おまけ 運命の強制力 6
信じられません!!
本当、信じられません、あの人!!
あの後、無事に? セレンディス家に着いたのは百歩譲って良かったものの、直ぐに部屋を今まで使わせて頂いていた客間から、夫婦の共有区間にある寝室に荷物を移動させられたのですよ?!
私は絶対、公爵様がお止めになってくれるものと信じておりましたのに、にこやかに快諾なさるわ、夫人はいそいそと使用人達に指示をされるわで、てんやわんやでした! 主に私の心が!!
それからあれよあれよとお風呂に入れられて、寝室から続きの私専用の部屋で支度されて、家族揃っての和やかな晩餐ですよ?! どうなっているのですかっ! 新郎は独身の友人達と遊びに行くのでは無かったのですか? あの部屋で1人先に寝てしまえるならそれで良かったのにっ!! というか、部屋を一緒にしてからの皆様との顔合わせも気恥ずかしいことこの上無かったです……。
その上、
『流石に今日は手を出さないが、明日覚悟しておけよ。さ、早速寝るか』
なんて、なんて、何をさらっと言い放つんでしょう?! ガイは?! 何事も無い、みたいな気楽さです! やっぱりガサツな奴なのです!
その上、動けない程にがっちりと腰を抱き寄せられて、お互い密着して眠るだなんて、そんな状態で眠れる人が居ますか?! もうっ! もうっ!
「信じられないわ……、それでぐっすりと眠って、挙句寝坊したなんて。準備が間に合って良かったわね? ラナ」
「本当、私は自分に驚いております……。」
今、私は寝坊しつつも侍女さん達に整えて貰い、何とか無事に式を終えて、場所は神殿から晩餐会場となるセレンディス家の大広間へと移り、晩餐の後の男女別れた歓談会場となるこれまたセレンディス家自慢のガラスで出来た温室のサロンにて、お嬢様ことアリアナ様に昨日の謝罪と事の次第を説明し、悲しいかな、呆れられております……。
お嬢様のそんな姿は滅多に見られないので、それはそれで私は本望なのですが。
「きっと昨日のせいで疲れたんですよね、私が長引かせたりしなければ、あんなのも出て来なかったかも知れません。昨日は何だか興奮してしまって、ホムラに速やかに帰還するようお願いしたんです……すみませんでした、ラナ様……」
「いいえ、魔法の操作が上手く行く様になっておめでとうございます、ミレニスさん」
ミレニスさんも式から出席して頂いていました。
昨日の事もあり、さぞかし疲れただろうと思っていたのですが、お元気そうで何よりです。
晩餐の歓談中では、
「それは、先程も言った通り、ラナ様が根気良く付き合って下さったからです! それに、目出度いのはラナ様なんですよ?! 本当に今日のドレス姿綺麗です!! おめでとうございます!! 」
「ありがとうございます。ミレニスさんもその薄い黄色のドレス、とっても似合ってますよ。お見立ては……」
「勿論、アリアナ様です! 」
「ですよね。流石です、お嬢様! ミレニスさんのふんわりとした可愛らしさが、こう、存分に発揮されています!! これなら、どこぞの王子様も一目惚れしてしまうのではないでしょうか?? 」
「ちょっと、ラナ。貴女はいつも大袈裟ね、ミレニスさんが美しいからこそ、ドレスが映えるのよ? 」
「あの、お二人共褒められると恥ずかしいです……それに、王子様はちょっと……」
ミレニスさんが頬を染めて、後退りするのを見て、お嬢様はくすりと微笑んでらっしゃいます。
お嬢様は今日は濃い目の桃色のドレスを纏っていて、凛とした美しさに可愛らしさが増して……ああ、姿絵に残したい程です!
「あら、スチュワート殿下ではないから安心なさって? ねえ、そうでしょう、ラナ? 」
お嬢様が意味ありげに私に視線を投げます。これは悪女らしくって、正にその意気です! お嬢様! 反対にミレニスさんがもう一歩後退りしたのが気配で分かりました。
「ひぇっ、殿下なんてとんでもないです! 」
何だかその慌てぶりに、夜会の雰囲気もあってか、私まで少し悪戯心が疼いて、意地悪したくなって参りました。
「そうですねぇ、隣国の王子様なんて如何でしょうか? 何故か今日こっそり参加されてましたが。殿下の仕業ですよね? あれ……」
「あら? 今日は辺境伯を名乗ってらした方はお見掛けしたけれど、誰の事かしら? 確か、ミレニスさんのお連れの方だったかしら? 何故かエスコートされてましたものね? 」
私達が示唆しているのはヒース王子殿下の事でございます。
彼の御仁は、祖国へ帰るどころか、私達……厳密にはガイの知人として婚姻式を聞き付けて、王宮滞在を伸ばしてまで今日の婚姻式に参加したかったらしいのです。勿論、国によって様式なども違うでしょうし、興味もあるのでしょう。
それは良いのですが、参加の仕方は王子としてではなく、一貴族として。従兄弟の辺境伯だと、ミレニスさんの隣まで陣取ってまでの参加って……どれだけ手回しが良いんですか?
曰く、『王族出席はスチュワート殿下で満たしているし、私は立場無く楽しみたい』そうで、遠目からでも分かる程楽しそうでございました。
「あ! あれはいきなりなんですよ?! 朝家に報せが来たかと思ったら、馬車まで用意されてて……本人居るし……もう、緊張して全然ご飯食べられなかったんですからね?! ……そう思ったらお腹が空いて来ました……ちょっとお菓子頂いて参ります」
「あ、彼方にサンドイッチをご用意してあるんですよ、スモークチキンとチーズの……」
「っ?! 行って参ります! 」
本当にお腹が空いていたのか、はたまた此方がちょっとふざけ過ぎて居た堪れなかったのか……前者の様な気も致しますが、ミレニスさんは以前より優雅な、しかし足早に軽食のあるテーブルへと向かって行ってしまいました。
うーん、やはりあのまま放っておいたら勿体ない運動神経です。ドジ属性さえどうにかなれば……。
それにしても、ヒース王子もスチュワート殿下の様にミレニスさんをからかって……もとい、構って何か目的がお有りなのでしょうか?
スチュワート殿下は理由有ってのお話でしたけれど……確かに、彼女のあたふたする姿は可愛らしく、つい私も調子に乗ってしまいましたが……。
まさか、王子殿下ともあろうお方がそんな理由の筈はございませんよね?
私は給仕が持って来たグラスを2つ受け取ると、お嬢様に手渡しました。お嬢様のドレスと同じ、桃色の炭酸水の様です。
「……お祝いの席だから、小言は辞めておくけれど、本当に昨日はギリギリだったわ。危なければ我が身大事にしてくれないと、心臓がいくつあっても足りないわ、特に貴女の旦那様が」
「お嬢様……。お嬢様があの場へ出張る必要は無かったのですよ、そのお言葉、そっくりそのままお返し致します。いくら竜騎士が付いているからと言って……、って、お嬢様は私の心配はして下さらない?! 」
そう言って狼狽えれば、グラスとは反対の手に持った銀の扇子を口元へと運び、お嬢様は楽しそうに笑っておられます。ちょっと、主人に心配されないとは、我ながら可哀想ではないですか??
「私はね、信じていたもの。貴女が大丈夫なのも、ミレニスさんがちゃんと魔法を使い熟す事も」
「それは……
「ふふ。それも、かしら? 」
そう言うと、お嬢様は扇子で口元どころか、顔半分を隠してしまいました。
すると、可愛らしさから、立派な淑女……いいえ、大人の女性が放つ様な雰囲気に変わり、私は思わず体を固くしてしまいました。
相手はお嬢様ですのに、身構えるなど変な話しですね。
「それも、とは? 」
「ミレニスさんは……そうね、私の
「……そこでヒーローですかぁ。嬉しい様な、そうでもない様な」
それって、女性が憧れる王子様とやらって事ですよね?私、今日花嫁とやらなんですが……。
「まあ! 主人の褒め言葉を喜ばないなんて。やはり側仕えは今後シオーネに……」
「う、嬉しいです! こんな晴れの日に最高の褒め言葉を頂いて、身に余る光栄でございます!! 」
そう私が手に汗握って言い換えれば、お嬢様はうふふ、と扇子の下でも分かる程に、また楽しそうに微笑まれるのです。何だか本当に悪女らしくって、困ったお嬢様でございます。
そのままお嬢様がグラスを口元へと運ばれて、私も乾いた喉を潤す為に、くいっとグラスを仰ぎました。
「あら、これ結構強いお酒……って、ラナ、貴女今日は晩餐会から飲み過ぎなのだから、煽っては駄目よ! 」
お嬢様の制止虚しく、私の手にあるグラスは既に空です。
「ああっ、そこの貴方。新郎様を呼んで来て下さらないかしら? 新婦様はお疲れの様だわ」
お嬢様の麗しいお顔が、月明かりに照らされて更に輝いて見えます。やはり、セレンディス家のガラス製温室は最高ですね! あれ? でも私の方が背が高いのに、何故お嬢様のご尊顔を仰いでいるのでしょう?
「お嬢様〜、とても綺麗です」
「綺麗なのは、花嫁の貴女でしょう? しっかりしなさい。今、ガイ様がいらっしゃる……」
「ガイが?! それは不味いですよ、お嬢様!! 」
ガイと聞いて、私は夢見心地から目が覚めた気分で起き上がりました。どうやら、椅子に深く座ってしまった様なのですが、その辺の記憶が曖昧です。そんなに酔ってしまったのでしょうか?!
それは由々しき事態です!
今日はガイが覚悟しておけだのなんだの言っていた日です。酔っていては逃げも隠れも出来ません!!
昨日だって寝る瞬間まで恥ずかしかったというのに、無理です! 恋愛初心者には難易度が高い案件です!
「今すぐ、ここから逃げませんと! 」
「待って、何故貴女が逃げなければいけないの? 」
「誰が逃げるって? 」
「ひっ!? 」
声だけでも分かります! ガイお得意の冷気が漂っておりますから! 横、横が威圧されて見れません!! だと言うのに、お嬢様はいつもの調子です。あれ? 私だけですか、寒いの?? 炎属性だから?
「あら、ガイ様。早いお付きで助かりましたわ。さあ、花嫁を介抱してあげて下さい。少し酔った様ですから」
「お、お嬢様っ、仰る通り私酔ったみたいですから、今日はその、お嬢様のお部屋の隣にっ」
私が涙目で訴えているというのに、お嬢様はにっこりと笑顔を崩しません。そのまま、縋る私の指先をご自身の小さなお手で一本一本剥がされると、
「ラナ。今日貴女は間違いなく美しい花嫁だわ。花嫁は、花婿と共に居るのは世の常なの。大丈夫、今日の貴女はとっても素敵だわ、自信を持って! ね? 」
と、ぎゅっと私の手を握られ仰いました。あの、お嬢様、お褒めのお言葉は有り難いのですが、ここでお得意の天然? を発揮されなくとも良いのですよ?!
「あ、あのお嬢様、そういう心配ではなくて……」
そう言っている間に、私の体は宙を浮き、ガイの腕に抱き抱えられていました。周りからは、冷やかしの声が上がり、それだけでも酔いが回りそうです!! あ、ですが恥ずかしいから酔った方が得策に思えて参りました!
「妻が酔った様だ。私達はこれで失礼する。皆様方はまだ楽しんでらして下さい」
そう言うと、ガイは私など抱えてはいないかの様にすたすたと温室を後にします。妻が!? 勿論そうですが! 皆様の前で抱っこは辞めて下さいまし!!
私は必死にお嬢様へ視線を投げかけますが、お嬢様の笑顔は全く、微塵も、崩れはしないのです!!
いえ、とっても美しくてらっしゃいますけれど!!
お嬢様、実は本当は天使の顔をした小悪魔なのですか?!
私は顔が赤くなっているのを誤魔化す様に、ガイから顔が見えない様、目線を外しました。
お嬢様がお見立てして下さった、裾へ向かって濃い青色になるグラデーションのドレスが、ガイの歩調に合わせゆらゆらと揺れているのを、火照る頬を押さえ只見つめるのでした。
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