第2話



……あの後直ぐにアリアナ様は学園長にお茶会と称した勉強会や、見学会開催についての利点や、注意事項、あくまでも学生としての領分からはみ出す事は無い事など、要点を分かりやすく且つさも開催する事がどれだけ魅力的なのかを説きました。


正直、お孫様のメルニム様は必要でしたの?と言う程、信頼の厚いアリアナ様は反対される事も無く、学園長直々に許可を得ておりました。

そもそも、アリアナ様は定期的に「白百合の茶会」という、ご自身主催のお茶会を開催しておりましたから、その延長線上だろうと、簡単に許可が出たのです。


「白百合の茶会」は学園に通う子女達には憧れの会でございます。固定の顔触れでは無く、希望者や、お嬢様の気に止まった方など、選別は多岐に渡りますが、皆様招待されたがる、招待される事が栄誉でもあるそのお茶会。今迄は勿論女性のみの会でございました。


それが、これから、殿方も交えての交流会となるのです。これは、学園に波乱いえ、大きな嵐を巻き起こす事請け合いです。ですが、何が起ころうとも、私はお嬢様に付いて行くだけでございます!




勉強会開催についての会議中、お嬢様のご友人であるエレーネ様もキャンベル様、そして先程は別行動されておりましたセティル様にジルエッタ様も、期待の眼差しをお嬢様に向けておいでです。


夜会や、公的な茶会では殿方と接する機会もございます。しかしながら、特定の方に懇意に長々とお話しする事は憚れます。それは婚約者が有無に関わらずです。2人きりで逢瀬をするのは、恋人候補であると邪推されてしまうからに他なりません。すると自動的に家との問題に発展してしまいます。


これが仕事上であればまた話しは変わりますが、なるべくなら避けた方が得策ですね。


しかし、では1対1で無ければ……なんて、1人の方に皆様で群がるというのも、淑女としてはあまり良い行動とは言えません。


けれど、勉強会なら。


講師として会いたい方をお呼びしたなら、それは誰も責める事は出来ません。学園で勉学の追究をするのに、制限など掛けられる筈もありません。その方に婚約者がいらっしゃるなら節度を保って距離を持てば良いのです。そして遠くから愛でれば何の問題もございませんから。私のお嬢様観察と同じですわね。ほほほ。



「皆様が皆様、婚約に納得していらっしゃる訳ではありませんからね。それぞれの婚約について情報交換されるのも、1つの形だと思いますの。良い形に転がる場合もありますでしょう? 」



と仰っていたアリアナ様の表情はやけに艶めかしく、皆様ほう、と感嘆の声を上げてらっしゃいました。当然でございます。

けれど、私は一筋、冷やりとした寒気が走るのでした。

なんて事無い風に仰っておりますが、お嬢様は物凄い切り込みを入れられております。婚約をまるでお菓子を取り替えっこしましょう、といったニュアンスですものね、その言い方ですと。


……ところで、何故この場にメルニム様は仕方ないとして、オズワルド様迄いらっしゃるのでしょう? お昼でのキャンベル様のお言葉が気にでもなってしまったのでしょうか。


ちらちらと盗み見てキャンベル様を気にするぐらいならば、ミレニス嬢とうっかり庭園で2人で会話したり、贈り物なんてしなければよろしいのに。阿呆ですわ。……こほん、失礼でしたわね。

キャンベル様は勉強会のお話しに夢中になってオズワルド様をガン無視ですし、これはこれで良い罰なのかも知れませんわね。良いぞ、もっとやれ。



そうして、私が人間観察で空気と同化している間に、今回の勉強会の講師は…な、何とベッティーク伯爵子息に決まりました! 彼はピアノの名手です。最初は様子見に音楽鑑賞会になった様なのです! 何という事でしょう!! 彼のピアノは同じ級友か、彼の私的な茶会に招かれた方しか聞けないと言うのに、私にそんな幸運が!!


開催日は10日後……待ち遠しくて仕方ありません!!




ーーーーーー





「貴女の楽しみなど興味は無いんだが、レイン先輩……」


そう言って渋いお顔をされるのはスチュワート王太子殿下でございます。


アリアナお嬢様が寝台に入られる迄しっかりと見届け、使い竜のホムラを枕元へと寝かせてから、私はこの男子寮と女子寮の間にある談話室でも、爵位が高位な家の方しか使用出来ない個室へと足を運びました。


私如きが殿下の侍女からお茶を淹れて貰い、接待されているのも何だか可笑しなお話しでございますね。後ろにガイが控えているのが気に食わないのですが、彼は殿下の護衛ですから、仕方がありません。


「貴女には、アリアナの暴走……いえ、好奇心のまま突っ走るのを止めて貰いたかったのですが、残念です」


やれやれ……みたいな雰囲気ですが、ここは敢えて言わせて頂きます。


「元はと言えば、殿下があんな所でのんびりお話しなさっているから、こんな事になるのです。いえ、そもそも自身の行動を肯定してしまうのが……いいえ、アリアナ様以外の方とお話しなさるからこんな事になってしまったのです。責任を擦り付けられても困りますわ。この甲斐性なし」


最後は流れる様に小さく言わせて頂きました。不敬? ほほほ、「レイン先輩」と殿下が仰るから、先輩らしくした迄でございます。


「大体、噂をアリアナ様のお耳に極力入れない様にしていた私の努力が分かりまして? エレーネ様は情熱的な方ですから、噂には大変お怒りになってアリアナ様に行動する様促しますし、セティル様はご自身の婚約解消をしようと画策致しますし。それをアリアナ様が諌めておられたのですよ?! 全部、ぜ・ん・ぶ! 殿下の不手際にございます」


「………」


「言い過ぎだ、ミス・レイン。殿下が落ち込んでる」


「いや、落ち込んでいない、変な言いがかりはよせ」


殿下はガイを睨みますが、ガイは気にしておりません。昔から、ガサツな奴なのです。ん? ガイが居たのですから……


「そもそも、私達が近付いていたのを分かっておいででしたのでしょう? 何故場所を移しませんでしたの? 」


ちらりと殿下の尊顔を伺えば、明後日の方向に視線を泳がせております。ガイは魔法騎士です。探知魔法は常に展開している筈……なのに何故?



「……特に場所を移す理由を提案出来なかったので、仕方がなかったのです」



何だか歯切れが良く無いですけれど……年下の殿下を虐めても可哀想ですからね、私は知らない振りをして差し上げます。

大方、アリアナ様に焼き餅を焼いて頂きたかった所なのでしょうけれど、甘い! 甘すぎです。みたらし団子もびっくりの甘さです! 入学当初はこんな愚策を講じる方では無かった筈だと記憶しておりましたが、思春期は人を変えてしまうのでしょうか。


……違いますね、アリアナ様がそうさせるのでしょう。全く、罪なお方でございます、アリアナ様。



「それより、アリアナが目立って行動すると他の公爵家が煩そうなのだが、大丈夫そうですか? 」


他の公爵家には二家に殿下と丁度良い年頃の令嬢がおられます。


アリアナ様との婚約はアリアナ様が5歳、殿下が7歳の頃には決まっていたとお伺い致しましたから、今は他の反対意見は沈静化しております。しかし、自分の家の娘を王太子妃に据えたいのは公爵家どころか、他の高位貴族でも同じ事。

けれど、エストルド家に喧嘩を表立って売る阿呆は居ないですけれどね。


「つつがなく、処理致します。私は何処までもアリアナ様の付き添い人ですので」


「貴女が付き添い人で居てくれると此方も安心です。アリアナの事を宜しくお願いしますね? 」


貴方様に言われなくとも私の全てで持って行うのですけれど。仕方ないので、にっこりと頷いておきましょう。


「アリアナ様の事はご心配を無く。それよりも、あまりに噂が蔓延する様でしたら、我が領地の飛竜は当面献上を止める事に致しますので、殿下もお心に留めて置いて下さいませね? 」


「これは手痛い。心配せずとも、アリアナの勉強会の噂で学園は持ちきりになるでしょう。私の噂など吹き飛んでしまう。全く、ここまで漕ぎ着けたのに……」


最後は声が小さくて聞こえませんでしたが、懲りていない様で残念です。私はアリアナ様の意向に従いますから、殿下の気持ちは二の次ですから、どうでも良いのですけれど。


「それでは、お話しはそのぐらいでしょうか。そろそろ私は戻っても? 」


「ああ、夜分遅くにありがとうございました、レイン先輩」


「殿下でしたら、私を先輩扱いせずとも宜しいでしょうに……」


私がそう言えば、殿下は柔らかく微笑みます。普通の婦女子なら顔を赤らめる場面です。普通なら。


「アリアナの気に入っている人には、私も仲良くして頂きたいですから。それに、学生気分で良いじゃないですか。後少しで終わってしまいますから」



確かに、殿下は卒業したら陛下に付き添い国政に携わります。そしてアリアナ様の卒業を待って婚姻の流れです。そう思うと、2年アリアナ様を学園に残すのは心配なのでしょうけれど……。私は黙って礼をすると、部屋を後にしようとして……


「ミス・レイン。寮まで送ろう」


ガイが話し掛けて来ました。余計な気遣いです。あ、気遣い出来るだけ成長したのですね。王太子護衛としては及第点をあげたいところでしょうか。


「結構でございます。そもそも、女子寮の入り口は目と鼻の先ではありませんか。ミスター・セレンディスは殿下の護衛なのですから、お側を離れませんよう。お二方、お休みなさいませ」


そう言って、私は部屋を後にしたのでございます。お嬢様の続き部屋へ戻り、安全を確認しなければなりません。ホムラが居れば大丈夫ですけれどね。


私は足早に部屋へと向かいました。




ーーーーーー




冷たい音を響かせ、個室の扉が閉まった。



「相変わらず気が強い女だ」


俺が何の気無しに溜め息混じりに呟けば、スチュワートが女が好みそうな顔を崩し、ふふ、と笑う。


「流石、歴代でも最高成績を叩き出した。希代の竜使いだ、魔力の流れが安定して女子寮へと流れていたね。警戒を怠らず、けれど纏う雰囲気は柔らかく。あ、ガイには常にキツいけどね」


「……ほっとけ。初手を間違えたのは分かってる」



あいつが俺と顔を合わせる度に嫌そうな顔をするのは、あれは入学して直ぐの手合わせの時に俺がやらかしたからだ。

魔法騎士として騎士科を専攻して来たあいつと当たった時、俺は油断していた。噂のレイン家とはいえ、女人だと思って相対した俺は、自分が膝を着く結果となったのだ。


俺を立たせようとして手を差し出したあいつに、俺は言ってしまったのだ。『お前、この調子だと嫁に行けなそうだなぁ……』と。そう言った時のあいつの顔と言ったら……。『は? 死にたいんですの? お手伝い致しますわよ』そう返されたのも意外で俺は驚いて面白かったんだが……。


「ちゃんと俺以外にって言ったんだがなぁ……」


「ん? また後悔してるのかい? 部屋でやってくれないかな、面倒だから。さあ、私達も部屋へと戻ろう」


「………」


俺は黙って扉を開けてやる。

全く、スチュワートは昔からさっぱりとした性格の奴だ。そこが良いとは思うのだが、きっとあいつ……ラナは分かっていない。大方、アリアナ嬢に焼き餅を焼いて貰いたくて噂を撒き散らしているとか思っていそうだが、このさっぱりな奴の面は身内に垣間見せるものの、もっと底の、奴の内側を知ったらあの才女だ、女史だとそやされたラナ・レインですら裸足で逃げ出すに違いない。



「アリアナにも困ったよね、もう少し会う時間を作らないといけないかな? 」


「スチュワート……殿下の御心のままにお好きにどーぞ」


冷たい奴だなぁ……と、奴はぶちぶち言うが、俺の知った事では無い。全く、天下の王太子に向かって、他の男と交流を持とうなど良く言えたものだと思う。これが故意でないのなら、相当たちが悪い。まあ、故意だとしても相当悪いが。



あの希代の竜使いをあそこまで手懐けるのだから……少しその手練手管をご教授賜りたい……なんて思って、俺はまた自嘲気味に溜め息を吐いた。



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