第8話


私は昨日の失態を朝一番にお嬢様に謝りました。



いくら賛成しかねるとはいえ、お嬢様のお考えを端から否定する行為は付き添い人としても相応しく無いのです。どんな時も主人に沿わねばならないのに、感情のコントロールすら上手く出来ないなんて、私は付き添い人失格です。


そもそも、何故私が護衛でも、侍女とも明言しないかと言えば、全ての業務を賄える様に。護衛だと行けない場所、侍女だと共に居れない場所。そう言った場所を無くす為でございます。それ故に、敢えて付き添い人としてお嬢様と共にあるというのに、私と来たら殿下には追い出されるわ、何故だかガイには良い様にされてるわ、良い所無しではないですか!!

お仕えする時に、難しいお立場のこの方を全力でお支えしようと決めたのに、何たる体たらく。


これでは、殿下がまた不埒な噂を振り撒いた時に毅然と物申せないではありませんか!!




「良いのよ、ラナはラナで、私の事を考えてくれたのでしょう? 私はそれだけでも嬉しいのよ? 」



そんな私に優しく許す言葉をお嬢様からかけて頂き、心苦しいばかりです。しかし、私は護衛も兼ねる付き添い人ですから、お嬢様の真意を確認せねばなりません。


「お嬢様、お教え下さい。何故、ジョセフィーネ様に、更にはミレニス嬢まで招待されるのですか?しかも、遺跡巡りにはお嬢様のお友達が入ってはおられないではないですか。それは何故です? 」


お嬢様は、んー……と曖昧に返事をされると、私をソファーへ腰掛ける様に手招きなさいました。話しが長くなるかと思い、私も素直にご厚意に甘えます。


「ジョセフィーネ様はね……小さな頃から色々と煩い方でね。私の黒百合の会にも再三取り止める様にお手紙が来ていたので、一度どんなものか体験して貰いたいのと、あの方は『操作魔法』が得意なの。とても貴重でしょう? そして、ミレニスさん。あの方は珍しい『生物操作』が出来る。外出には持ってこいな魔法でしょう? 」


「お嬢様……それだけでは少し決定力に欠けます。」


「んー……。困ったわ、なんて言えば……。もし、魔物が出ても、ミレニスさんの魔法は魔物を操る事が出来て、ジョセフィーネ様は騎士達護衛に増幅の魔力を送り込む事が出来る。それって、生存率がぐんと上がると思わない? 」


「左様でございますね。けれど、元々この勉強会事態無くせば、皆の生存率は揺るがないものになりますが……」


「私はそれも考えたのだけれどねぇ。避けて通れないものなのよ」


避けて通れない? 意味が飲み込めず、私は首を傾げました。そんな私にお嬢様はにっこりと笑顔になって、


「そう。探究心はね! 」


と、茶目っ気たっぷりに仰いました。

しかし、何故だか私は話しを聞く前よりも、言い知れぬ不安が腹部を巡る気がして、曖昧に頷くしか出来ませんでした。


それから、お嬢様のお友達の中で、エレーネ様だけは絶対に参加すると頑なに言い張っておいでで、参加が決定したそうでございます。『不本意だけれどね、内緒よ? 』と珍しく愚痴を言ったお嬢様は、何時も通りの様な、そうで無い様な、私にはもう流れを受け止めて、御守りする他無いと決心させるには充分な様子でございました。




その後、お時間を頂いて殿下に謝罪をしましたら、『私とアリアナよりも何だか二人で親睦を深めたみたいで、追い出した甲斐があった』とからかわれ、穴があったら飛び降りたい勢いでございました。それよりも、殿下はもう私を先輩扱いはしてくれない様なのです。それは少し寂しく思いました。何故なら、堂々と苦言を申せなくなってしまう、その一点でございます。


けれど、怒ってもいなかった彼の御仁は、寧ろ今迄よりも雰囲気が柔らかく、砕けた印象もあって、少し拍子抜けしたのも事実です。とりあえずは、アリアナ様の付き添い人として、殿下の御不興を買わずに済んで、一安心でございました。



ガイとは少し照れ臭い感じでしたが、そこは淑女足る者、堂々と挨拶をこなしましたとも! あれは昂ぶった私を宥める為に、仕方なくしてくれたのです! 彼も大人ですからね! そう、そうしないと一々顔が赤くなりそうで怖いのですから、それで良いのです!



そうやって、私は色々な思いに蓋をして、その後は騎士科に顔を出しては鍛錬に励みました。


お嬢様には常にホムラを付け、何か有れば直ぐに駆け付けられる様に、探知魔法も怠りません。お嬢様が時折見にいらして下さったり、何故か殆どガイが私に付きっ切りで一緒に訓練する以外には、概ね何時も通りの日々を送っておりました。




ーーーーーー




そうして、絵画鑑賞会や魔法理論で様々な御令嬢と交流したら、あっという間に遺跡巡りの回が差し迫っております。


最近はガイは外回りに忙しいらしく訓練に顔を出さなくなりましたし、殿下のお姿も学園内で見なくなりました。必然的に殿下に関わる噂も聞こえなくなり、代わりにお嬢様の「黒百合の会」が噂を締める様になって参りました。


けれど、遺跡巡りだけは箝口令を敷かれています。私的な外出は自粛が常なので、いくら公爵家開催とはいえ、当然の学園側の処置です。




そんな中、私は自室でお嬢様に届くお手紙の検査をしておりました。



お嬢様への呪いの類いの魔法は効きませんから、古典的な剃刀や、触るだけでただれる毒などが手紙に仕込まれていないか、探知するのがお仕えする時からの私の日課です。


「……またですか」


思わず口から出たのは、呆れの言葉でした。変な物が入っていた場合や、送り主不明の場合は中を改めて良いとされていますので、一応中を見ますが、それは送り主不明で、一言、『遺跡巡りは中止せよ』その一言だけが綴られています。これで何通目でしょう。


お嬢様に報告しても、『そう。捨てておいて』と仰るばかりで、別段取り合ってもいない様ですが、これは明らかに警告です。ある程度内情を知る者によって。意図は善意かは判断しかねますが、あまり良い物でも無さそうなのです。魔法が使われていればその者を追う探知魔法は使えますが、手作業による物は不可能です。誰かが、態々お嬢様に書いているのです。

そう思うと、その執念に気持ちが悪くなります。



王太子殿下の婚約者というだけでもやっかまれ、負の感情が散りばめられた手紙を数々処理して参りました私です。が、今回ばかりは少し毛色も違っていますし、元々の不安からどうにも切り替えが出来ないのです。



私の判断は本当に間違っていないのかしら?




そんな疑問が未だに胸を締め付けます。もっと本気でお嬢様をお止めしなくて良かったのかと。




騎士科最終試験は5人1組でパーティを組み、難易度中位の案件をこなします。

そこで、個々の能力を鑑みて、編成での役割分担などをパーティ内で決め、任務を遂行する。時には討伐、時には探索、そして護衛。その代の教官や学園側で受ける案件の方向が決められます。まあ、ギルドに出ている依頼次第にもなりますが。私の時は討伐でございました。


石蜥蜴バジリスク討伐。


中位の依頼でしたし、5人1組で向かえば楽なものです。


しかし、考えが甘過ぎたのです。石蜥蜴バジリスクが居れば、少ない確率で石蛇鳥コカトリスも現れると誰もが予測していなかった。石蜥蜴と石蛇鳥の姿形は違いますが、石蜥蜴が長い時を経て石蛇鳥になる……とは、昔から言われておりましたのに。


石蛇鳥の大きさと言ったら、10人で囲んでも囲みきれない程です。あの時ホムラが気付かなければ、どうなっていたか……。しかも、石蛇鳥の石化魔法は石蜥蜴の比ではありません。魔力に呑まれたら簡単に心臓まで石化してしまう。


今回はあの時の場所では無いのですから、心配は……いえ、気を緩めてはいけませんね。行き先は懸念通りやはりあのレイべの丘になったのですから。レイべの丘事態はそこまで危険はありません。しかし、その前の鬱蒼とした森。そこには数多くの魔物が潜んでいますから。



そして、巧妙な罠も仕掛ける事が出来ます。探知魔法を怠らなければ良い話しですけれど。



今回、試験と言う名の黒百合の会合同遠征は、一応名目は要人の護衛。いかに敵から要人を守り抜いて目的地へと辿り着けるかが問われます。統率力、判断力、そして探知魔法とひたすらの忍耐力が結果を左右すると言っても過言ではありません。追うのでは無く、待ち受けて警戒するのは追うよりも倍程に気を張り続けなければなりませんから。


一応学園側のご機嫌伺いなのか、今年の試験はお嬢様が提案されなくとも、要人警護だったらしいですけれど。なので、学園としても本物の要人、警護対象を得たので、そこまで揉める事も無かったらしいのです。対象は王族や公爵家なので、教官は通年よりも増やすらしいのですが。


それにしても、偶然とはいえ、何だか気持ちの良い物ではございませんね。



私は溜め息を吐きつつ、名無しの手紙を掌で燃やして消し去ります。



チリチリと燃える火を眺めて、私は懐かしい事を思い出しました。




『貴方の髪、薔薇の様に綺麗ね。どう? 私に拐かされてみない? 貴方が居てくれたら、毎日薔薇を愛でるみたいで素敵だわ』



私がまだ学園に在籍していた頃、殿下のご機嫌伺いに学園へといらしていたアリアナ様が、公爵令嬢なのにお一人で訓練場を見学しに来たかと思えば、私の試合をご覧になった後に吐いた台詞。


あの情景を思い出し、私は一人小さく笑ってしまいます。


まさか、13歳になるかならないかの少女に、面と向かって口説かれるとは思ってもいませんでしたから、私の呆気に取られていた時間は後にも先にもこの時が一番長かったのではないでしょうか。


それにまんまと絆されたのですから、私も相当ですけれど。

まさか、そんな台詞を吐く少女が、あの日生まれて初めて屋敷から外出したのだと知って、私は力になりたいと思ったのもまた事実。



「………」



私は今回のこの手紙の報告をしない事に決めました。




何と言われても、催しは学園と王太子殿下了承の元に既に決定事項となっています。覆す事は出来ないのですから。



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