第14話


どうして私の結婚が既に決定事項になっているのでしょうか?! 私は求婚されたのは、ついさっきですし、心の準備が……って、そう言う事では無くて!


ん?! 姉様が言っていたのはこれですか?! だから義姉なんてっ、えっ?! 知らないのが当人だけって一体どういう状態ですか?!


「ラナ? 」


いえ、確かに腐っても子爵家ですから、政略結婚なんて当たり前ですけれど! レイン家は『番は自分で探す』っていう家訓があるのにっ。嘘?! 父様は嘘を教えたのですか?!


「ラナ、大丈夫か? 」


「えっ?! は、はいっ。」


抱き締められていた状態から、体を離され向き合わされて、ガイは顔を覗き込んで来ます。私は嬉しいやら恥ずかしいやら悔しいやら、心中複雑です!

何ですかこの外堀を埋められた挙句に強化魔法でがっちがちに固められた感じは!


「……何だか腑に落ちません。」


「怒ってるのか? 勝手にやったから。……嫌だったか? 」


「い、嫌と言うか……っ、私が断っていたらどうするつもりでしたの?! 」


「……え、」


え、考えていなかったのですか?! 私が目を剥くと、ガイはふにゃりと優しく笑いました。


「そりゃ、良いって言われるまで口説いてくだけだろう? 」


「っ!! 」


や、やっぱりこの人しつこいんですわ!

しかも、しかも…もう、何ですかこの仕打ちぃ〜!! そんな優しい眼差しで見てくるなんて反則です!

恥ずかしくて今すぐにホムラと飛び立ちたいです……


「ラナ? 」


「もう恥ずかし過ぎますっ少し黙っていて下さいまし! 」


「うん? 分かった」


ガイはそう言って、また私を抱き締めます。もう、何でそんな平然としてるんですの?! 私ばかり慌ててっ!


「ガイの癖にー! 」


「おいっ、どういう意味だっ」




そんな私の葛藤との戦いの最中、扉がノックされました。


「どなた? 」


「殿下の侍女です。セイルと申します」


「俺が出よう」


ガイが扉を浅く開け、ひそひそと何やら話しています。


「分かった、直ぐに行く」


「ガイ、何か……」


扉を閉めて、此方を向くガイの顔は困った様に苦笑しています。


「ラナ、来てくれ。あ、その前に」


そう言うと、ガイは立ち上がって近付いた私の目元に手を当てます。直ぐに冷んやりとした冷気が流れ、火照った目元を冷やして行きます。


「はー、気持ち良い……。助かります、ガイ」


「うん、こんなものか?行こう」


「はい」


促されるままに扉を出れば、意外な人物が立っていて、私は驚きました。



「殿下……アリアナ様は……」



お嬢様は殿下に座った状態で抱き抱えられ、眠っておられました。



「泣き疲れて寝てしまった。部屋を開けてくれないか? ミス……私も、ラナと呼んでも構わないかな? 」


「え? どうぞご随意にされて下さいませ。此方にお願い致します」



そのまま通路の奥のお嬢様のお部屋へ案内致しますと、ベッドにホムラとシズルが綺麗な丸になって寝ていました。


「ホムラ、シズル。今日は私のお部屋で眠りましょうか。さ、殿下お願い致します。着替えは私がやっておきますから、侍女の方に湯をお願いしても宜しいですか? 」


「もう持たせている。ラナさん、私も部屋に居ては駄目だろうか」


「ラ、ラナさん?! 殿下に呼ばれるとくすぐったいですわ、どうか呼び捨てになさって下さいませ! けれど、お部屋の件は駄目に決まっていますでしょう? 私が了承すると思っておりますか? 」


「……そうなのだが、話しを聞いた後だと、このままアリアナが眠ったまま死んでしまうのではないかと心配になる」


「……そのお気持ちは随分と良く分かりますわ。運命……が大きいのでしたら、回避しても付き纏うのではないのか…と」


「そんな事は無いとアリアナはずっと言っていたが、私がアリアナの心配しない日は1日たりとて無いからね」



そう言って、殿下はアリアナ様の手を握ります。私はその光景に揺らぎそうになる気持ちを抑え、息を吐きました。


「……けれど、未婚のお二方を一緒にとは参りません。殿下、5時間のみ頂けませんか? 早朝見舞うぐらいなら、寮長も許可して下さいますわ。ガイなんて会釈のみで入寮しましたのよ? ホムラも付けておきますし、殿下もお疲れでしょう? 明日の朝、お待ちしておりますわ」


「……分かった、そこで妥協しておこう」


「妥協されねば困ります。後は殿下を縛っておく方法しか思い付かないのですから……」


「ふ、過激過ぎやしないかい? それは」


「いいえ、妥当と存じます。ささ、お休み下さいませ、殿下。また明日に」


「……そうだね。ねえ、ラナ。ふと思ったけれど、貴女が私の護衛に付いていたら、毎日こんなやり取りをしていたのかな」


不意に紫色の双眼が私を捉えました。私はそれを見つめながら少し考えます。けれど、お嬢様のお言葉を思い返してみても、私の心は決まっておりました。


「そうかも知れませんけれど、私はやはりお嬢様の付き添い人以外をしている自分が想像出来ないのです」


「うん、そうだね。ラナがアリアナに付いていてくれて、本当に良かったよ。……あの時だって、アリアナがあの場にもう少し残っていたら、もっと早い段階で砂竜サンドワームは暴れていたのかも知れなかったのだし……」


「全て『もしも』の話しですわ。皆様無事ですから……アリアナ様も。それで良いではありませんか?今夜は……」


「……そうだね。ではまた明日だ。ラナ、アリアナを宜しく頼むね。」


「畏まりてございます。言われずとも、私にお任せ下さい」


「ふ、そうだね。やはり貴女はアリアナ付きじゃないとね」


沢山泣いたのでしょう、殿下は少し腫れた目元を緩ませ、笑っています。そのまま立ち上がり、扉へと向かいました。


「では明日に。多分ラナも色々と聞きたい事はあるかも知れないけれど、時間はちゃんと作るよ。貴女の結婚話しをレイン家に進めたのは私だからね」


「な、えぇ? はい? 」


「ふふ。では、また明日」


驚いている私を他所に、殿下は扉の向こうへ姿を消しました。代わりにお湯を張ったボウルを抱えた侍女が入って来ます。


「……まあ、そういう事だ。また明日、ラナ」


ガイは私の頭を一撫ですると、部屋を後にしました。侍女に話し掛けられてボウルを受け取ると、彼女も部屋を後にします。それを見送った後、私はお嬢様の身支度に取り掛かりました。



……叫び出さなかった私を誰か褒めて下さいませんか??



何とか体を拭き終え、着替えさせた後に私は手元にタオルを広げます。


「シズル、少し氷頂戴? 」


パタパタと天井部を飛んでいたホムラとシズルでしたが、シズルは私の肩に止まると、広げたタオルに細かな氷を吐きました。


「指示しなくても、細かくしてくれたの? 良い子ね」


そう言うと、私の頭にごんごんと頭を打ち付けて擦り寄っています。可愛い。一才なのでまだ甘えん坊です。

そのままタオルで氷を包み、お嬢様の目元に乗せました。お嬢様も沢山泣いたのでしょう、目元は真っ赤に腫れていました。


きっと沢山言いたいことがあったのでしょう。本当は逃げたくて仕方がなかったのでしょう。これから、どう運命が変わって行くのかは分かりませんが、生きてさえいて下されば、乗り越える事は出来ます。



そう思いながらも少しうとうととし、私はほんのちょっと休むつもりで、椅子に座った状態でお嬢様のお手を繋いだままベッドに俯せに倒れ……



そのまま眠ってしまった様です。




ーーーーーー




どのくらい時間が経ったのでしょう。頭に手が触れる感覚がして、私ははっと目を覚ましました。


がばっと起き上がると、私の頭に触れていたのか、お嬢様が片手を挙げて驚いてらっしゃいます。


「お嬢様?! 申し訳ありません、寝てしまいました! 」


お嬢様は薄明かりでも分かる程優しく微笑えまれました。女神か何かでしょうか?


「良いの。ラナも病み上がりでしょう? 疲れていたのだわ。部屋に戻ってから少し眠った方が……」


「私は大丈夫です。ホムラが元気で在れば、私も回復が早いのです。当然逆も然り。ですから、もう元気そのものですよ」


「………」


「お嬢様? 」


「きっと、あの時……ラナだったから、無事だった。他の誰かだったら命を落としていたのだと思うと……怖くて……」


「お嬢様……」


「ちょっと話しに付き合って貰いたいの。お茶を入れてくれる? ラナ」


「畏まりました! 今時間は…お嬢様、後1時間程で殿下が押し掛けて参りますので、心の準備をなさって下さいね」


「まあ、スティは我が儘をして……」


そう言いながらも、お嬢様が嬉しそうなので私も頬が緩みます。立ち上がり、枕元の濡れたタオルを回収した後に急いでお茶の用意を始めました。


お嬢様の身支度も軽く整えた後、テーブルセットに2人で着席して、私はカップに紅茶を注ぎます。とても静かな時間が流れて、聞こえるのはソファで丸くなるホムラとシズルの寝息と、注がれる紅茶の音だけ。

まるでまだ夢の中にいる様に感じます。



準備が出来て、お互いに紅茶を口に運びました。一口飲むと自然とほっとします。やはり、これは現実です。



「一体、何から話せば良いかしら……」


「何だって、お嬢様の語りたい全てが聞きたいです」


「そう? ええと……ラナ。貴女、殿下の護衛にならなかった事を、後悔していない? 」


「お嬢様……侮って頂いては困ります。私は、お嬢様だからこそ、お仕えして支えたいと思ったのですよ。殿下には常々苦言を申し入れたいとは思っても、お仕えしたいと思った事は一度たりともございません」


「苦言? 何かしたのかしら? 」


「まあ! お嬢様、数々の女性の噂についてでございます。もっと、ビシっと、孤高の存在ぐらいになって頂いた方がお嬢様が安心でございましょう? 」


そう私が宣言すると、お嬢様が目を丸くして驚いてらっしゃいます。そんなお姿も愛らしゅうございます。


「ふ、ふふふっ、そうね。ふふ、確かにね。でもラナ、上位や有力貴族の令息令嬢を無下にしても厄介なものなの。適当に愛想も必要なのよ? 」


「いえいえ、それを上回る威厳を振り撒けば良いのです。殿下はそれが出来る力量がございます。にも関わらず、それらをしないので見ていて腹が立つのです」


「私がそれを良しとしていたからかも知れないわね。これからはもっと見て行かないといけないわ」


「そうです、お嬢様! ジョセフィーネ様なんて、蹴散らせば良いのです! 」


「………」


そう言うと、お嬢様はカップをじっと見つめて黙ってしまわれました。私、何か失言をしてしまいました?!



「ラナ、ごめんなさい」



そう仰って、お嬢様は徐ろに席を立つと、深々と頭を下げられたのです。


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