おまけのおまけ ヒース王子殿下


『見て、あの子。また殿方と2人きりになって……はしたないこと』


『ええ、学園の風紀が乱れますわ、どういうつもりでしょう』


そう彼女が噂されているのは知っていた。


かと言って、特別庇う訳でも、噂する者達を窘める事もしなかった。基本、私は客側であって、この国の況してや一市民に心を砕いてやる必要は無いのだ。


只、時折スチュワートから逃げているのを見かけると、この国の王子殿下、況してや既に立太子しているあの彼から逃げているのだから、何故なのだろうと興味はあった。

恐らくだが、恐れ多いとか、そんな感じでは無い。

どちらかと言えば、魔物から……いや、お伽話の魔王から逃げるのかという形相で走り去るものだから、それが何故だか可笑しくて、その光景を見れば私の口元は緩んでいた。


そして、転んだり、道を間違えたりする割には、足が速いのも何故だか私の笑いのツボにはまって、姿を見る度に、噂する者達の陰に隠れて、私は笑いを噛み殺していた。

運動が出来るのに、ドジとはどうにも不憫すぎる。




そんな彼女と接点があったのは、あの砂竜サンドワーム討伐の日だった。



おどおどしたりする割には、臆せず言葉を口にしたり、その言葉も選んでいるし、とても噂されている様な感じでは無い事は直ぐに分かった。

それもその筈だ。

彼女は才女で、特待生だ。教わったマナーぐらいは直ぐに覚える筈だ。

スチュワートも大概だが、何故こうも噂というのは嘘が多いのか。アリアナ嬢ですら、殿下を困らす破天荒なお嬢様どころか、年相応の……いや、聡明で可愛らしいお嬢さんではないか。……これを言ったらスチュワートには睨まれるから辞めておくが。


……彼は親しくなってみると、結構裏の顔が分かりやすくて困ったものだ。






『ラナ!! ラナ!! お願いミレニスさん!! ラナの所へ戻る様にホムラを説得して!! 』


『ええ?! 私、まだ魔力操作が……こんな上空で暴発させたりしたら、危険です!! 』


『それでもお願いよ!! 暴発した魔法は、全て私が解除してみせるからっ、だからっ……』



面白そうだからとスチュワートが手配していたという、到着した竜騎士の飛竜に乗せて貰い、目にした光景に私はぎょっとした。



『っ分かりました! 私の、この魔力全部使ったって何だって、あそこに戻れる様にしますから! お覚悟なさって下さいね!! ……さあ、ホムラっ!! 言う事を聞いてっ……貴方の主人が……片割れ? 片割れ……そう、貴方、その片割れを亡くして良いと本当に思ってる? 違うでしょう?! ならっ!! 』



必死な形相の彼女から淡いピンクの光が放たれた。あんな魔力の色は見た事が無い。それが徐々に大きく彼女を中心に辺りをを包んだと思えば、



『いっけえぇぇぇっ!! 』



その光景に見惚れていて出だしが遅れたとは言わないが、私達を差し置いて真っ先に砂竜の元へと戻るのだから、何もかもが噂と違うし、そして何よりその豪胆さだ。驚いてしまっても無理は無いと思いたい。そのくせ、



『ど、どうしましょうぅぅっ! レイン様がレイン様がっ!! 私が説得が遅かったばかりにっ!! 』


『いいえ! 貴女のお陰で事切れる前にラナを助け出せたの。心からお礼申し上げます、ミレニスさん。さ、貴女魔力を使い過ぎているのだから、ゆっくりと休んで、ね? 』



砂竜討伐を終えて戻って見ればこの光景だ。


ミス・レインは無事だと聞いたが、大粒の涙を流しながら泣く彼女と宥めるアリアナ嬢。彼女にこんなに強烈な感情があるとは思いもしなかった。

私はいつだって、そう、この国に来てから特に自身を客人だと思って何も見てはいなかったのだ。

学園も、只過ぎ去る背景としか見ていなかった。

心優しい彼女をも、流れていく日々の単なるスパイス程度に扱っていた自分が恥ずかしい。

どうせ他の生徒と繋がりを持っても、いずれは手放すものばかりだ、王族としてのコネクション作り以外は意味が無いと決め付けていたのだ、私は。



しかし、そう思った所で、立場上彼女と話す機会など無いのだが。



けれど、そうかと思って過ごして居れば、早々にスチュワートには卒業パーティーで彼女のエスコートをして欲しいと言われるし(もの凄い修羅場を見せられたりはしたが)、帰国前にと物見遊山で王都をぶらつけば、彼女が暴れ馬にしがみついて走り去って行くし、……助けようかと思えば、ミス・レインが助けに入って事なきを得たが……(あの女史も中々の豪胆さだ)、何だかんだ気がつけば接点があって、あの真っ直ぐでドジな彼女を見かけたら、このまま黙って帰るのは惜しくなってしまった。


国に戻ればもう、彼女を見掛けてはこっそり笑いを堪えるなんて日々は、戻って来ない。いや、卒業したからもう既に、だ。


思い立ったら、直ぐに体は動いていた。


ここは、やはり王族の繋がりを発揮せねば、王子として生まれた意味がない。客人だと思うなら、自分自身もっと楽しんでこそ、だろう。




ーーーーーー




「な、な、何故、ヒース殿下がわ、私の家っ私の家だなんて烏滸がましいですけれど、家までいらしてるんですか?! 」


目の前にはあのスチュワートに追われていた時の様な鬼気迫る表情の彼女がいて、不覚にも私は顔がにやけそうになり、必死に堪えた。


「何故って、今日のセレンディス家とレイン家の婚姻式へのエスコート、私が引き受けたからに決まっているだろう? 」


そう私が言えば、彼女の表情はどんどんと険しくなって行く。なんと表情豊かな子なのだろう。数日観察していても、暫くは飽きそうにない。


「きょ、今日は義兄がエスコートするとっ! 」


「それが、用事が入って駄目みたいらしい。もう早朝出立したのだろう? 家令に聞いていなかったのかい? それに、今日の私は君の従兄弟の辺境伯、ヒース・コレットだ。是非親族らしく、ヒースと呼んでくれ。ミレニス」


「そ、そんな、王子殿下に呼び捨てなんて出来る訳ないですよね?! 」


「ん? 聞こえてなかったかな? 私は君の只の従兄弟だよ?王子殿下なんて大層なものじゃあない。お互いダンスした中じゃないか、出来るだろう? 」


そう言って私がにっこり微笑めば、彼女の拳がふるふると震えだした。流石に無理矢理過ぎだろうか?


「っトール兄ぃっ!! 次会ったら絶対、ぜーったい殴るっ!! 」


なんて何故か空に向かって叫ぶのだから、流石の私も声に出して笑ってしまった。いや、こんなのはいつ振りだろうか。

大抵の女性は、私が微笑めば黙って言う事を聞く。私の立場がそうさせるからだ。それは、客人の立場であるこの国でも。それなのに、彼女と来たら私の想像を遥かに超えて行ってしまう。

頷くどころか、何故あの護衛の彼を殴るに至るのか。そう思うと、また笑いが込み上げてしまう。




ああ、今日は楽しい一日を過ごせそうだ。

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