第5話
私の髪の色は真紅色をしていて、はっきり言えばドレスの色を選びます。
だからと言って、薄桃色など可愛らしい色は好みではないですし、そうすると紺色や茶色、薄い黄色などと偏った色合いばかり普段は着ています。
騎士の訓練服は鼠色でしたから、着る者を選ばない色で重宝していたのですが、ドレスに鼠色も中々ありません。光沢のある銀色などは、お値段も張りますから、興味の無い私には手を出すつもりの無い色でございます。
今日の食事会では、お嬢様が映える色でなくては…。
お嬢様の髪色は月明かりを写し取ったかの様な銀色です。そして殆ど全てのお色がお似合いになられます。
王太子殿下の隣に佇むお姿は殿下の太陽の光の様な金色と相俟って、まるで元から隣に立つべく定められたかの様にしっくりと
本当、殿下の噂が無ければもっと素敵な思い出ですのに!
今日の食事会ではお嬢様は綺麗な濃いめの青のドレスを選ばれましたので、私は目立たない様に……と思っておりました。お嬢様が提示されたドレスは薄い緑色。優しいお色で寒色系ですので、お嬢様のドレスの色を邪魔しないので安心したのですが、このドレスは大事に取っておいた物でした。
『もし、無事にスチュワート様の卒業式をラナと一緒に参加出来る暁には、このドレスを着て欲しいの』
そう仰って、お仕えする始めの頃に仕立てて頂いたドレスでございます。長らく務めて信頼関係があるならば珍しくも無いのですけれど、その時はまだ本当に日の浅い頃でしたから、主人から仕立てて頂くなど恐れ多い事柄でございます。その時は流石公爵家だと思っておりました。
けれど、それは可笑しな話しなのです。王太子殿下の卒業式……パーティですね。それに参加するのは決まっているも同然ですのに。
しかも、何故今日着ろなどと……まあ、公式な集まりではありませんから、殿下にまた同じかと思われても、パーティでこのドレスを再び着用すれば良い話しなのですけれどね。私も実はこの色合いはとても気に入っておりましたから、内心嬉しくて仕方がありません。
「ラナ、とても素敵よ。やっぱりそのドレス思っていた通り似合っていて嬉しいわ」
そう仰っているアリアナ様は、月の女神なのかと思わせる程神々しく、私など霞む思いでございます。いえ、霞んで存在感が無くなってしまえば今日の食事会では有り難いですけれど。
「ありがとうございます、お嬢様のお見立て通りとあらば、嬉しい限りです。お嬢様の美貌の前には霞みますが。今日も素敵でらっしゃいます、お嬢様」
「もう、相変わらずラナは褒め過ぎなのよ」
「私は何時も事実を述べております。信じて頂けないのなら心外です、アリアナ様」
そう言ってお嬢様を見れば、一瞬困った様に眉尻を下げましたが、直ぐににっこりと微笑まれます。
そして、小さくありがとう、と仰いました。たまにお嬢様は困った様な、何か言いたげな表情をされるのですが、その後に続く説明の言葉はありません。私はそれに気付いた頃から、寂しさが胸を占める様になりました。
けれど、お嬢様が言葉になさらないのなら、無理矢理問うのもどうかと何時も私も曖昧に微笑み返すのみでございます。そうしている内に扉がノックされて、お嬢様了承のもと、私は扉を開けて殿下を迎えました。
「やあ、アリアナ。今日も月の女神の如く美しいね。空に帰ってはいけないから、このまま腕の中に閉じ込めておきたいぐらいだよ」
……?! どどどどうしましたか、王太子殿下?! 何ですか、そのお言葉?! 何処かの物語の中から生まれ変わってしまわれましたか?! 私の驚愕をよそに、お嬢様は柔らかく微笑んで、殿下の前に進みました。
「相変わらず口が上手い方。ですが、そんなお言葉久々に聞きましたから、何か後ろめたい事があるのかと邪推してしまいますわ」
「ふふ、何だかね。私は君が聡いから、何でもお見通しだと思っていたのだけれど、やはり人と人は言葉にして初めて気持ちが通じ合うのだと改めて思うんだよ。たまには良いだろう? ちょっとだけ人前で言うぐらいには」
「……そうですわね、でも、やり過ぎるとどうして良いか分からなくなって困ってしまいますわ。お手柔らかにお願い致しますね? 」
「最近は君に度肝を抜かされっぱなしだったからね。たまには君の驚いた顔が見たくて。少し見れたから、満足かな? 」
ええ、殿下は何時もこんな事をアリアナ様に仰っていましたの? よ、良く耐えてらっしゃいますね、お嬢様……。私には刺激が強うございます。王太子殿下はアリアナ様の手を取り、優雅にエスコートされて前を歩かれます。私も後から部屋から出て、鍵を閉めて……
振り向くと、ガイが驚愕の表情で此方を見つめていました。
……何でしょう? 今日は仏頂面やら驚愕の表情やら、ころころと珍しい顔をして。あ、仏頂面は見慣れているかしら? 仏頂面と言うよりは、普段は無表情が多い……かしらね? 仕事柄お互い仕方がないですけれど。
「あの、ミスター? どうかされまして? 」
「あ、ああ……いや、何も。参りましょうか、ミス・レイン」
敬語とかどうしたんでしょう、本当に。可笑しなガイです。
「エスコートはされなくて結構ですよ、ミスター。今日は私的な食事会ですから……。さ、私達も急ぎましょうか」
「折角綺麗に着飾ったのだから、今日は黙ってエスコートされて欲しい。お手をどうぞ、ミス・レイン」
「あの、あ、ありがとうございます……」
ええっと、つい手を取ってしまいましたが、は、恥ずかしい〜!! 何ですかこれは?! デビューでは従兄弟にエスコートされましたし、私の卒業式でも友人同士でわいわいと出ましたし、そう言えば赤の他人にエスコートされるのは人生で初でした!! 働きだしてからはお嬢様の付き添いでしたし……こんな時、何をどうすれば良いのか皆目検討が付きません!!
「……ミス・レイン」
「は、はい?! 」
「そこまで緊張されると、こっちまで恥ずかしくなる。何時もの勢いはどうした? 」
「ま、まあ〜! 勢いなどと、人をなんだと……ミスターは私をそんな風に思っておりますの?! 」
「うん? いや、お前は何時も気持ち良いぐらい言いたい事を言ってるからな、楽しい奴だと思ってるが……」
「た、楽しい?! 」
「変な事を言ったか? 」
た、楽しいだなんて大丈夫でしょうか、ガイは。私何時もつんけんしていた自覚がありますから、ガイが何故そう思うかなど理解出来ません!
「……まあ、俺のことは嫌いかも知れないが、折角の同窓生だし、職場も今の所同じなのだし、顔を合わす時ぐらいはもう少し仲良くしてくれると有難い」
前を向いたままガイからそう言われて、私はずっと頑なになっていたのが恥ずかしくなりました。
数える程しか顔を合わせていないのに、結婚出来なそうだなと言われたぐらいで何年も腹を立てていても……いや、ガイが悪いのですけれど。でももう私もガイも大人なのですから、やはりここは私が引くべきですわね。
「……嫌いなどとは思っておりませんよ。……そうですわね、今まで色々すみませんでした、ミスター・セレンディス。これから改めて宜しくお願い致します」
そう言って少し口角を上げれば、ガイはぽかんとしています。今日は本当、彼らしく無い。何処か調子でも悪いのでは無いのでしょうか。
「あ、ああ……此方こそ」
「何だ、ガイ。言いたそうな事はそれだったのか。仲直り出来て何より。ミス・レインもこれを機に懇意にしてやって欲しい。なにせ、ガイは女っ気が無いからね」
前を歩いていた殿下が後ろを振り返り、私達をからかっておいでです。中々に良い性格をされております。お嬢様の前では王太子然と振る舞いたい様ですから自重しますが、お嬢様の目の無い所では覚悟なさいませ、後輩様?
「何時も婦女子に囲まれておられるスチュワート様からしましたら、
普段、それこそミレニス嬢の噂が飛び交っていても何も申されなかったお嬢様が、ちょっと窘められました?! これは、中々見られない光景です! その証拠に、殿下はお嬢様を見下ろして目を剥いています。これも珍しい!
「……公平に仲良くするのは私の義務だよ?これも社交の一部だからね」
「? 、存じ上げておりますわ。その上で、というお話しです」
「……うーん、そうだね、アリアナはそうだよね。これはとんだ薮蛇だったなぁ」
殿下ったら、ざまぁと思ってしまった私は心が濁っておりますかしら? ほほほ。相変わらずお嬢様は殿下に公平と言うか、こう……ドライなのです。幼馴染の様なものですから、こんなものなのかと始めは驚いたものです。今となっては寧ろ、ドライな関係で良うございました。
確かに過去、殿下の入学当初は学園中がお祭騒ぎでしたし、婚約者が学園に居ないのを良い事に、擦り寄ったり色仕掛けしたり、既成事実を作ろうとしたり……全て友人からの情報ですが、色々と画策した方が多かったらしいのです。
知らぬ内にそういった方々はある日ご両親の仕事関係で学園から居なくなったり、ぱったりと殿下に近付かなくなったり、とにかく不思議なことが続いて、その後の殿下の学園生活は穏やか……とは言えないものの、落ち着いたものと記憶しております。
……私が当時からアリアナ様の付き人でしたら、在学中は殿下に言い寄る不届き者など千切っては捨てていたものを……それだけは少し歯痒く思っております。
しかし、今年の殿下はちょっと不可解な行動が多いのです。お嬢様との時間は程々に、上位貴族の令息令嬢と急に親しくなられたり、かと思えばミレニス嬢と懇意にされたり。確かに、ミレニス嬢は才女ですから、将来的に王城勤務に誘う為に今から口説いて? も可笑しくない話しですけれど、それとも違う様ですし……。
自身から動かれる、と言うのがどうにも違和感があるのです。
……まさか、本当にまさかですけれど、あの可愛い容姿にころりとやられているのでしょうか?! だとしたら、由々しき事態です!
それでお嬢様を泣かせる事になりましたら、私が持てる力を全て使ってでも殿下に鉄槌を下しますけれどね。そして逃げ切る自信もございます。いざとなれば国を出て……
そんな不穏な事を思っている間に、私達は用意された個室に通されたのでした。
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