第22話


トール・ベガモットが未来視を持っている?


そんなに簡単に何人も授かれるものなのでしょうか? そもそも、未来が分かっているのなら、ジョセフィーネ様の護衛になどなるでしょうか……いえ、それはちょっと失礼かも知れません……そんな事も無いかも知れませんけれども。妹分として口を酸っぱくして言って聞かせたなら、違う形でミレニスさんを助けてくれても良い筈……。確かに、公爵家の護衛ともなれば、只の平騎士に収まるよりもお給金は良いのですけれど……



「あの、私また変な事を言ってしまいましたか?? 」


恐る恐るといった風に、ミレニスさんは私達を伺っております。


「……いいえ。けれど、この事……トール・ベガモット様の事なども、人に言わない方が良いでしょう。彼の身が神殿に囚われるかも知れないから……」


「えっ?! あまり役に立たないから大丈夫って言っていたので、つい……ですが、神父様にも、学園の人にも言った事は無いです、気をつけます! 」


「それで正解だわ。この話しもここまでにしておきましょう。ミレニスさん、また明日仕立て屋を呼びますから、またこの場所でね。連絡を寄越しますから。もう良い時間になってしまったし、今日はお開きにしましょう」


「は、はい! 今日はありがとうございました! アリアナ様、ラナ様!! 」


「此方こそ、ありがとう。また明日、ミレニスさん」


「私もありがとうございました。また明日ですね、ミレニスさん」


「はい! 失礼します!! 」


そう言って、元気良くお辞儀をすると、ミレニスさんは個室を後にしました。お嬢様はそれを見送った後に、何やら考え込んでいらっしゃいます。


「……前からジョセフィーネ様は激しい方だったと思うのだけれど、トール・ベガモット様は分かっていて護衛に希望されたのかしら……? 」


「どうでしょうか、私から見ても少し頼りない感じの方ですから、流れで……というのはあるかも知れませんけれど……」


「私、ベガモット様とお話してみたいわ。私が変えてしまった運命について、何か分かるかも知れないし……」


そのお言葉に、私は眉尻を下げ、首を振りました。


「お嬢様、無理です。他の方の護衛を連れ出して話しをするなど……。況してや、それがジョセフィーネ様なら尚更です。……授業中、私がお手紙を届けるぐらいは出来るやも知れませんが……」


「出来れば残らないものの方が良いのだけれど……。ラナが話していた時、他に何か仰っていなかった? 」


私は、カフェテリアでのやり取りを思い出します。何か引っかかっていたのです。何か……


「そう言えば、ジョセフィーネ様が最近おかしいと話していて……彼は、ほせいがかかったと言っていました」


「ほせい……補正?私が生き残ったから……? ジョセフィーネ様にも『役割り』がある……それが早まっている?」


「あの、お嬢様……??」


お嬢様は少し焦った表情で、私を見ました。それには、迫力が滲んでいて、内心どきりとします。


「ラナ、やはりベガモット様とお話しておいて欲しいの。彼が何を知っていて、私はどうすれば良いのか、いえ、ジョセフィーネ様をどうすれば解放出来るのか」


「ジョセフィーネ様を解放、ですか? 」


私には訳が分からない上に、ジョセフィーネ様をそこまで思いやる必要が微塵も感じられないのですが……お嬢様はやはり優しい方でございます。


「そう、私が変えた未来は、私が責任を持って収めなければならないの、きっと……」


お嬢様の真摯な目に、私は只頷くしか出来ませんでした。




ーーーーーー





次の日、お嬢様を教室へ送り届けた後に、私はトール・ベガモットを探しておりました。


殿下とガイは王城へと帰城していて(出掛ける際に両者共にお嬢様と私に引っ付いて離れないものですから、苦労致しました……何だか、ガイが殿下に似て来た気がするのは、気のせい…にしておきましょう。)


……それはさて置き、ガイに付き添って貰いたかったのですけれど私は仕方なく、1人で彼を探します。カフェテリアを覗いたり、レストランを覗いたりしてみたのですが見当たらず、やっと辿り着いた裏庭のベンチで、彼は優雅に横になっていました。


いくら教室には護衛が入れないとはいえ、い気なものです。



「ミスター・ベガモット。探しました」


そう声を掛けると、彼は緩々と起き上がりました。


「あれ、レイン女史。私に用事なんて珍しい。またうちのお嬢様が何かやらかしたかな? 苦情はマーレイ家に言ってよ」


気の抜ける言葉に、私は思わず溜め息を吐いてしまいます。


「違いますわ。2、3質問が。昨日、ミレニスさんとお話しさせて頂いたのですけれど、その件で」


「あー……あいつドジだから、どうせ言っちゃったんでしょう? 私の予言やら何やら。って事で、はい、これ」


突然目の前に手紙を突き出され、私は目を見開きました。この封筒は……私は、トール・ベガモットの顔を見下ろします。彼は困った様に苦笑していました。


「知りたい事が多分書いてあるから。そっちのお嬢様には、遠慮なく、けれど慈悲を持って対処してと伝えておいてよ。これでも私はジョセフィーネ様の護衛だからね」


「えっ? は、はい。承りましたわ……。え、でも……」


私は何の事なのか、さっぱり分からず、首を傾げました。そんな私を気にもせず、トール・ベガモットは立ち上がって伸びをしています。



「……本当はさ、君が未来視を持ってるんだと思ってたんだけどなぁ。そうしたら、もっと色々話せたのに」


「え?! 私がですか? まさか! 」


「ふふ、だよねぇ。エストルド家のお姫様だったなんて、じっくり話す事は叶わないから、ちょっと残念かな。同じ……て……未来視持ち仲間として、色々話せたら良かったんだけれどね」


私は先程から言い知れぬ不快感に襲われて、思わず眉をしかめてしまいます。何故彼は先程から断言しているのか。私からは何も、きっとミレニスさんだって気付いていない筈のお嬢様の事を。砂竜サンドワーム討伐のお嬢様の様子で気付いたなら納得が行きます。けれど、この封筒は……。


「……あの、さっきから私、何も言っていない筈ですけれど」


そう言うと、トール・ベガモットは悪戯が成功したかの様な、幼い、けれど嬉しそうな笑顔を浮かべました。それでも少し困った様に見えるのは、彼の癖でしょう。


「まあ、何てったって私ってば未来視持ちだからね! 何でもお見通し、……なんてね。さあ、秘密のさぼり場所もバレてしまったし、ぼちぼちお迎えに戻ろうかな。あ、手紙は煮るなり焼くなり、好きにしてくれて良いからね」


そう言って、トール・ベガモットは手をひらひらさせて去って行ったのでした。私は手紙を仕舞おうと、改めて封筒を確認しました。それは、ずっと遺跡巡りを中止する様にと警告していた、手紙と同じ封筒です。彼は彼なりに襲い来る悲劇を止めようとしていたのでしょうか? それは、死人を出さない為なのか、妹分のミレニスさんの為なのか……恐らくは後者なのかも知れません。いえ、きっとそうなのでしょう。



私は手紙を大事に仕舞い、教室へと向かうのでした。






その後授業も終わり、個室にて手紙を受け取ったお嬢様はその場で読むでも無く、大事そうに仕舞い込みました。トール・ベガモットの伝言については、『そう……』と返答されたきりでございます。お嬢様には何か思い当たる事柄があるのかも知れません。


私はまた何か抱えていらっしゃるのかと危惧しましたが、お嬢様から何か言い出す事はございませんでした。またお一人で抱え込まなければ良いのですが……。


私の心配をよそに、お嬢様はただ静かに紅茶を口に運ぶのみでございました。



私達が滞在している部屋は、昨日ミレニスさんと食事をした部屋です。これから、ミレニスさんのドレスの仕立ての為に、仕立て屋とミレニスさんがこの場へ来るのを待っているところでございます。時間が無いので、既成のドレスを彼女のサイズに改めて、少しだけ飾りも変える予定です。


少し早めに着いてしまったお嬢様と私は、今か今かと扉がノックされるのを待ち構えております。あ、私だけかも知れませんけれど。お嬢様は落ち着いた様子で、扉を見つめておいでです。



「私はね、ミレニスさんが未来視を持っているのかと思っていたのよ」


お嬢様がぽつりと呟いたお言葉に、私は首をひねります。それなら、もう少し上手く学園生活を送れたのでは? ……ミレニスさんに失礼ですね。いけないいけない。


「何故、そう思われたのですか? 」


「あの、試験の行きでの馬車で、彼女は『じゃんけん』を言い出したでしょう? あれは、この世に無いものなの」


「え?! この世に無い? 」


「あ、違うわね。ええと、今の時代には無いもの……かしら。じゃんけんは未来で出来るお遊びなの。だから、それを聞いた時、本当に事件を回避出来るのでは無いかと、私嬉しくなって……。結局は違ったのだけれど、でもやっぱりミレニスさんが居てくれたから、助かった。それは紛れも無い事実だもの。……だから、今日はうんと素敵なドレスを選びましょうね!! 」


「はい! お嬢様、畏まりてございます!! 」



そうして、お嬢様と私は、後から入室して来たミレニスさんと仕立て屋と共にわいわいと、あーでも無いこーでも無いと実に楽しくドレスを選んだのでした。



当のミレニスさんは次々と着替えさせられ、目を回しておりましたが、可愛い方に可愛いドレスを着せるのは、やはり楽しいものでございます。お嬢様のドレスは既に王太子殿下が用意されているとの事で、こんな風な着せ替えは出来ませんから、ミレニスさんには悪いのですが、私も大変楽しませて頂きました。


彼女は少し小柄ですので、ふんわりしたものがお似合いになります。お胸は……ええと、目立たない様なフリルのものも可愛いですね、リボンも捨てがたい……悩みます!


流石お嬢様が贔屓にしている仕立て屋だけあって、朝連絡したのに、夕方に数も多く揃えて持って来てくれるとは、優秀な方々でございますね。ミレニスさんは、『またですか?? 』、『ち、違いが分からないっ』など騒がれておりましたが、御構い無しに着替えさせて頂きます。




お嬢様もこれは? こっちも捨てがたいわね……とミレニスさんの顔を真剣に見ながらドレスを選ばれておりましたので、お嬢様が思い悩んでいるとは、着せ替えを楽しんでいた私は、ちっとも気付いておりませんでした。


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