第9話


「こんな楽しそうな催しに招待頂き、ありがとうございます。今日は宜しく頼みます、スチュワート殿下、アリアナ嬢」



そう言って微笑むのは、隣国の第二王子ヒース王子殿下です。我が国より南に位置する土地柄か、焼けた肌に金の髪と金の瞳が、獅子王と云われる現王とそっくりとの噂で、それは後ろに光魔法でも随時展開しているのかと突っ込みたくなる程の華やかさを放っております。


「私は何も……今日は私の自慢のアリアナが催したもの。私には礼など不要です、ヒース殿下。お互いの選択クラスですと、こんな機会はありませんから、実は私も楽しみなのです」


最初難色を示していた癖に手の平返しが早かった上、褒めそやすその姿勢っ……! 王太子殿下、狡いですわよ?!


私の怒りを知る由もないヒース王子が、アリアナ様の手を取ると、甲に優しく口付けされました。お嬢様には手袋をして頂いておりますから、安心でございます。ほほほ。




アリアナ様始め、王太子殿下もヒース王子も、在籍クラスは政経科です。

これは王族や高位貴族の嫡男や令嬢が選択する事が多く、後は文官を目指す方もそのクラスを選択します。しかし、在籍は其方でも、取得する授業は選べますから、お三方は他に魔法科の授業や、殿下と王子は騎士科にも顔を出してらっしゃいますので、選択如何では今日の試験も受けていたかも知れません。


魔法科でも、座学と実技とでまた選択授業が別れて行きますから、座学を選択されているお嬢様には縁の無い試験でしたのに……は! いけない、私はまだ拗ねているみたいです。切り替えて参りませんと!!



「私も楽しみなのです。慣れない土地で戸惑われるかと思いますが、楽しんで頂けると嬉しいですわ、ヒース王子殿下」


「貴女の『黒百合の会』は噂に聞き及んでいましたから、実は招待されたくて仕方が無かったのですよ。何やら、美丈夫ばかり呼ばれるとか……」


「まあ! なんて噂されているか聞くのが怖いですわね、この会は純粋な勉強会ですのよ? ですが、今日に限っては見渡す限り、美丈夫の噂は合っている様にも思えますわね? 」


そう言ってにこりと微笑まれるお嬢様。


これは……お嬢様、いつそんなテクニックを学びました?! 殿下? 殿下の所為ですわね?! いくらなんでも口説くのはやり過ぎです!


「これは……ふふ。では仲間に入れて頂いて光栄ですね、私の事は是非ヒースと。あまり表舞台にお出にならないアリアナ嬢とお近付きになれる上、褒めて頂けるとなれば、皆参加したがる筈ですね」


「まあ……ふふふ。では、遠慮なくヒース様と。楽しんで頂けるのは嬉しいのですが、羽目を外して護衛から離れないで下さいましね? 皆の肝が潰れてしまいますから……」


「私には心配の言葉は掛けてくれないのかな、アリアナ? 少し妬いてしまうな」


「まあ! スチュワート様はいつも私が一番に想っておりますのよ。皆の前で恥ずかしいですから、からかうのはお辞め下さいませね? 」


こ、怖い……殿下のあの屈託の無い(様な)笑顔が怖く見えるのは私だけですか?! しかも、殿下の後ろに控えているジークハルト様とお嬢様の後ろに控えているエレーネ様とジョセフィーネ様も何だか不穏ですしっ!! 傍観者の立ち位置って辛いですわ! 穏やかな恋愛を見守りたいものです……


「そうそう、それから見知っておりますかとは思いますけれど、此方、マーレイ公爵家の御令嬢、ジョセフィーネ様でございます。彼女の得意魔法『操作魔法』は貴重であらせますから、此度の勉強会ではその知識も披露して頂きたく、ご招待致しましたの。そして、此方はゼットン侯爵家のエレーネ様です。懇意にして頂いている友人ですの。それから……」


そう言って、お嬢様はかなり離れた所で控えていたミレニス嬢に視線を移しました。見られた彼女は、少し肩をビクつかせ、俯いてしまいます。

確かに、王族、上位貴族の中で護衛任務の騎士科の方々以外、特待生は彼女一人だけ。肩身が狭いのも伺えます。けれど、学園ではあんなに殿下やらジークハルト様やらと親しげでしたのに、変ですね。


「セルークさん、どうぞ此方へいらして下さい」


「は、いえ、その、私など……」


「アリアナ様、ちょっと貴女意地悪が過ぎてよ。彼女は政経科を専攻しているとはいえ、あくまでも特待生。肩身が狭い思いをされているのでしょう。それなのに、お一人で参加させるなんて、酷な話しではなくって? 」


そう言って、ジョセフィーネ様がミレニス嬢をちろりと見れば、先程とは大きく違って、彼女は肩を震わせています。ああ、これはジョセフィーネ様のせいですね、確実に。一体彼女にどんな仕打ちをされて来たのでしょう? 純粋に怖い。


大体、このメンバーで無事な筈が無いのです、主に其々の方の精神衛生的に。



「まあ、ジョセフィーネ様。お言葉ですけれど、学園は等しく皆が同じ立場。しかも、本日は貴女様同様に、彼女の『生物操作』の魔法をご教授願いたくてご招待致しましたのよ。治癒魔法、付与魔法と並んで、別名『神の未技』とされる魔法でしてよ? 敬意を持って接して頂きたいですわ」


「……まあ、アリアナ様は変わった志向の持ち主ですのね? デビュー前とはいえ、それでも公爵家なのかしら。そもそも、この催しだって好き勝手にお開きになって、殿下の御苦労が偲ばれますわ」


「ジョセフィーネ嬢、その位にして貰えないか? せっかくこれから出立すると言うのに、皆楽しんで向かいたいのだからね。さ、ミレニス嬢も此方へ」


私とエレーネ様が苦々しくジョセフィーネ様の言葉を聞いて居れば、やっと殿下が仕切り直しをして下さいました。遅いですけれど。ミレニス嬢はおずおずとは輪の中へ近付くと、ゆっくりとお辞儀しました。



「皆様、私ミレニス・セルークと申します。この度は私の様な者もご一緒させて頂き、光栄の極みでございます。魔法に関しましては、まだ修行不足により稚拙ですので、説明するなど烏滸がましくお恥ずかしいのですが、何卒宜しくお願い致します」


「ええ! 是非宜しくね。魔力が沢山あって困ったら、直ぐに私の元へ来てくれると良いのよ、魔法解除だけは私天下一品と自負しておりますから」


「は、はい!!宜しくお願い致します!! 」


あら、ミレニス嬢お顔を真っ赤にして。お嬢様が突然手を握るものだから慌てたのでしょうね。何だかんだ学園で様々な殿方と噂になっておりましたけど、この会だけは彼女に同情致しますわ。噂の人とその婚約者と同行するなんて、どんな苦行ですら敵いそうにありませんし。



「……ふんっ」


……ジョセフィーネ様、聞こえていますからね? 本当にお嬢様なのかミレニス嬢なのか…或いは両方の方が気に入りませんのね。あの上品なお顔の下、腹に一物ありそうなのですけれど、ガイの報告では罠は仕掛けられていないとの事ですし。


はてさて、大人しくしていてくれますでしょうか?






それから、ジークハルト様とアルフレッド様。教諭、教官方が挨拶されて、一同はレイべの丘へ向かいます。途中までは馬車で、それから森を抜けるには徒歩になります。皆様今日は魔術の訓練服や騎士科の訓練服に身を包んでおりますから、比較的歩きやすい格好なので、そこは安心です。


移動の馬車では、お嬢様の采配により一つは殿下、ジークハルト様、エレーネ様、そしてジョセフィーネ様。護衛にガイが同乗しました。そして此方はヒース王子、アルフレッド様、ミレニス嬢、そしてお嬢様と私が乗り込みます。


振り分けを聞いた時の殿下のお顔と、にやりとしたジョセフィーネ様の落差と言ったら……。本気で殿下に言い寄っているのでしょうか? 殿下の胆力が問われますね!





此方の車内では先程からアルフレッド様が、レイべの丘の遺跡について年代や何に使用し、どんな役目があったのか説明されています。


「成る程、では元は神殿だったと? しかし、今の神殿は王都に大きな物が建てられているから、場所は重要では無かったのかな? 」


「いいえ、天により近く、星々を見渡せる場所へ建てたかったのです。その当時の王族は女神を一目でも見たく、そして近くに在りたいと恋い焦がれたのでしょう。一目を阻み、私的に建てたのかと」


「学園自体が、元王族の城跡とのお話でしたものね」


「そうです。常に側に居たい男心という奴ですかね。当時は今よりも魔物への対策が発展しておりませんでしたから、神への信仰が厚かったのだと思います。そして、無事森を抜けてみせる事も、己が力を主張する事に繋がりますし……」


「あら、男心の割に打算的ですわ」


そう言ってくすくすと笑うお嬢様、お可愛らしいですわ。でもその男心、何処かの誰かさんみたいだと思われません? 私だけですか?


「全くですね、しかし女心は秋空と例えられますが、王族の男心は何と例えたら良いのか……」


そう言って、アルフレッド様はお手上げポーズをなさいました。茶目っ気たっぷりの男性ですね。好感が持てます。


「ふふふっ……では、何に例えたら良いのか皆其々発表してみませんか?あ、……って、私ったら、失礼しました! 」


ミレニス嬢が慌てますが、その発言にお嬢様が目を輝かせました。


「それは楽しそうですわね、今から考えて発表致しません事?! 」


「じゃ、じゃあ、順番はじゃんけんで決めましょうか? 」


「……じゃんけん? 」


……じゃんけんて何でしょう? お嬢様同様、私も初耳の言葉です。


「え、あれ? じゃんけんって一般人だけのものですか?! ええ、初めて知りました…変な事を言ってすみません……」


ミレニス嬢はしょんぼりしておりますが、せめてじゃんけんの説明を下さいまし!


「……そのじゃんけん、面白そうですわね、お教え下さる? セルークさん。」


お嬢様の好奇心に火が付きました!これは男心よりも其方の方が興味深げですね、私もですが。


「そんな、恐れ多いです。私の事は是非ミレニスと呼び捨てになさって下さい。皆様も、ご同様に……」


「それでは、ミレニスさんとお呼びしますわね。それで、その、じゃんけんとは? 」


「それ、僕も知りたいな、初めて聞いた単語……名称? ですから」


「え? ええっ?! そんな高尚なものでは無いのですが……」


「市井の情報を知るのも大事だと思うよ、教えてくれないか? ミレニス」


「ひえ〜! 」



アリアナ様、アルフレッド様、ヒース王子に順番に問われ、ミレニス嬢は目を回しております。……思っていた感じの印象とは異なりますね。噂はやはり話し半分で聞かないといけませんね。




しかしながら、皆様方が思っていたよりも楽しんで頂けている様で、私は内心ほっと胸を撫で下ろすのでした。






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