第3話


ふ、ふふふ。ふふふ…はっ!! いけないいけない。私とした事が!



今はアリアナ様主催の「黒百合の会」の最中です。



「白百合の会」は女性のみ。男女交える交流会では「黒百合の会」と命名されたそうです。

講師として呼ばれたベッティーク様は、その見た目、しなやかな指の動き、全てがピアノを弾く為に生まれて来たと言っても過言では無い程に華麗でございます。


音色が素敵なのは当たり前ですが、弾いているお姿を拝見しているだけで夢心地なのです。私も危なく意識が何処かに行ってしまうかと思いました。

在学中は勉強一筋でございましたから、今更ながら、もっと同級や学園の男性に目を向ければ良かったと思います。あの頃は、騎士科に強い方々が沢山いらして、魔法や剣を交えるのが楽しくて仕方がなかったものですから、私は随分と子供だったのだと思います。ああ、勿体ない……。


生まれた時からの相棒であるホムラも、奏でられる音色に尻尾をゆらゆらとさせながら、私の肩の上で眠っております。昨夜はお嬢様の寝台で一緒に寝ていたというのに、相変わらず良く眠る子です。


今日参加された御令嬢方はいつものお嬢様のご友人と、もう3人。

今日は試しの会ですから、内々という小規模な催しです。が、何故かオズワルド様がいらしております。よっぽどキャンベル様の発言が気になってしまったのですね。ほら、自分にされて嫌な事は人にしない。良い教訓になったでしょう。キャンベル様はベッティーク様に夢中で、相変わらずオズワルド様をガン無視ですけれど。


オズワルド様は想定外のお客様でしたが、他に子爵家と男爵家の令嬢お二方をお招きしております。この方々は直接的にアリアナ様とは繋がりがありませんけれど、顔が広い事で有名なお二人です。「黒百合の会」の宣伝に抜擢されたのでしょう。抜かりのない所が、お嬢様の良い所にございます。


高位の貴族には自然と噂が行くのでしょうが、交流の無い中位〜下位貴族にも知って頂ければ、より幅広く講師も呼べます。そしてお客様も。ゆくゆくはどんな規模になってしまうのでしょう、「黒百合の会」は……。


ベッティーク様も友人として他の伯爵子息と子爵子息をお連れしていたのですが、これがまた美男子で驚きました! やはり美人は美人同士で集まるのですね。でも、やはりベッティーク様の輝きは別格でございます。



頬の緩みを何とか抑えつつ、私は音に聞き入るのでした。




その後もお茶を飲みつつ和やかに談笑して、「黒百合の会」はつつがなく終えました。


先ず、御令嬢方を見れば手応えは上々かと思われます。最後の挨拶を交わして、皆様貸し個室から出て行く際に、オズワルド様がキャンベル様の手を取りました。


「キャンベル、話しがある。」


おお、これはオズワルド様、覚悟を決めたお顔をされております。キャンベル様のベッティーク様を見つめる表情はとてもうっとりとしておりましたからね、ヒース王子が呼べたらもっと面白い事になっていたでしょうに……駄目駄目、面白がっては。


「何ですの? 私はこれから皆様と反省会と次回の予定を立てたいのですけれど……」


「な、君はまだこの如何わしい催しに参加すると言うのか?! 」


「まあ! 如何わしいとは心外ですわ、オズワルド様。これはあくまで交流会ですわ。今日はピアノの音楽もそうですが、作曲者の曲に垣間見れる心情や、音楽の歴史まで事細かに勉強出来たではありませんか。これは専攻していなければ習わない勉学ですのよ?それだけで、今日の交流会は意義あるものだと思いませんか? 」


「……アリアナ嬢、しかし、あの様に男性を講師に呼び、婚約者がいる女性達の前に立たせるなど、風紀を乱します」


何をご自分を棚に上げて言っているのでしょうか、この方は……。まあ、囁かれるのは噂ばかりでしたから、実質浮気はしていなかったのかも知れませんけれど、アリアナ様に文句を言うのは筋違いだと思います。私が間に入ろうと身動ぎすれば、アリアナ様が手でそっと合図をされました。私はそれに従って、下がります。


「ふふ、面白い事を仰いますのね、オズワルド様。けれど、私スチュワート様から肯定して頂きましたし、この催しは学園側に許可も頂いておりますのよ? 」


「っそれは……っそうですが……」


そうでした。大体、先に好きにしていたのは王太子殿下の方でしたね。


「そもそも、何を焦ってらっしゃいますの、オズワルド様。確かにベッティーク様は噂に違わぬ美丈夫でしたけれど、婚約者だからと胡座をかかずにきちんと信頼関係を築きあげていれば、どんな美丈夫が現れようと心配する事は何一つ無いのです。その焦りを女性側にぶつけるのはお門違いと言うものでは無くって? 」


「っ!! 」


「アリアナ様……」


そうですね、最近口にしなくなりましたけれど、キャンベル様だって入学してからのオズワルド様の噂は不満に思ってらしたのですから、一々文句を言われたく無い筈です。


「と、言うわけですから、少しおお二人でお話しなさっては如何でしょう? 幸い、この個室はまだ後1時間余分に借りております。学園の使用人にも伝えておきますから、お茶をされると良いのでは?キャンベル様もピアノが得意でらっしゃいますから」


「まあ、覚えて下さっていましたの? 」


「当たり前ですわ。私達、何年のお付き合いだと思ってますの? ささ、募る話しもありますでしょう。オズワルド様、何故そんなに焦ってしまわれたのか、胸に手を当ててよくよく考えてお話し下さいね? それでは、お二方、ご機嫌よう」


オズワルド様は眉間に皺を寄せてらっしゃいましたが、キャンベル様に促されると何処かほっとした様に顔を綻ばせて礼をしました。

何だか少しすれ違っていただけの様で、安心致しました。近場での婚約破棄騒動はやはり見たくありませんものね。それを言えばセティル様が秒読み段階かと思われますけれど……。


まあ、私が心配した所で仕方のない話しですし、お嬢様がご機嫌良く微笑んでらっしゃいますから、今日はお嬢様の笑顔とベッティーク様の横顔を思い出すだけで、良い夢が見られそうです。



「次はどなたが良いと思う?ラナ」


一人うきうきしている私をくすりと笑って、アリアナ様が魅惑的な事を仰います。私が決めて良いのですか? ……あれ、お嬢様……ひょっとして……?


「……もしかして、今日の講師は……」


「ラナの好みかしらと思って、お願いしたのよ。素敵な方だったわね。浮き足立つ事も無く、紳士的で、けれど擦れて無くて……」


私が浮き足立っておりましたが?! 何故私の好みを知ってらっしゃるのですか、お嬢様!! いえ、ここは澄ますのが淑女と言うものですね!


「確かに、年の割に落ち着いた方でいらっしゃいました。ベッティーク様の婚約者様は何と? 」


「あんなんで良ければいつでもどうぞと仰っていたから、きっとあのお二人は仲良しなのでしょうね。その代わり、機会があれば招待して欲しいと約束させられたけれど」


「まあ。これはどなたも介入出来ませんね。きっとベッティーク様のあの落ち着き様は、婚約者様のお陰でしょうか。羨ましい限りです」


はあ、と思わず溜め息が漏れてしまい、私は慌てて口元に手を添えました。お嬢様は咎める事も無く、前を向いておられます。



「アリアナ様、此方ですわ。丁度席が空いておりました」



そう言って私達の元へ戻られたのはセティル様でございます。

今日は学園のカフェで次の講師の方を選択するのです。次はヒース王子…キャンベル様のご様子ですと、王子をお呼びすればオズワルド様が激怒なさいますかしら? それとも、参加事態に難色を示したり……。

小さな嫉妬は見ていて可愛らしいとも思います。恋模様は当事者よりも傍観者の方が楽しいとは本末転倒な気も致しますが……やっぱり楽しいものは楽しいから否定出来ません。


「ラナ、早くいらっしゃい」


あら、想いに耽って足が遅くなっていた様です。お嬢様の椅子を引いて差し上げなければ。ホムラも食べ物の匂いに釣られて、私の頭上をパタパタと飛び回り、私に付いて来るのでした。




ーーーーーー




あれから2週間。



……どうしてこうなったのでしょう。私、今懐かしい訓練服に身を包み、剣を携えております。



「……お手柔らかに頼む」


そう言って礼をするのは、セティル様の婚約者、騎士科の成績優秀者、伯爵子息ガウェイン様です。



「此方こそ、宜しくお願い致しますわ、ガウェイン様……」



ここは学園の騎士科専用の訓練場です。円状になった訓練場の周りには、観覧席が儲けてあり、そこには御令嬢が所狭しと座っておられます。そして黄色い声援が聞こえます。結局、2回目の交流会はガウェイン様を講師にと決まったのですが(セティル様は最後まで反対しておりましたが…面白味が無いと)、今度は何故か私がガウェイン様の指名を受けてしまいました……。


確かに騎士科ですから、実演するのが一番ですけれど……お嬢様から離れるなんて許容し難い任務です。しかし、護るべき主人その人から頼まれたのなら私に拒否権はありやしないのです。ホムラをお嬢様にお預けして、私は今この場に立っている訳でございます。


「私も魔法騎士ですので、遠慮なく。希代の竜使いとの噂、この目でしかと確かめたい」


「は、はあ……。期待に添える様に頑張りますわ」



今手元に竜はおりませんけれどね。


これは、あれですか? 殿方に華を持たせた方が……? しかし、アリアナ様の付き添い人として負けられませんし……。何が正解なのでしょう。



渋々ながら、私も騎士の礼を返しました。



始まりの号令が会場に響くと同時に、私は剣を鞘から抜いたのでした。


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