第23話


ミレニスさんのドレスも無事に決まり、後は卒業パーティーを待つだけになりました。しかし、一向に殿下もガイも学園には戻ってらっしゃらず、お嬢様とのパーティー出席の打ち合わせはどうするのか、私がやきもきし始めた頃でした。



殿下がパーティーでジョセフィーネ様をエスコートするらしい、との噂が立ったのは。



それをジョセフィーネ様と同学年のエレーネ様がそっと私にお教え下さったのです。2年生で噂になっていると。

何でも、あの砂竜サンドワームのごたごたの後の初めての登園で揉めた際、殿下が口にした何かお礼を、という言葉に乗っかって、パーティーのエスコートを頼んだらしいのです。

それを本人が風潮しているという始末。何と恥知らずなのでしょうか?!



殿下の学園最後の催しは、アリアナ様が隣に立たれて初めて成功と呼べるのです。それを知っていながら、何と図々しいっ!



しかも、最悪な事に殿下は了承されたというでは無いですか!!

確かに公の場で口にしたのを反故にするなど中々出来ないのでしょうけれど、あの口の上手い殿下が言い逃れられないとは考え難い。何かお考えが……?

けれど、何してくれてるんでしょうか、あの御仁は?! いい加減殴りますよ?!



私が付き添うとはいえ、お嬢様をエスコート無しで会場に入らせるなど、辱しめ以外の何物でもありません!

反対意見は少なからずあるものの、殿下の婚約者はお嬢様なのです。それを真っ向から否定、況してや嘲笑うかの様な行い。ジョセフィーネ様自身、恥知らずと言われても仕方の無い愚行です。

しかし、彼女はそうまでしてお嬢様を辱しめる方に力を注いだのでしょう。


変な潔さなどいらないというのに、ああ! 腹立たしいっ!!


これは、お嬢様にお伝えした方が良いのでしょうか?! それとも黙っていた方が……? いえ、でも当日になって知るよりは大分ましでしょうから……。そうやって私が悩んでいる間にも、パーティーは明日に迫っていたのでございます。



卒業パーティーが終われば、長期の休みに入りますので、本日の授業は午前中で終わり、私はお嬢様の荷物の整理をしておりました。

お嬢様は長期休暇は必ず王城へと赴いて、そのまま滞在し、王太子妃に更には王妃として必要な知識を得る為に個人授業を受けるのです。


しかし、私はまだお嬢様に噂をお伝えしておりません。

もしかしたら、最悪な事に何処かでお耳にされているかも知れないと思うと、二重に不快にさせてしまうのでは無いかと、あれこれ考え過ぎてしまい、結局は何も行動出来ないという、雁字搦かんじがらめな状態に陥っておりました。




そうして、準備もそこそこという時に、殿下の使いがお嬢様の部屋までやって来ました。

やっと戻って来たのですね、しかも前日とは何を考えているのでしょう?!はやる気持ちを抑えて、お嬢様と私は指定された個室へと赴いたのでした。




「ジョセフィーネ嬢を会場までエスコートする事になった」


久しぶりに顔を合わせて、お茶もまだ出揃ってない内から、殿下が開口一番に言い切りました。

私は、それを聞いたらきっと殴りかかるだろうと自分自身思っていたのですけれど、人間、余りに怒り過ぎると目眩がするのですね。持っていたティーポットをテーブルへ置いて、くらりと体制を崩してしまいました。


すかさずガイが立ち上がって支えてくれたのですが、謂わば殿下とガイは一連托生。私は一瞬触らないで欲しいと思ってしまい、避ける様にふらふらと一人で椅子に腰掛けました。八つ当たりなのは重々承知しております。でも、何故殿下を止めてくれなかったのかと、後から後からムカつきが止まらないのです。


「……承知致しました。私はどうすれば? 」


お嬢様はとても冷静でいらして、もしかしたら噂を聞かれていたのかも知れません。そう思うと、一人で怒っているのも大人気無いかと、私は努めて冷静になる様に心掛けました。……いえ、やはり腹立たしいですね。


「いや、控えの間で待っていてくれればそれで良い。私の婚約者はアリアナなのだからね。……ちょっと騒がしくなるとは思うけれど、なるべく早めに終わらせる様私も努めるから、見守っていてくれないかな? 」


そう言って、殿下は困った様に眉を寄せて、力無く微笑みました。


「……私には何をするのか教えては下さらない? 」


「うん、出来れば。アリアナに心苦しい思いはさせたくない」



「………殿下、お願い致します」



お嬢様がお名前ではなく、敬意を表して殿下と敬称を口にして、王太子殿下は神妙な面持ちになりました。


「何かな? 」


「是非にご慈悲を。今回は私が変えた運命の一端でございます。何卒、この国の臣下でもあるジョセフィーネ様に慈悲を願いたく存じます」


お嬢様の目は力強く殿下を捉えておられ、私はその迫力に息を飲みました。


「……何で君はそう……。分かった。悪い様にはしないから安心して欲しい。けれどそれ相応の報いを受けては貰う。それだけは、アリアナも覚悟しておいて。分かった? 」


「……ありがとう存じます。殿下の寛大なお心に感謝致します」


そう言ってお嬢様は明らかにほっとした様子でございます。私もそこで毒気を抜かれ、怒りは収まりました。そうしてまた改めて紅茶を淹れようと立ち上がると、ガイに手で制されました。


「眩んだのだから、座っておけ。注ぐぐらい俺でも出来る」


私は、八つ当たりしていた事を恥じて、少し気不味い思いでしたが、そこは素直に頷きました。


「殿方にお茶を淹れて頂くなんて、初めてですわ。ありがとうございます、ガイ」


「……結婚したら嫌でも毎朝淹れてやる事になるのだから、気にするな。」


そう言って、ガイは空のカップに紅茶を注いでくれます。結婚したらそういうものなのでしょうか? 知らなかったのですが、それは素敵ですね。


「……私のアリアナの前で、変な事を口にするな、アリアナの耳が穢れる。この馬鹿夫婦が」


そう言って、殿下はいつの間に動いたのか、お嬢様の両耳を塞ぎながら、半目で睨んでいます。いえ、睨みたいのは私の方なのですけれど……特にガイも変な事を言ったとは思えないのですが、何なのでしょう? 私は訳が分からず、首を傾げました。


「スチュワートは後2年後まで出来ない話しだったな。」


そうガイが楽しそうに笑うのですが、紅茶を朝淹れるぐらいいつでも……確かに、お嬢様は後2年寮生活ですから、無理と言えば無理でしょうか。けれど、休みに入れば王城へ行きますのに……。殿方の拘りはよく分かりませんね。結婚……が大事だということでしょうか??


というか、王太子自らお茶を淹れる機会は無いのでは?


そんな事を考え、首を傾げる私を尻目に、ガイはにこにことし、殿下は仏頂面でガイを睨んでいます。一体何なのでしょう。


耳を塞がれているお嬢様も、私同様首を傾げられていて、とても愛らしゅうございますので、一先ずそれで良いか、と思う私でした。






話しもそこそこに、明日の準備の為にと直ぐ様解散となってしまったのですが、私はガイに呼び出されたので、お嬢様をお部屋へと送り届けてホムラとシズルを部屋へ置いて頂き、そのまま指定された庭園へと足を運びました。


以前、突然抱きすくめられた紫陽花の庭。今は代わりに百合が咲き誇り、良い香りが辺りに漂っております。あの時は、愛でる余裕も無かったのですが、今は百合の香りに包まれ、少し気分は高揚しています。


垣根を抜けると、先に来ていたガイが私に気付いて振り返りました。久々に顔を見て……個室では怒りが先行しておりましたので、そうは思わなかったのですが、ガイの嬉しそうな顔を見て、私も頬が緩んだのが分かりました。


ガイの側へ行くと、直ぐに抱き締められます。

……相変わらず力がっ! これは私が慣れなければいけないのでしょうか??

今日はお化粧が薄いから心配要らないでしょうけれど、後先考えて貰いたいものです。そう思って、もぞもぞと動くと少し力が緩められました。空かさず私は顔を出して、ガイを見上げます。


ガイの髪は濡羽ぬれば色で、光の加減で青く光ります。今正に、丁度月の光を後ろに受けて、淡く青く光っています。瞳は濃い青色なのですが、陰っていて黒く見えますね。

私とは正反対の色ですので、思わず繁々と見つめてしまいます。


「あんまり見ているとキスするぞ? 」


「な! ええ?! 」


そんな事を言うのですから、私は驚いて離れようともがきました。けれど、びくともしないのです。く、悔しい!! そう思って剥れると、ガイはくすくすと笑っています。からかいましたわね?! 心臓に悪過ぎです!!


私がじっとりとした目で睨むと、降参というように両手を広げてガイは一歩下がりました。そこまでしなくとも、確かに夫婦になるのですから、キスぐらいは……何を考えているのでしょう、私は。


そのままガイはジャケットの内側をごそごそと弄ると、どうやって入れていたのかとちょっと技を見せて貰いたいぐらいの、中々大きめの箱を私に差し出しました。


「何ですの、これ? 」


「良いから開けてみろ」


箱の外装から言って、とても高価そうなので恐る恐る手に取ると、ゆっくりと蓋を開けました。…中には、ガイの瞳の色と同じ、大きなブルーサファイアのネックレスとイヤリングが綺麗に収まっていて、月明かりできらきらと光を放っています。私は途端に蓋を閉め、ガイを見上げました。


たたた高い! 絶対絶対これは高い! 私がひっくり返っても手にするどころか、手にしてはいけない代物です! 意味が分からず、私は只々ガイを見続けました。


「……気に要らなかったか? 」


そんなしょんぼりされても無理です! これは手に持っているのも怖い!


「こ、こんな高価そうな物、私には似合わないです! 何時もの様に、母様から頂いたルビーのネックレスで……」


「今回はドレスの用意をさせてくれなかったから、宝石だけでも付けて欲しい」


「うっ!! 」


そうなのです。卒業パーティーにはお嬢様と約束した通り、あの淡い緑色のドレスを着るつもりなので、ドレスは断ったのですが……


「ブルーサファイアだが、地金は金細工だから、そんなに浮かないだろう? 未来の妻に、家宝の1つぐらい身に付けて貰いたいんだ。駄目だろうか? 」


「家……ほ……う? 」


家宝って?! セレンディス家の家宝って?! それだけで家が買えるんじゃないのって金額ですわよね?? 無理、無理無理です。落としたら弁償出来ないですし!


「俺の瞳の色を身に付けて貰いたいんだ。そんなに我が儘な事か? 」


「そんな、我が儘なんて……」


確かに、婚約者や伴侶にはお互いの瞳の色の宝飾品や正装を身に付けて貰うのが習わしですけれど……もう少し控え目な大きさはありませんでしたの?!


「さっきは八つ当たりで、俺の事を避けるし……」


「バレてました?! 」


「分からいでか。結構……いやかなりショックだったぞ?! 」


「ご、ごめんなさい……」


これは、受け取るしか道が無い気が致します! まごついている私をお構い無しにガイが再度抱き締めました。


「付けてくれるか? 」


その真剣な眼差しに、私の逃げ道はとっくに無いのだと悟りました。仕方なく、私は緩々と頷きます。すると、ガイの顔が近付いて、私の額に柔らかな感触が触れました。


「良かった。きっと似合うと思う。明日はスチュワートのごたごたで、控えの間までエスコートどころか、顔も合わせられないだろうから、ドレス姿、楽しみにしている」


そう言うと、再度私の額に唇を寄せて、ガイは黙っている私の手を取り、庭園を抜けると、また会釈のみで女子寮の部屋の前まで送り届け、にこやかに去って行きました。



私はゆっくりと部屋へと入って、思いました。



明日、どんな顔して会えば良いのでしょうか!! いえ、おでこ如きに狼狽える私も私なのですが!!



そうでなくとも明日は何やら私の預り知らぬ決戦の舞台だというのにっ!!



もうっ……ガイの馬鹿ー!!



……私の声無き叫びは、ホムラのみが知るところでございます。



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