第27話

後半、トール視点が入ります。



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『恨んで下さい。』その言葉に、ジョセフィーネ様は怪訝な顔をして、お嬢様を見つめています。



「……私は、私の為だけに殿下の側から離れる事も致しませんし、無様な程に足掻きました。……元より、貴女に私の居場所を許すつもりが無かった。傲慢にも私は私の思う様に、未来へ歩んで行くつもりです」


「………」


「ですから、貴女は思いっきり私を恨んで恨んで、それでも生きて下さい。私の場所はあげられません。ですから、恨みでも良い、意地でも良い、貴女の、貴女だけの場所を、未来を、形振り構わず探してみせて下さい。……私に見せ付けて下さい」


「……何で、貴女に? それに恨め、なんて……頭がおかしいのでは無くって? 」


「……そうかも知れません。私はもう何年も思い悩んで参りましたから。けれど、私はスチュワート様を心よりお慕いしております。私は貴女が御家に囚われている間にも、幸せになってみせます! 悔しくは無いですか?! 貴女の性格なら、許せないでしょう、耐えられないでしょう? 」


「あ、貴女、私を一体何だと思っておりますの?! 」


ジョセフィーネ様が、馬車の踏み台から足を下ろし、お嬢様に向き直りました。手が握り過ぎて白くなっています。


「いつも誰かに嫌味を言う、気位の高いマーレイ公爵家の御令嬢でしょう?! 」


「っ貴女、いい加減にっ! 」


ジョセフィーネ様が、堪えきれずに足を此方へ一歩踏み出し、私は警戒しましたが、お嬢様は手で制しました。


「スクワン国には貴女を知る者が居ない。マーレイ公爵家なんて外国の家格の権威が届かない。地位でも、見栄でも無い貴女の心からの幸せを見付けて、私に見せ付けてみろ、と言っているのです! 私が羨む程に幸せに笑って見せ付けてこそ、気位に見合うジョセフィーネ・マーレイでしょう!! 」


「っ勝手な事を言わないで!! ……もう口煩いお父様は居ない。私が何をしたって誰も気に留めないっ、それが、どんなに辛いのか貴女が分かるの?! 殿下に庇護されるだけの存在のくせに! 」


「……だから、私に見せ付けろと先程から言っています! いえ、寧ろ国中に轟く程、高らかに自慢なされる程の何かを見つけてみろ、という事です! ……それとも出来もせずに、すごすごと留学先から戻られるのでしょうか? その際は私、真っ先にお迎えに参りますね。」


お嬢様はそれはそれは美しく微笑んで見せます。反対に、ジョセフィーネ様の顔は怒りで真っ赤に染め上がりました。


「っこの!! ……トール!! 行くわよ。早くスクワン語を覚えねばならないわ! ええ、お言葉通り、貴女を恨んで恨んで恨みまくって、その図に乗った顔に泥を塗り込んで笑ってやるわよ! それまでどうぞご機嫌麗しゅう、アリアナ・エストルド様? 」


「ええ、楽しみにしておりますわ、ジョセフィーネ・マーレイ様。……道中お気をつけて」


「……ふん! 」


そのまま、ジョセフィーネ様はベガモット様に扉を開けて貰い、馬車へ乗り込みました。彼女の視線は此方を向く事はありません。ベガモット様は相変わらずの苦笑いを浮かべ、深々と礼をすると、馬車に乗り込み、出発して行きました。




「……お嬢様、此方を」


お嬢様は静かに涙を流されていました。あんなに激しく声を荒げられるのを、私は初めて拝見致しました。そっとハンカチを手渡します。


「……ラナ、私は本当に我が儘なの。私の為に、皆未来が変わったの。私は……恨まれてでも、ジョセフィーネ様には強く生きていて貰いたい」


「はい。お嬢様のお気持ちはきっとジョセフィーネ様に届いております。さ、お部屋へ戻りましょう。」


私はお嬢様の肩を支え、寮へと戻りました。




椅子へ座って頂き、私は直ぐ様お茶を淹れます。


「……私が死んだら、スティの次の婚約者候補はジョセフィーネ様だったの」


私が作業している間に、お嬢様がぽつりと零したお言葉に、私は一瞬手が止まってしまいました。


「……その場合、結ばれるのはミレニスさんだったのではないのですか? 」


ポットとティーカップをテーブルへ運び、下を向くお嬢様の目の前へ、紅茶を注いだカップを静かに置きます。お嬢様は黙ったまま紅茶を口へと運ぶと、小さく息を吐きました。


「……概ねはミレニスさんだけれど、ミレニスさんの如何によっては……スティは王太子としての義務を選び、ジョセフィーネ様とそのまま婚姻を結ぶ運びになるの。何方にしても、御家は当主交代をする事になるけれど……」


お嬢様の説明を聞きながら、私も僭越せんえつながら座らせて頂きます。


「そもそも、何故今回マーレイ家は世代交代などされたのですか? ジョセフィーネ様の兄君は、まだ20代とお見受け致しましたけれど……」


「……前マーレイ家当主は…外務担当にも関わらず、その……女性にだらしなくて……」


「まあ、ちょっとそう思っていました。色ボケ……と言われておりましたし…。」


「……情報漏洩、していたの。女性に乗せられて……」


「……え?!国家機密などを?!まさか、他国にっ?! 」


思わず大きな声が出てしまい、私は慌てて口を手で押さえました。


「……そこまでは分からないけれど、後、女性への贈り物を全て経費で上乗せして納税を誤魔化していて……他にもね、色々やっていて……」


「………それ、ミレニスさんもジョセフィーネ様も、殿下と結婚出来ないじゃないですか? 」


お嬢様は困った風に眉を潜めます。けれど、話し如何ではそんな醜態、御家断絶も有り得ますよ?


「私が居ないから、エストルド家の養子に一度入って……皆、使えるものはどんな手でも使うでしょう? 」


「……その間、当主交代……なんてこと……。お嬢様、お嬢様が無事でほんっとうに良かったです。誰も幸せになれませんわ、そんなの! 」


「そう言って貰えたら、少し気が晴れるわ」


「ええ、そうです。それに、前にお約束致しましたでしょう?? お嬢様は悪女として堂々と生きて頂くと。悪女は、自身の幸せに貪欲なものと相場が決まっておりますから! そう思えば、先程のお嬢様は堂に入って素敵でございました!! 」


私が胸を張ると、お嬢様は少し目を見開いて、そしてくすりと笑みを溢されました。


「そう、そうね? 私も悪女っぽくなったでしょう? このまま、幸せになるのだものね! 」


「ええ、そうですとも。その意気でございます、お嬢様!! 」


「そうね、……そう思えば、少しお腹が空いて来てしまったわね……」


「そう思いまして、昨日ドライフルーツケーキをご用意しておりました。ベリーたっぷりでございます」


「流石ラナね。朝食までまだ時間も有るし、頂いてしまいましょう」


そう言って、お嬢様は顔を綻ばせました。私は早速立ち上がり、ケーキを閉まっていた戸棚へと向かいます。



お嬢様が生きていらして本当に良かった。生きて行くにはとても優し過ぎて、私は心配にもなりますが…優し過ぎるお嬢様だからこそ、唯一無二の私の敬愛するお嬢様なのです。


ケーキを手に取り、私はふと、ベガモット様の言葉を思い出しました。敬愛、で思い起こされたのかも知れません。


私がお嬢様を表現するならば……




『私の敬愛するお嬢様は、悪女になりきれない天使の様な悪女でございます』




なんて所でしょうか? そんな事を思って、私は少しだけ笑いが込み上げます。


緩む頬を抑えつつ、私はケーキをテーブルへと運ぶのでした。




ーーーーーー




馬車の中、先程からお嬢様はずっと黙ってしまっている。

乗り込んだ当初は、アリアナ嬢の発言に怒り狂い、ぶつぶつと愚痴なのか呪詛なのか呟いていたけれど、今は落ち着いて、ずっと窓の外を眺めている。


私では、お嬢様を断罪する事も、家から離す事もきっと出来無かった。アリアナ嬢が居てくれたから、今、学園を去る事が出来たんだ。

彼女には感謝してもしきれない。


あのまま学園に残っていたら、ミレニスを虐め、アリアナ嬢に絡み…マーレイ家の悪事が表に出た途端、あの兄はお嬢様を簡単に切り捨てるのだろう。今回当主交代で体面は取ったが、まだまだ掘り起こせば出て来る筈だから。あの若き当主は家を立て直すのに必死で、お嬢様にまで手が回らない筈。



アリアナ嬢が生き残ってくれてこんなに嬉しい事は無い。彼女は最後まで、下手くそな悪女を演じてくれた。『役割り』を持って、お嬢様の『役割り』を切ってくれた。この、乙女ゲームの世界の縛られた役割りを。


こっちの世界に転生して、教会で育てられたのは意味が少しでもあったのかな? 本当に女神がいるのなら……この変わった未来に感謝したい。


もし、それでもお嬢様に困難が降り掛かるなら、私は今度こそお嬢様を連れて逃げ出そう。決まっていた未来に抗おう。



「……ねえ、トール」


「何ですか、お嬢様。機嫌は直りましたか」


「相変わらず一言多いわ。……ねえ、トール。貴方は何処までも私と一緒よね? 」


窓の外を見ながらそう呟いたお嬢様は、まだあどけない、か弱い少女に見えた。


「放っておいたら大変な事になりますからね。私は何処までだって付いて参りますよ。手が掛かるお嬢様ですから」


「一言多い」


「このぐらい言って差し上げねば、退屈でしょう?只頷く護衛なんてつまらない癖に」


「……ふんっ」


父親からずっと、それこそ右も左も分からない内から王太子の婚約者の座を取れ、それ以外意味が無いと言われて来たお嬢様。それ以外を知らないお嬢様。


それが今日やっと解放された。『悪役令嬢』が、殿下の心を閉ざす原因の『悪役令嬢』に解放されるなんてね。


「……何笑ってるの?気持ちの悪いこと」


「あれ? 笑ってましたか? 外国楽しみだなぁと思いまして」


「……全く、気楽なものね」



お嬢様はそう言ってまた黙ってしまった。私は何となしに、それを眺めていたけれど、ふとあの燃える様に赤い髪の竜使いの彼女を思い出していた。敬愛している、何て言われたけれど、これはもう敬愛なんて言葉じゃ表現出来ない。



……それにしても、あのレイン女史とセレンディス公爵子息攻略対象が婚姻なんて。例え彼のルートに入らなかったとしても、そんなのは物語には語られていなかった。


況してやミレニスヒロインが学園在学中になんて。


それを考えれば、今日の現状も含めて確実に未来は変わっていると言える。……もうゲーム内容シナリオには戻らないかも知れない。



私は未来に焦がれて笑いを噛み殺し、目の前のお嬢様と同じく流れる窓の外の風景に目をやった。



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