第4話


私は飛竜の生育地、山深いレイン領に生まれ落ちました。飛竜を護り、育成する以外は特に何の特長も無い土地でございます。


竜は高魔力保持生物の筆頭です。飛竜一頭で、戦況では馬百頭以上の戦果を挙げるなどと言われます。それ故に、管理や育成などと凡そ自然の摂理から外れた真似事をしている罪深い面も持ち合わせております。


しかしながら、それを生業として長らく生きていたレイン一族は、飛竜と結び付きが高く、稀に番とは別に「片割れ」などと呼ばれる者が生まれます。飛竜と人間。何方にも同じ時期、同じ魔力属性で生まれた「片割れ」は高い魔力を持ち、他の一族とは別格の絆で結ばれます。


私もホムラの「片割れ」として生まれて来た為、今代の飛竜の出産率は上がるだろうと期待されております。何故なら、ここ80年程「片割れ」が居ない事に起因しておりますから。しかし、それ故に期待と共に厄介事も多く、我が一族は昔から爵位は「子爵」に留まった変わり者の一族でもあります。


人間、何もかもを持ち過ぎると要らぬ波風が立つものですからね。レイン家は、それを一等嫌う傾向にあります。




さて、話しが逸れましたが、目の前のガウェイン様。



剣の太刀筋、判断力、誠に完璧でございます。しかしながら、悲しいかな彼の属性魔法は風。私の得意魔法は火ですから、私の魔法が有利なのでございます。


先程からセティル様の心配そうなお顔が視界の隅に映ってしまって、私は決めての一手に欠けており、正直困った状況です。お嬢様をちらりと盗み見れば、扇子で顔半分を隠されて表情が読めません。私の判断に任せる……ということなのでしょうけれど、ちょっと困ってしまいます。


しかし、こういった催しは見せ場も必要かと存じますから、私は少し反撃してみせます。


見た目は派手ですが、あまり意味が無い炎の渦をガウェイン様に纏わせてみます。


あ、セティル様がお席から立ち上がってしまいました…。やり過ぎましたか?! そう思って余所見をしていた私に、厳しい視線が刺さり、私は顔を其方に向き直しました。


「……貴女は、私を侮り、辱しめたいのか?! 」


「……いいえ。そんな事は」


少し長引かせ過ぎたのかも知れません。炎を散らせたガウェイン様がお怒りの様なのです。ど、どうしましょう……。



「ガウェイン様っ」



セティル様が叫んでおられます。

淑女としては余りに珍しい行動なのですが、何だかんだ、婚約者が心配なのでございますのね。不仲説は嘘だったのでしょうか。ガウェイン様は時たま、ミレニス嬢と他の方々の輪に仏頂面で混ざっていたのが目撃されておりました。それでセティル様も憤慨されていたのですけれど…。


…けれど、この方。どう考えても、筋の通った事しかしない主義っぽいんですが?



「っ、セティル! 恥をかかすな!! 黙って見ていろ!! 」


まあー!! あれですか、漢気見せてるつもりですか?! 確かに観覧席から降りて来られては危ないですけれど、もう少し言い方ってものがあると私は思います。さあ、次はどう致しましょう?




「ミス・レイン!! 」



響いた声は、最早怒号とも取れる怒気を重ーく孕んでいて、私の体がぴくりと反応しました。……どうしましょう、ここで聞こえない筈の声が聞こえてしまったんですもの。私、ちょっと疲れたのでしょうか? まだ魔力が枯渇する程でも無いのですけれど……。



「……真剣勝負に手を抜く暴挙、それでも貴様は竜使いの魔法騎士か?! 恥を知れ! 」



……なんて事。

声の主、ガイに言われるのはとても癪ですが、確かに私はずっと失礼な行いをしておりました。これでは、アリアナ様の品位に傷が付いてしまいます!!



私は魔力を集中させ、ガウェイン様の真っ直ぐなその目を捉えました。



「……ガウェイン様、申し訳ございませんでした。……なるべく耐えて下さると助かります」


「……ご配慮感謝する」


私は訓練場ぎりぎりまで広がる、空まで高く聳える炎の竜巻を発生させました。出来るだけ、炎が一箇所に留まらない様に頑張ります!!

ガウェイン様に纏わりつく竜巻。必死に風魔法で散らせようと試みているみたいですが、炎に勢い付けてしまいます。彼が飲み込まれ、体が宙に浮きそうになって、私は魔法を霧散させました。


呼吸出来ずにいらしたガウェイン様が炎から解放されて、膝を折り噎せております。温度はそこまででは無かった……筈です。私はガウェイン様に手を差し出しました。



「呼吸の他に体に違和感はございますか? 」


「……いや、っは、だ、大丈夫だ。……完敗だ」



そう言ってガウェイン様が手を取って下さったので、私も一安心でございます。すると、わっと拍手が降り注いで、私達は観客席に視線を移しました。


……そこには、立ち上がって拍手をしたり、ひそひそと顔を合わせお話しをする御令嬢の中、涙目のセティル様と、極上の微笑みを浮かべた我が主人が見えます。なんと神々しいのでしょう。私の取った行動は正解の様で、私の任務もこれにて終了です。




「ガウェイン様っ! 」


セティル様が観覧席から小走りで降りてらっしゃいます。ガウェイン様が慌てて駆け寄りました。


「馬鹿者! 危ないだろうっ淑女が階段を駆け下りるなどっ! 」


「ここでそんな言い方があって?? 」


涙目のセティル様のご意見も最もでございます。もう少し優しくして頂きたいですね、涙目のセティル様……いつもよりとっても可愛らしくて…ではなく、お可哀想ですから。


「ありがとうございました、ガウェイン様。お体に不調はありまして? 」


優雅に階段を下りていらしたお嬢様が、ガウェイン様ににこりと微笑みかけております。


「此方こそ、貴重な時間を頂き感謝します、アリアナ嬢。体はこの通り、平気です。しかし、こう言ってはなんだが、あまり淑女に見せるものでも無いでしょう、魔法騎士のり合いなど」


「そう言って、女性には分からないだろう、危ないだろうと何でも黙ってやり過ごすと、こじれるんですのよ? 人の心は言葉にしなければ分からないのです。態度だけでは女性の心は満たされないのですから」


「そう、ガウェインはいつもいつもそう! 黙ってばかりで、私に何も言ってくれない。私はそんなに貴方にとって取るに足りませんの?! 」


「セティル……いや、セティ、そうでは無くてな」


ふふふ、ガウェイン様もたじたじでございますね。凛とした騎士様も可愛い女性には敵いませんのね。涙目のセティル様は瞳がきらきらして、頬が蒸気していて可愛さが増しておりますから、まともに直視出来ていないじゃないですか。照れてらっしゃるんですね、初々しい。


「セティル様、ガウェイン様。後は任せて、お二人は念の為に医務室へ向かうべきですわ。うちのラナが誠にお世話になり、改めてお礼申し上げます」


お2人は同時に礼をすると、セティル様を伴ってガウェイン様は学園の方へと戻られました。彼の腕にはしっかりと彼女の腕が回されております。これは……つん、な彼女と寡黙な彼との拗れ話だったのですね。



扇子で口元を隠したお嬢様が、そんな2人を見守りながら、すすすと私の側へと寄って下さいます。


「ちょっと見せ場を盛り過ぎね? ラナ」


「良い機を見付けられず……申し訳ございません。アリアナ様」


私は素直に頭を下げます。確かにちょっと判断が甘かった自覚がありますから。


そこへ、居るはずの無いお二方が現れ、声を掛けられました。……あれは幻聴では無かったのですね、残念でございます。私はゆっくりと姿勢を正しました。


「アリアナ、今日も大盛況だったみたいだね。ミス・レインも見事だった。貴女はもう少し騎士科に顔を出しては良いのではないかな? 」


「スチュワート様、お褒めに預かり光栄ですわ。次回はもう少し規模を大きく出来たらと思いますの! 」


「もうそれは学園行事になってしまわないかい? 大体、今日だって私も呼んでくれても良いだろうに」


「まあ! ご興味がおありでしたのね? でしたら、スチュワート様は講師としてここぞ! という時にお願い致しますね? 」


「それまでは呼ばれないという事かな? うん、もっと規模を大きくして学園行事になってくれると私としては助かる」


「そうしましたら、生徒会が忙しくなってしまわれるでしょう? それは絶対駄目です」


「それは私の身を案じてくれてるのかな? 優しいね、アリアナ」


……なんでしょう。とても仲良しに見えますのに、微妙な噛み合わなさと言うか、違和感がございます。私の気のせいでしょうか? そもそも、私は恋愛事について傍観者であっても、当事者にはなった事がありませんから、男女の僅かな機微が理解出来ないのかも知れませんね。あれ、自分でも少し悲しくなって参りました……。


「ミス・レイン」


「ミスター。先程は……」


ガイがこれ程かというぐらいに仏頂面をしております。私が言い淀んで思わず黙ってしまったのは仕方ないと思うのです。

じっと見つめて来るガイに、私は後ろめたさが湧いて視線を彷徨わせてしまいました。……負けた気がして嫌なのですが、見苦しい試合をしてしまったので、私とて心苦しいのです。


「あの、ミスター……」


「レイン様! 先程はとても素敵でした!! 」

「ええ、物語のどんな騎士よりも凛とされていて!! 」

「ミス・レイン! 是非騎士科の特別教諭に! 」

「あれだけの魔法を使って何故そんなに元気なのですか、コツがあるのですか?! 」


せっかく勇気を出して話しかけようとしましたが、いつの間にか淑女や騎士科の生徒達が側に寄ってらしたみたいです。私に集まっても、応えられるのは僅かですのに。特に教諭とかは……お嬢様をお護り出来なくなるので辞退致します。


「申し訳ございません、私は急ぎアリアナ様の元へと参りますので、お話しはまた……」


次々とまあ、残念、また是非、など口々に漏らして、皆様訓練場を後になさいます。一息吐けば、満面の笑みで私を見つめるアリアナ様と殿下。ガイは相変わらず仏頂面です。そんなに気に食わなかったのでしょうか。


「アリアナ、君の付き添い人はとても人気が出てしまったみたいだね」


「あら、スチュワート様。ラナは元々人気者でしてよ。ただ、それを利用しようとする方から阻止しようとする方に、影ながら守られていて気付かずに居るだけですもの。ね、ガイ様? 」


「……私に話しを振らないで頂けますか? アリアナ嬢」


一体お三方の話しは何のお話しでしょう? 私は小首を傾げますが、誰も何も言ってくれません。暫し、じっとりした空気が漂いましたが、


「ぴー…」


高い鈴が鳴った様な鳴き声に、私は意識を取り戻しました。


「ホムラ、お腹が空いたのかしら? アリアナ様、申し訳ありませんが着替えて夕食にしても宜しいでしょうか? 」


「あら、そうね。スチュワート様、残念ですけれど、私達はそろそろ……」


「ああ、では今日は一緒に食べようか、アリアナ」


「……スチュワート様……嬉しいのですけれど、そうするとラナの食事が遅くなってしまいますから……」


アリアナ様?! 私の事はお気になさらず、お二方で楽しむべきです! 久方振りの食事の誘いですよ?! 私は視線をアリアナ様に向けますが、我が主人は頷くのみでございます。違います! 大いに違います!! 任せて! みたいな頼もしさは今必要ございません、アリアナ様!! もー! たまに天然なんですからっ!


「ああ、個室で四人で食べようか。ガイが何か言いたげだからね」


殿下?! 余計な事はされなくとも結構ですよ?!


「おい、スチュワート……殿下、どうぞ私の事はお気になさらず……」


「わ、私の事もお気になさらず、どうぞお二方で食事をなさって下さいませ」


「なら、今日の慰労としてミス・レインを招待する形で」

「4人での食事会、畏まりてございます! さあ、アリアナ様!! お支度がございますから、私達はお暇致しましょう!! スチュワート殿下、ミスター・セレンディス、失礼致します!!後で使いを寄越して下さいまし! 」



そう言って、私は戸惑うアリアナ様のお手を取り、訓練場を後にしたのでございます。招待の形での食事と、学生と保護者の食事会ならば気持ち的に後者を取ります!! 私までドレスで着飾らなければならなくなるではないですか!!



アリアナ様本人には確認を取っていないですけれど、婚約者、況してや王太子殿下のお申込みですから、断らないかとは思いますけれど……。不味かったでしょうか、先程から下を向いて黙ってしまいましたし……。


うん? この兆候は不味いのでは?!


そう思って、黙って手を引かれていた筈のお嬢様が、此方を見つめているではないですか! 悪い予感が致します!!



「……ラナ」


「はい!お嬢様、何かございますか?! 」


「せっかくです。貴女も余所行きのドレスで出席しましょうね」


「え、しかしお嬢様……」


私は何時もの地味な色合いのワンピースで良いんですが。


「ね? 」


「畏まりました……」



そんな嬉しそうに言われてしまったら、私に断れる筈もございません。笑顔1つでこうも頷かせる力があるなんて、とんでもないお嬢様でございます。



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