第16話
縮こまる可愛いお嬢様を堪能した後、朝食の為に一旦解散して、着替えをします。
殿下来襲により目元の腫れを取る暇が無かったので、お嬢様にはシズルの氷タオルで目を冷やして頂き、髪を結い上げます。髪だけは私も長く伸ばしておりますから、得意な方です。
朝食の時に、領地に帰る姉様と会食して、結婚の話しを詳しく聞いてからその後授業が待っています。あれだけの事件があったのですから、もう少しお休みになられると良いですのに、お嬢様は相変わらず頑張り屋の様です。
そう思っておりましたら、
『もう受けられないと思っていた授業も、学園生活も楽しみたいの』だそうで、それを聞いては私も気合いが入るというものです。着々と準備を進めていると、
「ラナ、貴女も余所行きに着替えてね? お化粧は自分でするから」
と、鏡越しに言われ、私は首を傾げました。
「必要ですか? 」
「その後に学園に入るから、ドレスとは言わないけれど、良いワンピースにした方が良いと思う。だって、親族交えた結婚のお話なのだし」
「え、ええ……恥ずかしいのですが……姉様ですし……」
「いけません。今日は晴れの日なのだから。ガイ様も喜ぶと思うわ。あの、淡い黄色の余所行きのワンピースはどうかしら? 華やかで良いと思うわ。髪は……ガイ様はラナの赤い髪が大好きですからね、少し後ろを残してハーフアップ……結婚のお話なのだからフルの方が……?いえ、結婚したら下ろせなくなるのだから、そうね、ハーフアップにしましょう」
「お嬢様、綿密過ぎます! というか、ガイは私の髪が好きなのですか?! 初耳です! 」
「うふふ、私悪女を目指してるのよ? このくらい当たり前でしょう? 」
「うう! 本来なら聖女なのに……自分で言ったから否定出来ないではないですか……」
「ふふ、ね、こんな風に会話するだけでも楽しいわね。ラナ! 」
「お嬢様の笑顔で私は今日も幸せ一杯でございます」
「ふふふっ、さあ、支度して頂戴ね」
仕方ないので、私は一度自室へ戻り着替える事にしました。うう、殿方の為にお洒落するなど生まれて初めてですっ! 緊張する……
とにかく、仕舞い込んでいた黄色のワンピースを取り出して、皺のチェックを済ませます。大丈夫そうですね。顔を洗って、着替えて……やっぱり恥ずかしい!
お嬢様と殿下は10年近く婚約していて当たり前なのでしょうけれど、恋愛初心者がいきなり結婚の話しなんて、魔法無しの木剣のみで
……多分私だと小鬼はホムラに食べさせて終わり、なんですけどね。
そう無駄な事を考えつつも、髪も仕上げて、化粧も気持ちだけいつもよりは念入りに施して、準備万端です!
ホムラとシズルを連れて、お嬢様といざ! 戦地(会食)へ!!
そうして意気込んで向かえば、個室前の通路で殿下とガイに
シズルがすかさずガイの肩めがけて飛んで行きます。……懐かれてますね。見ていると、遠目からでも此方を見てガイの表情が明るくなったのが分かります。お嬢様のお勧めで間違い無かったのでしょうけれど、やっぱり恥ずかしい! 後、ガイ! 分かりやす過ぎです! もう!
「ラナ、今日は華やかだね。いつもそうすれば良いんじゃないかな? アリアナは今日も制服姿が美しく輝いているね。何で今日は私達の結婚の話しでは無いのだろう」
「スティ……主役をもっと褒めるべきですわ。いつの間にかラナを呼び捨てですし……ラナは私の付き添い人ですのよ? 」
「了承貰ったから良いだろう? もう卒業待たずに私達も結婚しようか? よし、そうしよう。父上に手紙を出さないとね」
「スーティー? 」
殿下……早朝から思っておりましたけれど、人格変わってませんか? え? 疲れ目が起こす幻覚ですか?これは。
「ねえ、ガイ? 殿下の人格がおかしい」
「子供の頃毎回こんなだったぞ?アリアナ嬢の未来の話しを聞いてから、思う所があったのか自重してたが、元はこんなだ。慣れろ」
「ええ〜……」
だから早朝の時、目が死んでたんですのね、貴方。半目になってお嬢様と殿下の攻防を見ていると、ガイが下ろしている私の髪を一房手に取りました。
「うん、今日の髪型凄く似合っている。ラナはいつも一つに纏めているから、たまにはこの姿も見たい」
「あ、ありがとうございます……」
……やっぱり恥ずかしいでは無いですか! 駄目だわ、ワンピースでは武装出来ない! これは甲冑を着けなければこの戦場(会食)で生き残れそうにありません! しかし、負けっぱなしも癪ですから、ここは平常心……平常心……
「あの、派手では無いですか? 」
「うん? このぐらい大丈夫だろう。会食の為にしてくれたのか? 」
「えっと、はい……そのまま学園に参りますので、派手じゃないのでしたら良かったです」
「………これで、学園に? 」
「え?いけませんか?! 」
「……会食が終わったら着替えようか? 」
「……そんな時間はありません」
何でしょう? 変なのでしょうか? やっぱり派手?
「……皆様方、なーにしてるんですか?こんな所で。中に入られないのですか? 」
遅れてやって来た姉様に呆れられて、私達は本当の意味で目を覚ましました。一番恥ずかしくないですか、これ……いえ、もう掻く恥は搔き終えました! そういう事に致しましょう!
私達は個室へと移動して、改めて挨拶します。……何だか姉様がにやにやしておりますが……私は敢えて目を合わせません!
「この度は急な及び立てにも関わらず、誠に有難うございました。ミシャ・レイン殿。まさか婚姻の挨拶に妹君と私の護衛、ガイ・セレンディスに挨拶に来て頂いたのに、
「いいえ、とんでもございません。王太子殿下、どうぞミシャと呼んで下さい。皆様方も同様にお願い致します。皆様とは我が愚妹が世話になっており、誠に有難うございます。顔見知りの間柄ではありますが、此方の連れは我が竜騎士団の副団長、コルベと申します。本日は夫のケルディンが顔を出せず申し訳無い」
このやり取り……殿下、まさか……
「いえ、まさか王城へ婚姻の要望書を届けに行く前に、妹君と義弟に会いに来て、誰も砂竜に会うとは思いませんから。きっと領地でケルディン殿も驚かれる事でしょうね」
「左様ですね。妹
は、図りましたわね、殿下!! 通りで試験前の数日間姿を眩ませていたと思えば、レインまで行って、姉様と結託しましたでしょう?!
確かに飛竜は強力な武力ですから、明確な理由が無ければ私的には使えないとはいえ、私をダシにしましたね?!
……まあ、確かにそれなら未来視なんて関係無いですものね。
挨拶にちょーっと飛竜を8〜10頭ぐらい引き連れて来ても、姉様の護衛だと言い張れば問題無いですものね、あくまで護衛ですものね?!
しかも、どっちに転んでも大丈夫な様にしていますし!! 昨日って! 私、昨日ガイに返事をしたのは夜ですよ?! 何で私の返事の前に提出してますの?! 姉様まで未来視なんて、冗談言わないで下さいましね?
「……そんな訳だ。怒ったか? 」
隣のガイが、こっそり耳打ちして来ました。ここまで来れば、怒るよりもその手回しの良さと懐柔の手腕に拍手を送りたいぐらいですわ。けれど、
「……何で周りの方の方が、私の気持ちを知っていますのよ?? 」
そこだけは納得出来ません! 私だって、昨日改めて思い知ったというのに。
「お前は鈍感だからな。まさか、自分の気持ちまで鈍感だとは思わなかったが……」
「むう……何だか悔しいですわ」
「けどな、ラナ。お前顔に直ぐに出るから、俺としては分かりやすくて助かる」
その言葉に振り向いてガイを見れば、満足そうに笑っています。私は赤くなるのを、ぐっと堪えますが、効果は期待出来ません!
「なっ……そんな事……ありません。」
「くくっ……ほらな? 」
むむむ! 腹立たしい〜!! 私、無表情をもっと鍛え上げねばなりませんね! 淑女としても必要ですし!
「そのままで居てくれ。惚れたのはそんなお前だからな」
と、小さく言われ、私はこれでもかと顔が真っ赤になったのが分かりました。こんな、公衆の面前で言いますか?! ガイも人格変わったのでは無いですか?? からかいが過ぎます!!
「……人前で何をいちゃついてるんだ、この2人は……」
「ふふふ、私の勘はまだまだ衰えていない様で嬉しい限りです。婚姻要望書も出しておいて良かった」
殿下にだけは言われたく無いんですけれど?! そのテーブルの下でお嬢様の手を握ってらっしゃるでしょう?! 離して下さいね? 今私的とはいえ会食の場ですからね?
「ああ、そうそう。学園に寄付する筈の剣と槍も使ったとか……大変でございましたね」
「ああ、訓練用にと古い物ばかり集めておいたので、それ程惜しくは無いですよ。私の付与魔法で駄目になったのも僅かでしたので……」
「まあ、左様でございますか。それはようございました……」
「……そろそろ良いかな?あの2人を見たら気が抜けました」
「全くですね、食事も進めたいですから」
ふと、殿下と姉様の顔が作り笑顔から、気を抜いた表情になりました。
「ラナ」
「はい」
「「そうゆう流れで一つ宜しく頼む」」
何故殿下と息ぴったりなのですか、姉様……それよりも、先程との落差が激し過ぎます。
「はぁ、畏まりました。お二方、そんな露骨な演技をされなくとも、只説明して下されば宜しかったですのに……」
「せっかく妹の祝いの話だからね。それっぽくもするさ? 今回の事は、殿下とガイ殿はレインまで足を運ばれて、竜騎士団の訓練も参加して飛竜の生体の勉強までされていた。そうやって、私達に誠意を見せてくれたからね。ああまでされたら、飛竜を出すのに頷かざるを得ないよ。婚姻については……女冥利に尽きるねぇ? ラナ」
「え?!その、ううっ……はい……」
四方から生暖かい視線で見られて、私は下を向きました。うう、コルベまで……ガイったら、レインで何したんですの?
もう食事の味が致しません……。
私だけが只々1人だけ恥ずかしい思いをして、食事会は恙無く終えたのでした。
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