第21話
ミレニス嬢の思わぬ言葉に、お嬢様と目を合わせていた私ですが、お嬢様の方が
「言われていた……という事は、ミレニスさんがそう思って行動していた訳では無いのかしら? 」
ミレニス嬢はすっかり涙も引いて、お嬢様のお顔をじっと見つめると、ゆっくりと頷きます。
「はい、小さな頃から私は学園へ入る事、そこで何処へ行っても恥ずかしくないぐらい勉強をする事を約束させられていました。そして、王太子様には近付かない事、ジョセフィーネ様にも近付かないように言われていたので、王太子様のお顔を入学式で知ってからは、極力そのお目に映らない様にしていたのですが……」
「……それは、まるで予言の様なお話なのだけれど、貴女は疑わなかったのかしら? 」
ミレニス嬢は視線を少し落として思案する素振りをしましたが、軽く頭を振りました。
「確かに、最初は何を言っているのかと思っておりました。それらが全て16歳になってからの話しでしたので、あまり実感も無く……。しかし、神父様の勧めで学園の試験を受けて合格してから、もしやもしやと思っていて……」
「神父様にはお伝えして無かったのですか? 」
するとミレニス嬢は先程よりも激しくかぶりを降ります。
「私も教会で育った者として、予言の類いがバレたら、神殿に召されて自由が無くなるというのは分かってましたから……。それに、この予言は全て私の身に関するものだけなのです。だから、あまり国の未来も関係無いですし……」
いえ、ある意味では国の未来に関わっておりましたよ? 避けられてようございましたが。病んだ殿下……果たしてそれだけで済みますでしょうか?
「そう……」
お嬢様は少し動揺されたのか、手を組み、膝の上で握られている様です。そこで私はふと思い立ちました。
「……しかし、良いのですか? 私達に話してしまって。勿論、他言はしませんけれど……」
私が心配してそう言うと、彼女は元々大きなその瞳を更に大きく見開いて、ぽかんと口を開けています。あ、これ……無意識でしたね??
「あ、あの、これはその……ご内密に……」
この方、よくこれで誰にも話さず無事に過ごされていましたね……あ、殿下のせいでお友達が……殿下、最低ですね! でもそのお陰で口にする事も無かったのでしょうから、良いのか……悪いのか……悩むところです。いえ、絶対悪いですよね?!
「それは勿論。エストルドの名に賭けてお約束致しますわ。それで、その……他に何と言われていました? 注意するのは殿下とジョセフィーネ様だけなのかしら? 」
「……詳しくは教えて貰えなかったのですが、学期末の騎士科の試験には参加しない様にと……。後、殿下とご一緒に居られる貴族の方々にも極力近付かない様にって。それなのに、私、逃げようとして転ぶし、逃げ切れ無いしで……」
……この方、属性にドジと付け加えられた方が良いのでは……いえいえ、命の恩人に対してなんて失礼な事を私は考えているのですか! ミレニス嬢は少しだけ運動が苦手なのです。そう、そうでしょう! それにしては足が速いと殿下が仰っていた様な……。駄目です、それ以上は考えない様に致しましょう!
「……でしたら、私が『黒百合の会』に呼んでしまったのは、さぞかしご迷惑だった事でしょう。ごめんなさいね。」
「いえいえ!! そんな事無いです!! 騎士科の訓練とはいえ、『黒百合の会』名目だったので大丈夫だろうと、参加を決めたのは私ですし!! 殿下やジョセフィーネ様は怖かったのですが、ちょっと憧れてたので……参加してみたかったのです……」
真っ赤になってもじもじするミレニス嬢の姿は、まるで小動物の様で可愛らしいです。
「そう言って貰えてほっとしました。危ない橋を渡って頂いたのだから……。何かお礼を差し上げたいのだけれど、希望はあるかしら? 」
「えっ?! いいえ! 今日だけでも十分過ぎて、舞い上がってるのに、そんな恐れ多い……!! 」
「でも、それでは私の気が済まないの。私や、私の大切な人を助けて頂いて、何も無いなんて……。お金でと言うのは厭らしいけれど、私に出来る事は何でも言って頂戴? 」
お嬢様は優しく微笑まれました。私も出来るだけお礼をしたいです。一体何が良いでしょう?
「あの……では、厚かましいかと思いますが、その……お名前を……」
「名前? 」
「あの、アリアナ様とお呼びしても良いですか?その、レイン様も……」
そう言って、俯きがちに此方の様子を伺う仕草に私は……やられました。可愛いっ! お嬢様も可愛いらしく天使や女神かと思う事もしばしばありますが、違う感じの可愛さが身体中から溢れています! これは、世の青少年などイチコロです!! よく耐えられましたね?! ジークハルト様、オズワルド様、ガウェイン様、マルニム……マルニム様は大丈夫そうですね。
私が内心身悶えている中、お嬢様は笑顔のまま固まっています。初めて見ましたよ?! お嬢様大丈夫ですか?? お嬢様まで可愛さにやられてしまわれたのですか?! 分かります!
「あの、やっぱりご迷惑でしたか……?」
「いいえ、是非名前で呼んで頂戴! とても嬉しいわ! ね、ラナ? 」
「はい! こんな可愛らしい方から呼んで貰えるなんて本望です!! 」
「そんな、可愛いなんて…でも、ありがとうございます! アリアナ様、ラナ様! 」
ま、眩しいっ!! 笑顔が輝いて見えます、流石マーレイ家の血筋、美しさは一級ですね……いいえ、それ以上にミレニスさんの性格の良さが滲み出ているから、こんなに素敵に見えるのですね!
「私も是非ミレニスさんとお呼びしても良いですか? 」
「はい、是非! ラナ様! 」
くあぁぁ、可愛いです。いけません、私はお嬢様一筋でございますから、平常心を心掛けねばっ!
「では、ミレニスさん、お食事が冷めてしまいますし、頂きましょうか? 」
お嬢様のお言葉で、何とか平常心を保てました!! 危ない! 何故この様な可愛いらしい方がジョセフィーネ様に虐められなければならないのか。世の中不条理過ぎではないですか?? これはどうにか庇ってあげられると良いのですが……
その後は他愛も無い授業の話しなどをして食事を終えました。食事後のお茶をまったりと堪能していると、お嬢様がふと、という感じで話し出されました。しかし、私は見逃しておりませんでした。あの、考え込んだ様なお嬢様の仕草を!
「そう言えば、ミレニスさんは卒業パーティーでのドレスはご用意されたのかしら? 」
卒業パーティーも後10日強と差し迫っております。
卒業生や2年生は各々の好きなドレスや正装を。1年生はデビューのプレデビューと申しますか、本格的に始まる夜会の前の肩慣らしに、卒業パーティーで白いドレスを着て参加するのです。パートナーは有っても無くても良く、婚約者がいない場合などは、友達同士で出る方も多いです。私も3年間そんな感じでございました……。
「いいえ、ですが学園から借りられると聞いたので、それを……」
「多分遅いですわ」
「え?! 」
「もう貸衣装は借りられて、残っていないと思うわ。大体1ヶ月前から申請しなければならないから…」
「そ、そんな……あ、でも休むという手も……」
「……殿下出席のパーティーを休むのは、お勧め出来ないわね」
「あうぅ、ど、どうしましょう!! 」
あ、お嬢様……その表情はあれですね?? 私は楽しそうな予感にわくわくして参りました!
「私がご用意して差し上げます。明日の放課後、採寸させて貰っても? 」
「そ、そんなの駄目です! 申し訳ないですから!! 」
「良いの。命を助けて貰って、殿下が迷惑を掛けて、これぐらいでもまだお礼に足りないぐらいだもの。ね、悪い様にはしないから、私に任せてくれないかしら? 」
「あの、でも……」
「私からもお願いします。せっかくですから、是非お洒落致しましょう? とても楽しくなりますよ、きっと」
「ラナ様まで……うう、はいぃ、宜しくお願いします……」
ミレニスさんはこれでもかと言うぐらいに真っ赤になって俯きます。こうと決めたお嬢様には、何方も敵いませんので、ご了承下さいませね?
「ふふふ、楽しみね! ラナ! 」
「はい、お嬢様!! 早速明日早便を出しますね! 」
笑い合う私達に、ミレニスさんは『ひえ〜』と小さな悲鳴を上げておりました。
楽しみな予定も取り付けた所で、そろそろ夜も更けて来た手前、会食もお開きに……という雰囲気の中、お嬢様が決心を固めた様な表情でミレニスさんを見つめました。ミレニスさんと言えば、小首を傾げていて、またそれも可愛い……ではなく、一体お嬢様はどうされたのでしょう?
「ミレニスさん、単刀直入に聞くけれど、もし、貴女がこの先殿下と……例えばだけれど、結ばれる運命があったとして、その、殿下と結婚したいと思ったりするかしら? 」
「絶対無いですね! 私は運命よりも、自分で見て、それで好きになった人が良いですから! ……あの、これ、不敬になりますか?! すみません!! 」
そう言って勢い良く頭を下げるミレニスさんに、お嬢様は目を丸くして……そして、ほっとした様に微笑まれました。……ずっと気にされていたのですね……。お嬢様の憂いがミレニスさんによって晴れたのを受けて、私も頬が緩みます。
「いいえ、全く。貴女が未来について憂いていなくて安心したわ。どうもありがとう」
「え? いえいえ。よく分かりませんが、アリアナ様が嬉しいなら良かったです。殿下はどちらかと言えば苦手なのですが……あ、これも不敬ですか?! ええっと、その、最近は殿下に絡まれる事は減りましたから、大丈夫ですけど。どちらかと言えば、ジョセフィーネ様に睨まれたり、注意されたりが多くて……」
「まあ……何故かしら、噂のせいで? だとしたら殿下から言って頂かないと……」
「あ、でもトール兄が……あの、ジョセフィーネ様の護衛のトール・ベガモット様が助け舟を出してくれるので、大丈夫なんです」
「ああ、同じ教会で育ったと、本人から聞きましたよ。就職先がジョセフィーネ様の護衛とは、ちょっと皮肉ですけれど」
「もう、ラナったら。……トール・ベガモット様……お話する機会が無いから、どういった方なのかしら……」
「あ、トール兄が私が小さい頃に口酸っぱく、殿下の事やジョセフィーネ様の事を言い聞かせてたんですよ、それなのに自分はジョセフィーネ様の護衛なんて、酷い話しですよね?? 」
そう言って、彼の御仁の顔を思い出そうとしているお嬢様に、ミレニスさんはにこにこと爆弾発言をしたのでございます。
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