第6話
私も変わり者の多いレイン家で育ったとはいえ、仮にも子爵家。マナーは一通り習得しております。しかしながら、いくら王太子殿下がまだ学生の身とはいえ、王族と食事など当主以外には考えられない事態でございます。
まあ、学園生活ではレストラン内に王族と上位貴族専用のエリアがありますから、そのお顔を拝見出来る事はあるでしょう。しかし、やはり一緒に、況してや私的な食事会に呼ばれるなど、お嬢様の付き添い人とはいえ、緊張しない筈はございません。
私は細心の注意を払いながら、静々と、まるでその場に居ない
しかし、話しは仮面を被ってはいられない内容へと変わって行き、思わず私は食事の手を止めました。
最近学園でのアリアナ様の噂は様々な立場の方に周知され、皆様参加したい方が多いそうです。中々の好感触の様で私も一安心です。けれど、殿方からは婚約者が誑かされるのでは……と不安の意見が出ていたり、王太子殿下に対して不敬だと煽る過激な方もちらほら出ているそうでございます。中には、ミレニス嬢の噂も相まって、殿下との不仲説まで出ている始末。
目の前で繰り広げられた噛み合っている様な……いない様な会話のやり取りを見る限りでは、不仲……では無い……とは思いますけれど。……多分。
「それでね、マーレイ家の御令嬢が最近煩くてね。私の婚約者はアリアナなのに、可笑しな話しだと思わないかい? 」
マーレイ家は五大公爵家の1つ。アリアナ様より1つ年上の確か……ジョセフィーネ様がいらっしゃいます。可笑しな話しも何も、殿下があっちこっちふらふらされるから、言い寄られる隙を作ってしまうんです。ここは、ガツンと言わなければいけないかも知れませんね?
私が口を開こうとした、その時。
「まあ。……それでは遺跡巡りの勉強会では、ジョセフィーネ様をご招待しようかしら。何かしら私に物申したい事柄でもお有りなのかも知れませんし。本音はもう少し、絵画鑑賞や魔法理論の勉強会を重ねて、ある程度挟んでから、スチュワート様が御卒業される前の集大成に開催したかったので、秘密にしておきたかったのですけれど……」
憤っている私より先に、アリアナ様がとんでもない事を口にされ、私どころか、目の前の殿下もガイもアリアナ様を凝視しています。ジョセフィーネ様に厳しく言及しないのはこの際良いのです。何時もの事でございます。
けれど、遺跡巡りなんて! いくら天真爛漫なお嬢様でも、こればかりは冗談になっておりません!
「アリアナ様、それは承服致しかねます。遺跡巡りなど、学園の外。一番近い遺跡ですら、レイべの丘ではありませんか! 野外は危険が増すのです、
それでは、どうぞ工作してくれと言っている様ではないのでしょうか。いいえ、そう仰っています! お嬢様の立ち位置を狙っているのは私の両手の指では足りない程の者達が狙っているというのに!
「だって、私の事はラナが護ってくれるのでしょう? 」
そう仰って、にっこり微笑まれると思わず頷きそうになりますが、いけません!
「……アリアナ、それは私も無視出来ない。いくらミス・レインが腕に自信があろうとも、君を魔物蔓延る場所へ送り出すなど、この私が許すとでも思ったのかな? ……ジョセフィーネ嬢の事は私が悪かった。この場で口にするべきでは無かったよ。それは私が責任持って処理するから、予定通り絵画鑑賞会のように、学園内でだけにして欲しい」
「あら、大丈夫ですわ、スチュワート様! その際にはスチュワート様もお呼び立て致しますし、腕に自信のお有りの騎士科の方々にもお願い致します。……魔物については、ミレニスさんも招待予定ですから、何とかなるのではありませんか? 」
「アリアナ様?! 」
私は思わず大きな声を出してしまいました。
だって、ジョセフィーネ様だけでもとんでも無いですのに、更にミレニス嬢まで招待されるなんて、一体全体何をお考えなのですか! その場に殿下まで……とても統率が取れる状態になるとは思えません!
そうでなくとも、アリアナ様が動かないのを良い事に、ジョセフィーネ様がミレニス嬢に執拗に絡んでいるとの情報もありますのに、そんな中で非常事態が起こったりでもしたら、開催されたお嬢様のお立場が……。
「予定としては、スチュワート様を始め、歴史学に明るいアルフレッド様に講説をお願いしようと思っております。そして、ヒース王子も我が国の歴史にはご興味がお有りでしょうし、王子の護衛の方々もお願いしようかと。勿論、幾人かは教諭方にも出張って頂こうと思ってはおりますけれど……」
もうそれは学園きっての遠征ではないでしょうか。いえ、そんな私の心の突っ込みなどどうでも良いのです。この勉強会と言う名の遠征をどうにか辞めて頂かなければ!
「……もしや、アリアナ嬢、一ヶ月後の騎士科最終試験に便乗しようとか……思っておいででは無いですか? 」
「は、はあ?! あの過酷な、試験と言う名の魔物討伐遠征の事ですか?! 」
私はガイの言葉に間抜けな声が出てしまいました。最終試験は、ギルドに出ている依頼を受けてその手腕を審査する、騎士科3年生の最後の試験です。
「ええ、ラナが最高成績を叩き出した試験よね?……私がどんなに頑張っても参加出来ない行事だわ。……本来なら」
「お嬢様は一生関わらなくても良い行事でございます!! 」
あの時は討伐依頼外の
「………」
一度言い出したら
「……まあ、ミス・レイン。とりあえず食事を終えてしまおう。これは…話し合うにしても、食べながらではとてもではないが、無理だろうからね」
「っ……畏まりました。取り乱してしまい、申し訳ございません」
「構わないよ、貴女の気持ちも分かるからね。さ、気を取直して頂こう。アリアナには、その勉強会の詳しい詳細、顧客リストから見学順路、警備態勢まで詳しく聞くから、きちんと頭の中で纏めておいてね。冷めてしまった料理は下げて貰おうか」
「……いいえ、スチュワート様。此方もきちんと頂きますわ。皆さん、お騒がせしてごめんなさいね。さ、頂きましょう」
そう仰って、お嬢様は食事を再開致しました。食事を終えての説得に私の全力を持って挑みたいと思いつつ、私も食事に戻りました。……けれど、私の心に一度芽吹いた不安の種は、どれだけ美味しい食事を口にしても、消える事は無かったのです。
その感覚は間違ってはおりませんでした。
ーーーーーー
「殿下?! 何故ですか、私は絶対反対でございます!! 何故、何故アリアナ様を説得して頂けないのですか! 」
私は自分の耳を疑いました。食事の後、改めての話し合いで、アリアナ様の説明された勉強会の予定を事細かに聞いた殿下が、よりにもよって承諾されたのです!
何なのですか、この御仁は!! 許されるならば引っ叩いている所です。
「落ち着いて欲しい、ミス・レイン。アリアナの話しは、良く配慮していると思う。寧ろ、何かに備えているのではないかと思う程に、配慮が行き届いているんだ。ここまで計画を練られたら、意義は唱えられない。貴女は只、アリアナさえ護ってくれたらそれで良いのだし」
「しかし! 」
「ラナ、お願いよ。これを成功させれば、スチュワート様との学園の思い出になるでしょう? 」
「っ、お嬢様……」
「……ガイ、外の警備と交代してミス・レインを送ってくれないか? 少々感情的になっているし、庭でも散歩してから寮へと送り届けて欲しい」
「御意。ミス・レイン、此方へ」
「殿下?! しかし、私はアリアナ様の側から離れる訳には……」
「ミス・レイン。私に二度も言わすな、下がれ」
殿下から初めて鋭い視線で見咎められ、私は歯を食いしばりました。そう命令されたら、私には抗えません。お嬢様付きですが、お嬢様自身が大きく頷いてらっしゃるのですから。
「……畏まりました。醜態をお見せ致しまして、お目汚し大変失礼致しました。……アリアナ様を宜しくお願い致します」
「よい。強く言い過ぎたな、気にしないでくれ。アリアナの事は心配要らないから。ガイ、宜しく頼む」
「は、失礼します」
「……寛大なご配慮、感謝致します。失礼致します」
少しぎこちなく礼をして、私はガイに伴われ個室を後にしました。
「………」
「………」
ガイと共に押し黙ったまま、私は通路を浸進んでおります。決まってしまったのですから、切り替えなければいけないのは分かります。けれど、納得が出来なくて、心の中はぐちゃぐちゃです。まさか、お嬢様があそこまで考えていたなど、私は全く気付かなかったのも、自分自身が腹立たしくて仕方がないのです。
「待て、ミス・レイン。
突然ガイに腕を掴まれ、顔を覗き込まれました。私は、どうして良いのか分からず、そっぽを向いてしまいます。とてもじゃないですが、顔を見る気にはならないのですから仕方が無いのです。淑女としては最低な対応だとは分かっておりますが、感情が付いてこないのです。
「もう大丈夫です。放っておいて下さいまし! 」
「そんな状態のお前を置いていけと?!馬鹿言うな、こっちに来い! 」
「や、離して下さい! 」
「断る! 」
ガイに腕を取られ、私は思い切り振り払おうとしましたがビクともしません。私がいくら珍しい竜使いだろうと、こう掴まれては男性の力には凡そ敵う訳が無いのです。
私はガイに連れられ、学園の紫陽花園まで足を運びました。辺りには時期が終わりかけの紫陽花が、それでも最後の力を出し切る様に咲き乱れていて、月明かりの下で花弁が輝いています。それをゆっくり見渡す気分ではありませんけれど。
ガイは私の腕を離すと、一息吐きました。
「……ここまで来れば良いか。ミス・レイン……いや、ラナ。らしく無いぞ、何時ものお前だったら切り替えてアリアナ嬢の護衛をどう展開するか考えるんじゃないのか? 」
「……私らしく無くてすみませんね」
「……あのなぁ……、まあ確かに、あの時の最終試験は有り得ない事態だったが、お前がホムラを使ったお陰で、怪我人は居たが死人は出なかっただろう。あれは、偶々だ。きっとあんな石蛇鳥なんて予想外の奴は出ない」
「けれど、あの時ですら教官方が待機していたのに、想定外が起こったのです。もしまた何かあれば……! ミスターだってご存知でしょう?! 」
そう言って、思わず背をを向けていた体をガイへ向けると、思ったよりも優しい眼差しを向けられていて、私は少し動揺してしまいました。そのせいか、肩の力が少し抜けた気がします。
「……アリアナ様が、魔法が一切使えないということを」
それどころか、治癒魔法の類まで魔法一切がお嬢様には効かないということを。
力を無くした私の言葉は、暗闇の中に消えて行ってしまうのでした。
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