第15話
どどどどうしましょう!
主人に頭を下げさせるなど、以ての外です!! 私は大慌てで立ち上がり、お嬢様の頭を上げて頂く様に、肩に手を回しました。
「お嬢様、お辞め下さい! 頭を上げて下さいませ!」
どうにか頭を上げて頂いて、そのまま席へと誘導致しました。しっ心臓に悪いです!
「ラナ、私は貴女の人生を曲げ、スティの気持ちを踏み躙って、ミレニスさんの未来を潰したわ。そこまでして、自分の命を取って生きて来たの。全ては死なない様に。生き残る為に」
「はい、けれども私は特に……」
そう私が口に出すと、お嬢様はかぶりを振ります。
「けれど、何処かできっと死ぬと思っていたの。だから、死んだ後にあまり悲しまれない様に、スティとは距離を置いて来たし、友人達には私が居なくなっても困らない様に、婚約者同士仲良くして貰う為に色々と手回しもした。けれど、それも運命からかけ離れている行為なの。だけど私は自分が納得出来る様にそうしたし、ラナ。貴女にもそんなに本音は言って来なかった」
「………」
「私は生きたい癖に、死にたがりだった。利用してる癖に、信用して無かった。いずれ全てこの手から離れて行くものだから。そんな主人だなんて酷いでしょう? ラナが心から仕えてくれているのが分かるのに、私は貴女を信用して無かった。きっと討伐は失敗するから、と。スティもそう。彼が裏で手を回していたの知っていたの。でも知らない振りをして来たの。全部、全部……」
そう仰って、アリアナ様は静かに涙を流されていて、私はハンカチを差し出しました。お嬢様はそれを受け取ると、押し黙ってしまいます。
「…………」
「…………」
「あの、お嬢様」
「…………」
「それの何がいけないんでしょう? 」
「………え? 」
お嬢様はハンカチから顔上げ、私を見つめます。ああ、少し腫れてますね、後でまたシズルから氷を出して貰わなければ。
「お言葉ですがお嬢様。世の中、護衛や侍従に酷い扱いをする腐った貴族など沢山おりますし、最悪気に入らないと手をあげる者もおります。お嬢様は私に何か無体をされましたか? 多少の我が儘ぐらい許されますよ、魔物を見に行きたいとか」
「う……」
「私の人生を捻じ曲げたと思っておいでの様ですけれど、私が殿下の護衛だなんて毎日毎日見ていて腹立たしくなって、終いには憤死すると思いますし」
「ふ、ふふっ」
「魔力の枯渇体験も一度や二度、幼い頃に自分の限界を知りたくてやらかしておりますし。今回はぎりぎりだっただけです。しかも、お嬢様がお救い下さったじゃないですか。些末な事です」
「それは……些末な事なの? 」
「それに、皆の未来を多少変えたぐらい、なんとします。傾国の美女など、国ごと人の人生を変えてるんですよ? 殿下の人生ぐらい捻じ曲げようとも受け止めて差し上げて下さい。寧ろ受け止めて頂かなければ困ります。野放しにされては将来大変なのは国民ですよ? 」
「………」
思いの丈を話したら何だかすっきり致しました。けれど、お嬢様は神妙な面持ちです。……どれだけ苦しんだら、この方は御納得されるのでしょう……。
「……ですから、お嬢様は皆の未来をころころと掌で転がした希代の悪女として、でんと構えて頂かないといけません。」
「……悪女?」
「左様でございます。殿下や、ご友人方や、私を夢中にさせておいて、それで死んで……はい、さようなら。なんて、酷い方です。そんな方は心を弄ぶ悪女で充分。丁度国が傾きそうな程の美女ですし」
この方が死んでしまったら……あの様子ですと、きっと殿下は耐えられそうにありませんし。そうしたら……本当に国が傾きます。
「なので、お嬢様が皆に後ろめたく思われるのでしたら、悪女らしく太々しく生きて下さい。生き抜いて下さい。でなければ、私は許しません」
「そう、そうね……」
「これからはお嬢様には悪女らしく、殿下の手綱を引き、ジョセフィーネ様を蹴散らし、この学園を掌握ぐらいして頂かなければ、箔が付きません! 明日から……いいえ、今日から頑張りましょうね? お嬢様! 」
「ええ? 急過ぎるわ、ラナ……ゆっくり行きましょう? ゆっくり……ふ、ふふふっ、そう、ゆっくり……やって……、そうやって生きて行きましょう」
「はい」
お嬢様のお顔が晴れて、私も一安心でございます。けれども、一つだけ気になる点が……
「あのお嬢様」
「なあに、ラナ? 」
ああ、機嫌が良くなったお嬢様は光り輝いて見えます! いけない、そうでは無いのです。
「ミレニス嬢の未来ってなんでしょう? 」
「それはね、」
すると、扉がノックされました。殿下、時間きっちり過ぎます! もうちょっと余裕ある行動をお願い致します!
お嬢様を確認すれば、困った様に眉尻を下げられて頷かれます。
仕方なく、私は扉を開けて差し上げるのでした。
ーーーーーー
「ああ、その事か」
殿下を招き入れ、ホムラとシズルにはベッドへ移って貰い、私達はソファセットへ腰掛けました。が、おかしい。私は目が悪くなったのでしょうか?先程からの光景が全く理解出来ません。
殿下はアリアナ様を自身の膝に座らせ、腰を抱き締めて離さないのです。お嬢様が散々物申しているというのに、です。ガイなんて目が死んでますわよ?!
そして、そのまま今まで何を話していたのかと問われたので、ミレニス嬢の未来についてのお話に戻ったのですが……返事をしたのは殿下でした。
え、このままお話されるのですか? 抱えたまま? 気にするのは私だけですか?
「もしも、万が一、アリアナが死んだ後に、彼女が私の妻になるんだそうだよ? 」
「はい?! 」
事も無げに仰っておりますが、ミレニス嬢が王太子妃?! 何故、才女だからと言っても彼女は爵位の無い一般人ですよ?!
「スティ?! 私はその話しをまだした事は無いのに、何故知ってらっしゃるの?! 」
顔を真っ赤にされてじたばたされるお嬢様。これは初めて見ました。もう少しお止めするのは辞めておきましょう。可愛いので。
「幼い頃、アリアナの魔法が発動する前にアリアナ本人が言ったんだよ。覚えて無かったのかい? 私は、ピンクの髪の女の子と結婚するって」
「そんなっ……」
「覚えて無かったんだね。結果良かったのかな?もうあの時のショックと言ったら無かったよ、面と向かって振られたも同然だ。だから、学園で関わるピンク頭には警戒したんだ。アリアナの席を取って変わられるのかと思って。まあ、ピンクなんて珍しいからね、あまり居ないんだよ……マーレイ家の血筋で無ければ」
「え? 」
「そ、そんな所まで調べてらしたの?! 」
「当たり前だろう? 私はアリアナと結婚したいのであって、ピンク頭と結婚したい訳では無いからね」
いや、それもそうですが、今さらりと爆弾発言されたのですが、そこは無視ですか?!
「ミレニス・セルークはセルーク神父に拾われた、マーレイ公爵の私生児だ。そうだね、アリアナ? 」
「……そうですわ。彼女は来年、その事が発覚して、マーレイ家の次女として迎えられます」
そ、そんな事も分かるんですのね、未来視……凄いです。
「私はね、何方とも結婚するつもりは無いけれど、未来に関わるのだろうと接触してみたんだよ。ジョセフィーネ嬢も薄くピンク掛かった金髪だが、多分、本来ならミレニス嬢が私の妻になるんだろう。もうそんな事は有りはしないけれどね」
「……そうです。私の事故死の後、御二方は心に深い傷を作ります。けれど、ミレニスさんは自分の力が至らないせいだと、魔法の勉強へ打ち込まれ、その力を高めて行きます。スティは……その、暫く塞ぎ込んで無気力になるんですけれど、弟君のベルトウッド様が学園に入学するにあたり接触が増えて、彼女の直向きな性格に心を打たれ惹かれ」
その途端、殿下はアリアナ様の口を手で押さえました。
「それはアリアナの口から聞きたく無い。……だ、そうだ。納得したかな? 」
「は、はあ……」
殿下の突然の奇行に、私は呆気に取られて間抜けな返ししか出来ませんでした。
「じゃあ、あの討伐にはそもそも連れて行かなければ良かったのでは無いですか?アリアナ嬢」
「ガイ様……スティにも、ラナにも伝えたのですけれど、私、生きたい半分……もう死ぬんだろうな、と思うのが半分を占めておりましたの。ですから、『役割り』の方には極力参加して頂きたかったのです。何かが違わぬ様に。それで、全力を尽くして……それでも駄目だったら、その先を少し和らげて差し上げたかったのです。……痛いですわ、スティ。力を緩めて? 」
やはり、皆様助かったけれど、この話は胸を締め付けます。殿下はお嬢様の背中に顔を埋められて、無言になってしまいましたし……そろそろ離して頂こうかしら?
「討伐で必要な方々は、スティ、ガイ様、ラナ、私、そしてミレニスさん。これは揃っていなければ駄目だと思っていました。エレーネ様はご辞退頂けなかったですけれど、後は自分の身を守る術がある方に致しました」
そこで私は違和感がありました。なら何故……
「ジョセフィーネ様はなんの為に、ですか? 彼女は操作魔法だけですよ? 」
操作魔法は、どちらかと言えば後方支援の魔法です。戦闘に、況してや自分の身を守るには頼りない。お嬢様は少しお辛そうな表情され、ゆっくりと私に視線を合わせました。
「彼女は、来年、ミレニスさんがマーレイ家に入るのが納得出来なくて、彼女を執拗に虐め抜くの。私を助けられなかったと落ち込んでいる彼女を」
「それは……」
「だから、もし失敗したら……どれだけ大変な出来事で、ミレニスさんがどれだけ心を痛めてしまうのか見て頂きたかったの。そうしたら、虐めもしなくなるかと思って……」
「お嬢様……」
どこまで人を思いやれば気が済むのですか……
「それで、私がミレニス嬢と結婚すれば良い、と? 」
ん?殿下の様子が……? 表情が伺えませんが、何か怒ってらっしゃる様に見受けられます。
「アリアナ、君は変な所に気を回して、肝心の所が分かって無いんだ。もっともっと貪欲に生きてくれて良い。もっと周りを使ってくれ。……想えば想う程に寂しいだろう、それは」
「スティ……」
「殿下、大丈夫です。これから先はアリアナ様には皆の心を弄んだ罰として、悪女として太々しく生きて頂く事になりましたから! 先ずは学園を牛耳る所から始めて頂こうと思っております! 」
「ラ、ラナ?! 」
「何だその発想は……」
ガイが呆れておりますが、お嬢様が伸び伸びと堂々と生きて頂けるのなら何だってやってみせますのよ?私。
「ふ、ふふふっ、アリアナが悪女?……確かにそうだね、ずっと心を捉えて弄ぶ美女だものね? 私はさながら傾国の美女に弄ばれた間抜けな王子か、はたまた隣に並ぶ魔王かな? 」
魔王……意外にお似合いですよ、殿下……言いませんけれど。
「あ、魔王はこの先現れますから、スティは魔王にはなれないのよ? 」
「……え? 」
「なんだって?! そんなの神話の話しだろう?! 」
「いつ?! いつ現れるんだ、アリアナ?! 」
ガイと私は慌てて立ち上がりました。魔王だなんて、一体どれだけの兵力を持ってすれば抑えられるのか検討もつきません!
「あ、あの……ごめんなさい、冗談です……」
「…………」
「………お嬢様……」
「……確かにこれは悪女そのものだな」
「す、すみません……」
小さくなるお嬢様もとても可愛らしかったです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます