄り道してしまう私ですσ^_^;
こんな奴ですが、今後とも宜しくお願い致します。
私の敬愛するお嬢様は、天使の様な悪女でございます。 芹澤©️ @serizawadayo
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