第17話


貴族同士の婚姻の場合、婚姻要望書が陛下に認められて受理されたら、改めて婚姻届けが国印入りで届きます。

そしてそれに婚姻を結ぶ両者の名前を記入し、神殿に届けて此方も承諾されたら晴れて婚姻が認められます。そして、婚姻記録書に両者の名前が記入されます。


大抵は、記入時に神殿にて結婚式を行い、皆の前で記入して承認を得る形を取るのが多いかと思います。


爵位が無い場合は、神殿で保管している婚姻記録書に両者記入し、祝福を受けて完了です。


婚姻届けは取得して2年間有効です。大体、その間に準備を済ませて結婚式を取り行います。


無事に食事会を終えて……と思っておりましたら、最後になって思わぬ事態になり、食事会は今だに解散とはなっておりません。それどころか、



「俺としては直ぐにでも執り行いたいのだが……」


「ですが、私はお嬢様付きですし、せめてご卒業されてから……多分、間に合うかと思いますし……」



結婚する時期決めに先程から揉めております……



「いや、そうすると殿下の婚姻式があるからな。大体、殿下が卒業したら俺も忙しくなるのだし。そうなると容易に時間も取れなくなるし、こればかりは都合を合わせて欲しい。大丈夫、ラナは仕事を続けたままで、何も変わらない」


「それならば、休み開け前の8月終盤にするかい? 社交シーズンど真ん中。神殿の混雑は否めないけれど、どう? ラナ」


「どうも何も、予約が取れないのではありませんか? 姉様」


「それくらいはセレンディス家の名前を使ってでも取ろう。じゃあ、それで行こう。ラナは身一つで俺の元へ来てくれたらいい」


「ま、またそんな事を言う……」


先程から、『良いなぁ、私もそういう類いの話を進めたい。今直ぐ。』とか、『やっぱり私達も、直ぐに結婚しよう。』とか殿下が煩くて仕方がなかったのですが、ガイにまた優しい笑顔を向けられて、私はたじたじです。こんなに臆するのは、幼少期、ホムラの為に初めての猪狩りを行った以来かも知れません。


姉様がにやにやしながら私を見つめています。相変わらず悪い笑顔です。


「ラナがこんなに良い人を見つけて来るとは思わなんだ。浮いた話しの1つも無かったからね」


「まあ、私は今までモテた試しがありませんから、ガイの女性の好みが珍しいのです」


途端にぶふっ! と殿下が咳き込みましたが、私がモテないのは事実なので仕方ありません。けれど、殿下?受け過ぎですからね? 失礼な! そして王族として、はしたないですよ? 自重なされませ!


「おっかしいねぇ? ホムラと同じ綺麗な赤い髪を持って生まれて、容姿も別に悪くない筈なのに。誰か邪魔でもしてたのかなぁ? ねぇ? 義弟殿、貴殿もそう思うだろう? 」


「……そうですね、ラナの髪はとても美しいですから。……人目に付かない筈はありませんね。想いを言い出せない軟弱者が多かったのではないですか? 」


そうすまして言い放つガイですが、ガイ、貴方って本当に私の髪が大好きなのですね?! お嬢様、いつからお気付きになっていらしたのでしょう? そして、また殿下が盛大に噎せました。寧ろ笑いを堪えてます。堪えられてはおりませんが。何なんでしょう? 取り敢えず馬鹿にしている感じが受けて取れるので、…後でお嬢様に叱って頂くようお願いしましょう。うん。きつめに。



多少揉めましたが、私の婚姻は8月終盤に決定致しました。生憎当人である私には、全く実感はございません……。




学園の始業が始まってしまいますので、姉を見送りつつ、一同外へとやって来ました。見ると、飛竜は姉様のスオウとコルベのハヤテのみです。


「姉様、他の皆は? 」


「昨日帰らせたよ、煩くて。軟弱者どもに用は無いからね」


それ、護衛の建前が崩れていませんか? それに、


「レイン竜騎士団に軟弱者はおりません」


「そういう意味じゃ……はぁ、義弟殿が難儀した筈だわ」


やれやれ……みたいな雰囲気を出されても。だって、竜騎士団の訓練は厳しいんですよ? 剥れる私を横目に、姉様は何か思い出した表情をして、殿下へ顔を向けました。


「ああ、殿下、ガイ殿。シズルの書類は後日送らせて頂きます。何卒、宜しくお願い致します」


「此方こそ。何も聞かずに手を貸して頂いた事、心より感謝しています」


「ふふ、鬼気迫る殿下の迫力に圧倒されただけの事。此度は殿下の信念の賜物です。また是非レインへと遊びにいらして下さい。ガイ殿、手の掛かる妹ですが、シズル共々宜しくお願い致します。詳しくはまた日を改めて」


「はい。今回の事も、婚姻の事も、色々とありがとうございました。ミシャ殿」


「手の掛かる可愛い妹の為ですから。ラナ、またね」


「はい、姉様。年越しまで会えないかと思ってましたら、色々驚かされました。……また、打ち合わせで」



「ミシャ様……」



そのまま姉様がスオウに乗り込もうと手を掛けた時、ずっと黙ってらしたお嬢様が、側へと向かいました。


「この度は、大事な妹君を危険な目に遭わせて申し訳ありませんでした。けれど、彼女のおかげで私はこうやって命が助かる事が出来ました。今回の事もそうですけれど、彼女には沢山感謝しております。そしてミシャ様の数々のご助力、誠に有難うございました」


姉様は驚くでも無く、優しい微笑みをお嬢様に向けております。


「いいえ、私は何も。ラナも職務も有りますが自分の意志で行動したまでです。私も同じです。主人だからと、全てを背負ってしまわれずとも、大丈夫ですよアリアナ様。ですが、貴女様からの心からのお言葉、感謝致します。またお顔を拝見出来る事、楽しみにしております。それでは皆様、またの日を。失礼致します」


そう言って、スオウに乗り込み姉様は空高く上昇してしまいました。コルベも一礼すると、直ぐ様飛び立ちました。





残された私達は、学園の学舎へ向かいます。殿下に腰を抱かれてエスコートされ、それを嗜めるお嬢様のやり取りに苦笑しつつも、私はお嬢様に並び立ち、軽く頭を下げました。


「お嬢様……姉にお気遣いありがとうございます。けれど、姉の言う通り、背負わずとも良いのですから、この度の件はもう言いっこ無しですよ? 」


「ラナ……」


「そうだね、ラナの人生は後はガイが背負うのだし。アリアナはお役御免だ」


またお二方は歩き出し、私は後ろへ付きつつも、話し続けます。


「殿下? お言葉ですが、私は誰にも背負われたつもりも、背負って貰うつもりもございません。共に在り続けようとするだけですわ」


「……うん、そうだね。ラナの言う通りだよ。その調子で、ガイを支えてやってくれ。あれでも、大切な私の乳兄弟だからね」


「言われずとも、共に立つのですから、私がガイを支えて行くのは当然です」


まだ実感はありませんが、妻になるのですから、そのくらいやってみせますとも。恋愛初心者だろうと、関係ありません!そう意気込んだ途端に、腕を取られて私は後ろを振り向きました。


そのままガイに抱き締められます。く、苦しいっ……相変わらずの馬鹿力です!



「……困った、どうしようもなく妻が健気で可愛い。護衛とかどうでも良くなって来たな」



私は物申したいのに、拘束がキツくて顔を出せませんっ……正確にはまだ妻ではありません! そして職務放棄は許しません!



「護衛対象を前に良く言えたものだね。私だってこのまま戻ってアリアナを愛でたいのに、共に学園を通えるのも後2週間を切って、時間惜しさに授業も無いのに一緒に行くんだから、お前も我慢しろ。私だって物凄く耐えているのだから。後、そろそろラナが抱き潰れる」


殿下が言っても何一つ説得力には欠けますが、ガイが力を緩めたと同時に、私は脱兎の如くその腕から逃げ出し、お嬢様の横へぴったりと付き添いました。そして後ろのガイをひと睨み致します。顔の赤みはこの際放置です!


「わ、私はきちんと職務を全うする方が好ましいです! 」


「知ってる」


「じゃ、からかうのは止して下さいまし!って、あああっ!! ガイ、服にお化粧がっ!! 」


ガイは服に付いた私のお化粧を確認すると、ぱんぱんと手で叩きました。それで落ちたら誰も苦労しないのですよ?! 相変わらずガサツです! 洗濯メイドの事を考え、薄くああ……と私が悲鳴を上げる最中、


「このくらい、男の甲斐性だろう」


と言って放置しております。貴方が気にせずとも、私が気にします!! 別に私が付けたとバレる訳では無いですから大丈夫なのですけれど、そうすると誰が付けたのかと邪推されますし、ああもう! 後で拭いてあげなければならなくなりました……。



そんなやり取りをしていたら、学園の中庭通路まで来てしまっていて、大きく声は出せません。中庭は四角く作られて、四方を廊下で囲まれております。その端々から、別棟へ続く廊下がございますので、移動する際には必ず此方を通らねばなりません。


しかし、今日は何だか人が多い様にも思えます。もう直ぐに授業が始まってしまいますのに。それどころか、皆が此方をじろじろと不躾に見ている気が致します。


お嬢様がお美しいので、ちらちらと盗み見る者は普段から多いのですが、それとも雰囲気が違います。お嬢様は私が目覚めるまで学園をお休みしていたそうですから、事件後の登園は今日初めてなのですが、それと関係が?


それとも、殿下と一緒に登園など珍しいですから、それで……? 確かに、腰に手を回してるのは今日初めてですが、おかしいですね。そして、殿下にはそろそろその腕を離して頂きませんと。




「よく学園へ顔を出せたものですわね。あんな事に皆様を巻き込んで、恥を知りませんのかしら? 」



声がした方を見ると、ジョセフィーネ様が、数人の取り巻き達と此方へ近付いて来ていました。



……お嬢様がご無事でしたので、すっかりと忘れていましたが、今現在、私が以前危惧した状態に陥ってしまっている様です。催しを開催したアリアナ様に、全ての責任が問われてしまうのではないか。



そう危惧した状態に。



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