第10話
じゃんけんとはとても理に適った遊びでした。
全ては運と勘任せ。
そこに上も下も無い。何故石に対して鋏と紙が出て来て、しかも石を包むから紙が勝つとは何処から出たのかは分かりませんが、これはもっと浸透させても良い……いえ、紳士淑女がしていたらちょっと滑稽ですからやはり無しでしょうか??
「これは良いね! 学園に居る間だけでも使いたいね。研究発表会とか、魔術の訓練とか、順番決めに最適じゃないかな? 」
「あの、でもあまり人数が多いとあいこが続いて長引く恐れがありますので、お勧め出来ません……」
キラキラと黒い瞳を輝かせるアルフレッド様に、ミレニス嬢は少し申し訳無さそうです。でも確かに、大人数では延々と続く様が想像出来ます。
「成る程。残念、面白いのに……」
「ですが、組み分けはグッパーやグッチーで出来るので……」
「ぐっぱ?」
「あの、グーとパーの組みとか、グーとチョキの組みとかを……」
成る程。そう言った変化も楽しめる訳ですのね。
「後は組み分けならあみだくじとかも……」
「あみだくじ? 」
「え? これも一般人向け?? む、難しい……」
「あみだくじ、とは何のくじかな? くじとは、良く祭で出る当選
「そうなると、そもそもあみだ、とは何なのかな? いや、じゃんけんすら何処から来た掛け声なんだろう? 面白い、調べて統計を出したい! 」
アルフレッド様とヒース王子はミレニス嬢の説明も置き去りに、わいわいと楽しまれています。ミレニス嬢は説明が難しいのかうんうんと悩んでいますし、アリアナ様は……
「お嬢様、ご気分が優れないのですか? 」
何時もの何か思い付く様な考える姿では無く、どちらかと言えば思い詰めた様な表情に、私は慌てて声を掛けました。
「ごめんなさい、1人でじゃんけんについて考えてしまっていたわ。名前は何処で付いたのだろうかとか……。気分が悪い訳では無いの。ありがとう、ラナ」
「左様でございますか。気分が悪くなられたら、直ぐに仰って下さい」
「ええ、そうするわ」
「あ、あの……私飴玉を持って参りましたので、いつでも仰って下さい。気分が少し良くなると思いますから……」
「! っええ、ありがとう。私もクッキーを持って参りましたの。ミレニスさんも、小腹が空いた時には、いつでも私に仰ってね。後、魔力の余りも、ね? 」
「は、はい! 実は、恥ずかしながら魔力の操作がまだ下手で……大きな魔法はまだ……その時は宜しくお願い致します! 」
おずおずと進言するミレニス嬢に、お嬢様は一瞬目を剥いて向き合った後、優しく微笑まれました。……ふとした違和感があります。それが何故かが分からない。
ミレニス嬢といえば、『特待生で、碌にマナーも知らず、周りの助言を無視して男性に近付くはしたない生徒。』との噂ですが、見ている限り、この状況に怯えてはいても媚びた感じは受け取れません。進んで、男性に視線を投げる訳でも無く、自分の立場を配慮した上で言葉を選んでいる……様に見えます。
それはそう、彼女は座学の総合試験で上位を取り続ける才女ですから当然です。マナーだって覚えた筈。なのに、何故? 確かに庇護欲は
そして、お嬢様。
王太子殿下が何をされようと、甘い言葉を口にされようともドライなお嬢様です。そんなお嬢様がこんなに彼女を気にかける意味は何でしょう? 本当にその才能だけが気になるのでしょうか? だとしたら、殿下……ざまぁですね……おっと、心が澱んでますわ。ほほほ。
そう思っている間にも、馬車は森の中の細い道、中程まで進み、止まりました。ここから先は道が細く、坂も急になる為、この場で馬車は待機です。
皆様次々と馬車から降りられると、一箇所に集まります。すると、エレーネ様がお嬢様に駆け寄って、手を取りました。珍しいですね。
「アリアナ様! 帰りの馬車は違う組み分けにして下さいませ! ジークったら……ではなく、ジークハルト様と来たら、煩くて仕方がないのですのよ! 小姑なのかしら? あー嫌だ嫌だ! 」
「エレーネ? 私は至極真っ当な意見を述べているつもりだが? そもそも、何だその言葉使い。侯爵家の自覚があるのか」
「お二方、少しは殿下を見習って落ち着いたら如何? ねえ? スチュワート殿下」
「「それを貴女に言われる筋合いは無い! 」無くてよ! 」
おお……何があったのかは分かりかねますが、息ぴったりでは無いですか?? そしてジョセフィーネ様、王太子殿下にしな垂れてはいけませんよ。不敬ですよ、貴女こそ公爵家の何たらを勉強し直して来て欲しいです。切実に。
エレーネ様とジークハルト様は又従兄弟という間柄で、婚約も早くから結ばれていたそうなのですが、最近では顔を合わせれば睨み合いか罵り合いです。人目は避けている様ですけれど。しかも内容が、お嬢様派のエレーネ様と殿下派のジークハルト様…。何でしょう、この不毛な争い……いえ、私は勿論お嬢様派なんですけれど……。
「あ、じゃあ帰りはじゃんけんで決めましょう!ね、アリアナ様! 」
アルフレッド様が覚えたての遊びをしたくてたまらないみたいです。伯爵家の嫡男とはいえ、まだ15歳。遊び心を忘れていない様です。
「え、ええ。帰りに皆様でじゃんけん、致しましょうね」
じゃんけん? と首を傾げる5名に、アルフレッド様が嬉々として説明されていました。そしてその陰で、『は、恥ずかしい〜』と悶えるミレニス嬢。どうしましょう、微笑ましさすら感じて参りました……。もしや、これが男性を惹きつける要因?! 大変です! 隙の無いお嬢様とは真逆も良い所です!
一人で焦る私の元へ、ガイが近付いて来ました。何故かやつれた様な? 気のせいでしょうか。
「ラナ、ホムラはどうだ」
ホムラは今、上空にて怪しい影が無いか偵察へ行かせております。
「今の所敵影無し。一旦肩に留めて休ませるけれど、探知するから大丈夫ですわ」
「そうか。其方の馬車はどうだった? 」
「和気藹々として楽しかったです。……其方は? 」
「……見た通りだ」
「でしょうね」
任務が関わると私情を出さないのが騎士の良い所です。私も今日の為に共に訓練などをしてようやっとガイと普通に接っする事が出来ています。
しかし、ガイは行きの馬車で既に精神力が削られている様子。あれを見たら誰もが車中での様子を察せられます。…ご愁傷様としか言えません。
私はバシッとガイの背中を叩いてあげます。
「った、何だ? 」
「お疲れ様でございますわ」
「労いなら別が良い」
「何か仰って? 」
「労いなら別が……帰ったら貰うから良い」
……人が聞こえない振りをすれば、何を勝手に決めてるのでしょうか?! 私は無言で強めにまたガイの背中を叩くのでした。
気を抜いてどうするんですの?! 全く……。
それから私達は試験中の護衛に囲まれ、小休止を挟みながらも、レイべの丘へと辿り着いたのでございます。何も無く、寧ろ拍子抜け……いえいえ、大変ようございました。
丘の上には広場があり、そこには天井が朽ち落ち、建物の枠組みのみが寂しげに佇む、神殿跡地があります。本日の目的地、遺跡へと無事辿り着く事が出来たのです。
怪しい影は無し、前半は異常無しですね!試験としては……成り立つのかは分かりませんが、隊列、小休止の挟み方、探索…要人への配慮と皆様頑張ってらっしゃいましたし、そもそも3年生ともなると、魔物討伐は授業に入っておりますから、試験的に問題無いのかも知れません。
遺跡は朽ちているとはいえ、流石元神殿。その佇まいには言葉を飲み込ませる荘厳な雰囲気を感じさせます。
「丘の上とは思えない規模だね。さぞかし創建当時は立派だったのだろうな。中は見ても? 」
「先ずは護衛が確認します。お願い致します」
「はっ! 暫くお待ちを」
ヒース王子とアリアナ様のやり取りに、元気良く返事をして、騎士科の生徒が数人神殿跡地の中へと入って行きました。
空かさず探知魔法で中を確認します……ん? 突然魔力の流れが生まれましたよ?! 護衛の探知魔法……では無い。
ああ、最悪です! 一番恐れていた事態に、私達は遭遇してしまったのかも知れません!
「ガイ!! 罠?! 」
「違う、突然出た! 下だ!! 」
「皆様、護衛の元へ! ホムラ!! お行きっ! お嬢様、私と共に居て下さいっ」
視線を向けると、お嬢様は静かに首を振っています。それは、怖がっていると言うより……悔いている様に見えます。
「っラナ、私、私……」
「?! お嬢様? 失礼致します! 」
私はお嬢様のお手を取り、神殿跡地から遠ざかりました。
「1、2班、前衛へ!! 3、4班要人を囲みながら道を下れ!! 」
教官の指示に従いつつ、お嬢様と共に警護の中へと合流します。
「ホムラ!! 共鳴する! 」
私はホムラの空中からの目線に意識を繋げると、最悪な物をその眼に捉えてしまったのです。
目の無い顔に、大きな口を覆う、うねうねとした触毛……何より、手足の無い長い体……
「
私の口から溢れた言葉に、皆が一斉に此方を向くのが分かりました。
その途端、轟音と共に、遺跡跡が地の揺れによって崩れて行きます。その大きさ……もたげた首が既に周りに生えている木よりも高い!
ひっ、とジョセフィーネ様が悲鳴を漏らしました。
何て事、何て事なの! こんな最悪な偶然が起きて良いのですか?!
焦っていた私の耳に、ガイの声が聞こえて来ました。
「……殿下、お早く。皆様方、付いて来て下さい!! 」
「ガイ、足止めにあれでは足りない、お前も行け」
「承服しかねる。それに、あれでは学園まで下りるやも知れん! 」
「ちっ、……合図は、送ったか?! 後どのくらいで来る?! 」
殿下は何か準備されていた? でしたら!!
2人の会話を聞いて、私はお嬢様に向き直しました。
「お嬢様、ホムラに乗せます。お早く! 」
「……ラナっわた、私のせいですから、私は先に逃げるつもりはございません!! 」
そう言って、お手を引いてもお嬢様は首を振るばかりで足を一歩も動かしてはくれません。一体何故?! これはお嬢様のせいではありませんのに!! 時間が惜しいっ!
「み、皆様お早くお逃げ下さい!! 私、生物操作を試みてみますので!! 」
その言葉にお嬢様は私の手を勢い良く離し、後方のミレニス嬢の元へ駆け出しました。
「駄目、あの大きさに貴女の魔法は効きません!! 寧ろ、魔力を無理矢理引かれ暴発する恐れもある! 逃げなさい! 今ならまだ間に合うからっ! 」
「けれど、あの巨体なら丘も一瞬で下ります!! せめて、足止めぐらいにはっ! 」
「ならば私も残ります! 暴発した魔力は私がっ……!! それが私の、本来の……」
私はお嬢様の背後に追い付き、叫びます。
「ホムラ!! 来なさいっ!! 」
私はホムラを呼び寄せます。ホムラは馬程の大きさ、本来の姿に戻っています。
横目でジョセフィーネ様とエレーネ様が背負われて坂を下るのを確認し、私は渾身の力と強化魔法で2人の首根っこを掴み……投げました。ホムラが上手に2人を背中へ乗せると、そのまま上昇します。良い子。帰ったらご褒美をあげなければ。
「?! ラナ! 」
「え? え? 」
何が起きたのか分かっていないお二方は、もう小さくなっています。ホムラの機動力は抜群ですね。お嬢様方を学園で降ろしたら直ぐに戻って来る筈。心配は要りません。
しかし……さて、困りました。土属性相手に炎は不味いですから。まあ、何とかやれば、足止めぐらいにはなるでしょう。
私は腰に携えていた剣を鞘から抜き、砂竜に向かって構えるのでした。
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