第18話


終に私達の目の前まで迫ったジョセフィーネ様。


何を言うつもりなのでしょう?

私はジョセフィーネ様の後ろの護衛の男性をちらりと見ます。確か、私の2つ上の先輩だったと記憶しております。いや、苦笑してないで止めて頂けませんか? 役立たずにも程があります!


ジョセフィーネ様はふふん、と鼻で笑っています。何ですか? その自信。


「あれだけの騒ぎになったというのに、後始末は全てスチュワート王子殿下がされたそうですってね。殿下の気苦労をお察し致しますわ」


この方、今目の前でその殿下がお嬢様の腰に手を回してるのは無視なんですか? 都合の良い所しか見ないのでしょうか?


「それに、そこの……貴女の付き添い人でしたかしら? 希代の竜使いとか持て囃された割に、倒すどころか押さえただけで自身がお倒れになったそうで。後は殿下とセレンディス様が止めを刺したそうではありませんの。全く、主人が主人なら付き添い人もその程度ですのね? ねぇ、皆様そう思いませんこと? 」


そう言って、ジョセフィーネ様は周りを見渡します。皆様戦々恐々と様子を伺っていますね。けれど野次馬する辺り、人の不幸は蜜の味、ですか。

まぁ、砂竜サンドワームに関しては倒れたのは事実ですけれど……この方、あれだけの砂竜を見てよくそんな事を言えますね。

自分でもなんですけれど、あれは押さえなきゃ、皆様下敷きでしたよ?まあ、良いんですけれど。


しかし、どうやら責任追及云々よりも、アリアナ様を辱めたい、認識はそういう事で宜しいのかしら?


私は、いつのまにか隣に立って肩を抱いていたガイを見上げました。すると、少し屈んでくれます。何でそんな察しが良いんですの?

私は甘んじて彼の耳元へ顔を近付けました。


「ガイ、ごめんなさい。私、貴方様と結婚出来ないかも知れません」


「はぁ?! 」


余りにもガイが大きな声を出したので、皆様此方を訝しげに見ています。もう! 内緒話の意味が無くなるではないですか!


私はガイにそっと手を当てて耳打ちします。


「マーレイ家を私の持てる魔力全てを持って焼き払って参りますので、私、国外に逃げませんと……」


「待て。何故そうなる? させる訳無いだろうがっ! 絶対この手は離さないからな。大人しく殿下に任せておけ。」


ええ……殿下は多分、まあまあ……とか言いながら濁すだけですわよ? きっと。人目もある事ですし……もしや、ジョセフィーネ様はそれを狙ってます? お嬢様が悪いという印象だけ植え付けた上で??

……やっぱりマーレイ家を断絶させなければ、お嬢様の未来が明るくなりませんね! 大丈夫、屋敷1つや2つ燃やし爆ぜさせる事など、造作も有りません!!


せっかくお嬢様が心を砕いて、性格矯正まで試みて差し上げたと言うのに、やはり辛い思いをしている方を苛め抜く程の性格の屈折具合はそう簡単に治る訳もありませんか……それに、お嬢様がどうにかなった訳では無いので、事件自体を軽く見ているのですね。

……まあ、内情を知らないから仕方ないのですけれど。


「やはり焼き払うしか……」


「おいっ」


私が動こうとしたその瞬間、お嬢様がジョセフィーネ様に駆け寄りました。そして、何故か両手で彼女の手を掴んでいます。お嬢様?! 危ないですよ! そう思う私とは裏腹に、お嬢様は輝かんばかりの笑顔をジョセフィーネ様に向けています。



「ええ、ええ! スチュワート様から聞きましてよ! ジョセフィーネ様、あの後護衛の方々に筋力増強の魔法をして差し上げたそうですわね! あんなに大きくて恐ろしい砂竜が現れたというのに、的確な判断をされて、きちんと動けるなんて、いくら魔法が使えても中々出来ない事ですわ! 」


「は、貴女何を……」


ジョセフィーネ様は突然の褒めちぎりに怯んでおります。しかしお嬢様の声は大きくなるばかりです。


「スチュワート様もそれは褒めていらしてね、突然の事故ですもの、それを受け止め、出来る事を率先してやるなんて、公爵家の令嬢としてとても見本になる方だと、私も尊敬しておりますのよ!! きっと、学園側からも栄誉を与えて頂けるのでは無くって? 爵位に胡座をかかず、思いやりを無くさず、全力を尽くすなんて、中々出来ない事ですもの! 」


「ちょ、ちょっと貴女……声が……」


「騎士科の3年生の方々の試験に参加して頂けただけでも、十分にお優しいですのに、まさかのトラブルに会っても、騎士科の方々を助けて差し上げるだなんて、まるで天使の様な方ですわ、ジョセフィーネ様は。ですから、来期の『黒百合の会』には是非貴女様の御高説を賜ろうと思っておりますの! きっと参加したがる方が沢山いらっしゃるわ! 楽しみですわね?? 」


「っ貴女まだそんな事をなさる気なの?! 」


ジョセフィーネ様が調子を戻されて来ましたね、空気は完全にお嬢様のものですが。流石です。しかし、どうすれば……私は動かせまいと肩を掴むガイを睨みます。


「まあ! アリアナ様、来期も『黒百合の会』を開催して下さりますの?? 」


そこへ、この緊迫した空気を裂く様に声を掛けたのは、エレーネ様でした。


「皆噂しておりましたのよ、これで『黒百合の会』が無くなるのではないかと。知っておられますか? お二方。『黒百合の会』に参加すると、不仲だった婚約者同士が仲睦まじくなるって、それはもう口々に言われておりますの」


「あ、貴女誰の許可を得て発言してますの?! 」


ジョセフィーネ様のお怒りにも、エレーネ様はどこ吹く風です。確かに、上の爵位から声を掛けなければいけないですものね、貴族社会は。けれどここは……


「まあ! ここは学園ですもの。生徒は皆平等ですのよ? まさか、ご存知無いとか仰いませんよね?教育の行き届いた、公爵家の者がねぇ? あ、私もこの前の砂竜のお陰とは言いませんが、ジークハルト様と以前より仲良くなりましたの。私を庇って下さる力強い姿が、もうそれは素敵で……。私も公爵家に嫁ぐ者として、人前で苦言を申し立てる粗暴な行いなどしない様に、勉強して行かなければと思ってますのよ」


「な、何をっ……」


ジョセフィーネ様の顔が赤くなって行きます。あ、きちんと淑女教育された方でもそうなる事ってあるんですね。……ジョセフィーネ様では参考になりませんね、全く持って。


「そうそう、僕も参加したいと常々思っていたのですよ。アリアナ様」


そう言って人懐っこい笑顔を向けて来るのはマルニム様です。控えめな方ですので、人前で声を掛けるのは珍しいですね。


「持てる知識を、人前で発表するというのは、その人自身とても自信に繋がりますし、偏った人間関係では無く、触れ合う事の無い知識を得る切っ掛けにもなると、祖父が感心しておりました。今回の砂竜の討伐も、殿下の采配とアリアナ様の魔法、ミス・レインの抑える力、そしてジョセフィーネ様の配慮……全てが揃わなければ、もっと大変な事になっていたかも知れませんから、人との巡り合わせは不思議ですよね。ですから、それを可能にする『黒百合の会』、もっと開催して頂きたいです。それと……ジルエッタと僕ももっと仲良くして行きたいと思っておりますから、是非」


最後は小声でしたけれど、マルニム様、やる時はやるのですね。漢ですね。少し後ろのジルエッタ様が驚いてますよ。


「マルニム様……」


「あら、マル坊もやるじゃない」


「エレーネ様、マル坊は辞めてっていつも言ってますよね? 」


余りの流れに、野次馬どころかジョセフィーネ様まで目を丸くしています。


そこで突如、殿下が笑い出しました。

微笑む事はあっても、私的な場所以外で況してや公衆の面前で、声を出して笑う事の無い方です。と言うか、正確には出来ないお立場です。

あっという間に、大勢の視線は殿下へ集中しました。


「ふふ、アリアナ、君は友人達からとても好かれているんだね。こんな素敵な方々に囲まれていて、私も鼻が高いよ」


「スチュワート様……私はそんな……」


そう言うと、殿下はジョセフィーネ様に接近しました。


「ジョセフィーネ嬢、きっと貴女は私や他の騎士科の方々の苦労を慮ってくれたのだろうね。ありがとう、貴女の気遣いはとても感謝しているよ。貴女もきっと怖い思いをしたのだろうから、言ってくれれば学園側に休学出来る様、私が手続きしても良い。無理は禁物だからね」


「そんな、殿下……私は、そんな柔ではありませんわ」


でしょうね。


私はそう心の中で相槌を打ちながらも、殿下の胡散臭い笑顔に半目になっております。が、さて殿下はどうしようというのでしょう。


「そう? なら良かった。今回の事はね、私は何て僥倖を得たのかと、嬉しく思ってるんだよ。だって、もしレイン家の者が挨拶に学園に伺っていなくて、私やガイが居ない時に、あの砂竜が丘から下りていたと思うとぞっとしない話しだろう? 多分、死人が出ただろうからね? 」


殿下は周りに顔を向けますが、辺りはしん、と静まり返っています。死人、私にはとても重い言葉です。いえ、きっと殿下はもっとでしょう。


「だから、私はあのタイミングで砂竜討伐が起きてくれて助かったと考えているんだ。勿論、あの顔触れが揃っていての話だ。当然、ジョセフィーネ嬢も居てくれて、ね。理知的な貴女が居てくれたお陰で、救われた者がいるのだから。今度、皆に何か慰労の意も込めてお礼をしなければね? 」


そう言って、殿下はジョセフィーネ様の顔を覗き込みます。すると、ジョセフィーネ様は、先程とは違う感じに頬を染めて恥じらった素振りをしました。あの、お嬢様の前なんですが? 何考えてますの、お二方。いえ、ジョセフィーネ様。


「ま、まあ……そんなお礼など……」


あの、ですから皆様にですよ? 何か勘違いされてます??


「まあ、詳しい話はまた今度に。さあ、皆も授業が始まる! 私は卒業する身で楽なものだが、学生の基本は勉学だと皆も分かっているね? さあ、今日も各々励むと良い」


殿下の呼び掛けで、野次馬はぞろぞろと通路を後にします。何だか物足りないですが、騒ぎはこれで終いですね。


「あ、あのスチュワート殿下……私……」


「さあ、ジョセフィーネ嬢も教室へ移動しないとね。確かに、砂竜の件に関しては詳しく話していなかったし、今度慰労へ伺おう」


殿下の言葉に、ジョセフィーネ様はもじもじとしながら、最後此方を見て睨んで帰って行きました。何なのでしょう……燃やされたいのでしょうか。


「スチュワート様、まとめて頂いてありがとうございました。」


「けれど、甘い締めだっただろう? アリアナに無理をさせてしまったね。この埋め合わせは必ずするよ、さあ教室まで送ろう。エレーネ嬢も、マル坊もありがとう、アリアナの助けに入ってくれて。私の友人達は皆機転が利いてくれて助かる」


「まあ、当然の行動ですわ。けれど、お褒めのお言葉ありがとうございます」


「マル坊は辞めて下さいと……うう、ありがとうございます」


そう会話をしながら、皆で教室へ向かいます。


「ジョセフィーネ嬢の事は私が責任持って対処するよ。久々に皆でランチなんてどうかな? 私は残っている雑務をして待っているから」


良いですわね!とエレーネ様は喜んで自身の教室へと向かって行かれました。エレーネ様はお嬢様の一学年上なのです。


「それでね。マル坊には学園長に通して貰いたい案件があるから、後で手紙を寄越すね。ジルエッタ嬢もアリアナの側に居てくれてありがとう。とても心強かった。お二方、教室でのアリアナもどうか宜しくお願いするね。授業頑張って」


「畏まりました。さ、アリアナ様参りましょう? 」


「はい、あのスチュワート様……」


「何だい?私の可愛いアリアナ」


「もう……あの、後でお願いが……」


「分かった。アリアナの初めてのお願いだからね。何なりと叶えよう。名残惜しいけど、行っておいで」


殿下の発言にマル坊……ではなく、マルニム様とジルエッタ様が顔を赤くしてらっしゃいます。お二人はおっとりした婚約者同士ですから、殿下の台詞にびっくりしてしまったのでしょう。

そう思えば先程のマルニム様は漢を見せましたね!


皆様連れ立って教室へ入って行きます。私はその後ろからホムラとシズルを教室へ放します。専用に作って頂いた止まり木に止まり、2頭は並んで教室を見下ろしています。シズルは興味深々で見渡しています。ホムラが居るから大丈夫ですね。


それから、私はゆっくりと扉を閉めました。生徒以外は教室に入る事が出来ませんから。



扉を閉めた後に後ろを振り向くと、殿下がくすくすと笑っていました。……隣のガイは口を真一文字に引き結んでだんまりですし……何でしょうか?


「突然結婚白紙宣言はしないでやってくれないかな?ガイが可哀想で仕方ない。」


「ですが、腹立たしくて……」


こっそり言ったと思っておりましたのに、聞こえてたなんて不覚です。私、随分と怒っていたみたいですね、当然ですけれど。


「大丈夫、私の可愛いアリアナに喧嘩を売った代償は払って貰うから。只ちょっと強引かも知れないけど。アリアナの事は宜しく頼むよ。」


「それは勿論ですけれど……」


「……今迄は放置して来たけれど、私も卒業だからね、多少無理をしてみようかな」




そう言った殿下は無表情です。一体何をお考えなのでしょう?



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